朝鮮の交通事情ってどんなもの?
ゲデチャガイの朝鮮旅行記から
「ここで朝鮮の交通事情について触れるのも悪くない。この点では朝鮮人は野蛮人の域を脱しておらず、彼らが如何に時間と労力を重んじないかもわかる。文化水準は、交通路によって正しく測定する事が可能なのだ。・・・・・朝鮮には大きな町は少なく、これらの町は人口を吸収するほどの魅力を有さない。教育および品物や、改良された生産に関する知識が、町から国中へ広まって行き、また商業がそこへ集中するといったような中枢の機能を果たしていない。まず、朝鮮人は何といっても農民だ。」
「朝鮮における交通問題は全般として、更にまた交通手段も含めて先史時代の段階にある。」
WRカールズの朝鮮風物誌から
「道の両側には汚物がいっぱいのどぶ川が流れている。ソウルの道はひどく狭くて、二匹のロバがすれ違えば、一方がどぶに落ちるのを免れるのが難しいほどだ。」
GWギルモアのソウル風物誌から
「木と森を失ってしまった丘は、炸裂する日光と雨に晒され、夏の洪水で生じた溝に覆われている。海岸に沿って航海しても、日本の内地を行く時に見られる耕地整理の美しさは見られない。ただ荒廃した丘、でこぼこの岩山、そして海岸線のへこんだあちこちのへこんだ所にいくつか漁村のあばら家が群集している。」
アントンダブリュイの朝鮮教会史から
「この山国では、道路と運輸機関が実に不足し、それが大規模な耕作を妨げている。人々は、各自の家の周囲とか手近なところを耕作するだけだ。」
「ソウルは山並みに囲まれ、漢江の流れに沿って位置し、高くて厚い城壁に囲まれている大都市だが、建物には見るべきものがない。かなり広いいくつかの道路を除けば、曲がりくねった路地だけがあり、この路地には空気も流れることなく、足にかかるものといえばゴミばかりである。」
「商業における朝鮮のもう一つの障害は、交通路の惨めな状態である。航行の可能な河川は非常に少なく、ただ幾つかの河川だけが航行可能だ。この国は、山岳や峡谷が多いのに、道路を作る技術がほとんど知られていない。その結果、ほとんどの運搬が、牛や馬、人の背中によって行われている。」
AHサヴェジランダーの朝鮮-静かなる朝の国より
「ソウルの街路は、これ以上ないほど曲がりくねっている。主な大通りを除いて、ほとんどの通りは四人が横に並んで歩けないほど狭い。下水溝のすぐ上に家の窓があるため、朝鮮の人々は家の中では、すぐ下で腐っていく悪臭を放つゴミの匂いを嗅がずには呼吸できない。」
イザベラバードの朝鮮紀行より
「ソウルの路地は、荷物を積んだ牛が互いにすれ違えず、牛と人間なら、かろうじてすれ違える程度の幅しかない。おまけにその幅は家々から出た固体液体の汚物を受ける穴か溝で狭められている。」
一方、日本は今でも多くの宿場町が残されているんだねえ。

ゲここで朝鮮の交通手段について触れるのも無駄ではあるまい。この点では朝鮮人が野蛮人の域余り脱しておらず、また彼らが如何に時間と人の労力を重んじないかも判る。(・デ・チャガイ編(井上絋一訳)『朝鮮旅行記』平凡社東洋文庫,1992. [初出=1958年]
即ち、かかる文化水準は、まさしく交通路によって正しく測定することが可能なのだ。馬車のない所、移動が常にかつもっぱら徒歩で行なわれてきた所、さらに特権階級が駕籠以外では旅をしない所において、文明国では当然とされる交通手段に相応しい道路が見出せるとしたら、却って不思議であろう。(p. 129)
朝鮮には大きな町の数が概して多くない。これらの町は人口を吸引するほどの魅力を有さず、教育および品物や改良された生産に関する知識がそこから国中へ広まってゆき、また商業がそこへ集中するといったような中枢の機能を果たしてはいない。朝鮮人は、まず何といっても農民である。(p. 285)
朝鮮における交通問題は全般として、更にまた交通手段も含めて先史時代の段階にある。(