元寇(高麗は使節など不要、通達無しで攻めるべきと提案したが、元に却下され使節を送ることになった)
・文永の役
上陸し博多を一時占拠するが、九州御家人の反撃に維持しきれず町を焼き払い撤退。
高麗軍から背水の陣の案が出たが、戦力不足を理由に却下され撤退する。
・弘安の役
東路軍は防備を固めていた日本軍の前に主力の上陸に失敗、一ヶ月あまり海に止められ、敵軍だけでなく疫病、飢餓との戦いになる。
合流予定日より遅れてきた江南軍と合流するが嵐に遭い壊走する。
朝鮮の役(宗氏から遠回しな降伏勧告(明を攻めるから日本軍を受け入れろ)を受け、使節も送って日本の実情を調べる。その使節は秀吉から軍事威嚇(火縄銃の実演)まで受け朝鮮に戻るが、何故かほぼ無防備で開戦を迎える)
・文禄の役
上陸に成功、釜山に橋頭堡を築く。
・慶長の役
文禄の役で取りこぼした南西地域を一時的に占拠する。日本軍は幾つもの恒久拠点を築き長期戦の構えを見せる。

防衛に成功した鎌倉政権と、防衛に失敗した李氏朝鮮、両者の違いは何だろう。
韓国人は日本人の事を卑怯者呼ばわりするけど、高麗と豊臣を比べると、自分は高麗の方が卑怯に思える。