この掲示板で昨年話題になった「朝鮮に車はあるのか?」でちょっと自分なりに調べてみたので報告まで。
この「朝鮮に車は無い」という主張は元々古田博司博士という筑波大学大学院教授のもので、主張の内容は検索をかけると結構簡単に見つかり、雑誌やネットで引用されています。
以下にその代表的な物を引用します。
>
李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東愈『晝永編』)といっている。
針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081217/acd0812170302001-n1.htm
>
この孫引き的形でネット上では近代になっても朝鮮には針と羊と車が無かった、というのが結構広まっています。
また、輸入に頼っていたという主張の根拠でもあるようです。
そして、これは古田博士も書いていますが、「晝永編」というものがその引用元のようです。
基礎知識として、この「晝永編」というのは鄭東愈(1744―1808)という、朝鮮の儒学者によって書かれた書物でして、内容はこの儒学者が自分で体験したことや人から聞いたり、書物を読んで考えたことなどをとにかく書き連ねていくという、いわゆる随筆、現代で言うエッセイ的なものです。
いくつかの巻に分かれるのですが、特に一巻目に当時の朝鮮に関すること、風俗、近隣諸国のこと、また西洋人についても触れています。
できれば一次資料である原文を探したいところだったのですが、私の環境ではすぐ読むことができないため翻訳されたものを参考にすることにしました。
この翻訳されたものでも大正12年発行となかなかに年代物です・・・。
それで、探してみたところ、ありました。
ネットでは「拙きもの」ばかり取り上げられますが、実際は「難しきもの」二つを次に上げて、一つの項になっています。
あんまり長い文章でもないので転載することにします。
本が大正時代発行なので旧漢字・仮名使いですが、読み難いし翻訳されないので、原文を分かる範囲で残しつつ現代漢字・仮名に直して、改行も入れています。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
至拙三、至難二
朝鮮には至って拙きもの三つ、至って難しきもの二つある。
拙きものは挑戦だけで、何処の国にもないことであり、難しきものもまた、あまり他国にはないことである。
至拙の一つは、我国には針の無いことである。
針がないから交易市場で買い求めるが、市場に品物がない時は衣服を縫うことができない。
第二は、六蓄の中では牛、羊が一番大切であるのに、我国では牛を飼養することをしらない。
第三は、黄帝以来何処の国でも陸行には車を用い、水行には舟を用ゆるのに、我国には舟はあるが車は無い。
我国では四百年来、仕大夫や婦女の再婚を許さない。是れ至難の一つである。
仕大夫の族系を明白にするには、五百二十年前にも遡って内外十世の祖を考査することにしている。是れ其の二である。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
つまり、この朝鮮時代の儒学者は当時の朝鮮には針と牛と車が無いと言っている事になります。
なんというかすごく意外でした。
正直なところ、以前取り上げた産経の「地球日本史」のごとく、都合よく抜き出して主張にあわせて作ったのではないかというのが当初の予想だったのですが、結構そのまんまです。
もしかすると、この訳本が原文を訳し間違えている可能性も考えたのですが、文章はそんなに難しくも無ければ長くも無いし、内容が大幅に異なるということは考えにくいと思われます。
仮にこれが正しいとしますと、古田博士がこの訳本/原本を読んで、「朝鮮には車は無い」と考えるのは別におかしいことではありません。
ただ、曲げる技術云々はとりあえず現在読み進めている晝永編の2巻までには記載がないようなので、別資料を基にしている可能性があります。ここは根拠示せですね。
もし、ここで古田博士を責めるとするならば、羊と牛を間違っていること、でしょう。
ご丁寧にも羊について解説してますが、そんなことは書いていない、で終わりです。
ただ、正直、当時の朝鮮人が牛を飼養することを知らなかったというのは車や針を作れない以上に俄かに信じがたい話です。
そのまま正直に読むなら、牛車もなければ、韓国名物焼肉だって存在しないことになります。
晝永編にある記載でここに関する更に詳しい記述はなさそうです。
前後の項では全然別のことを話してますし、話も朝鮮から海外のことへと移っていきます。
後はこの書物自体の検証になるのでしょうが、ちょっと暇を見つけながらやる程度では難しそうです。
ただ、当時の人間が考えていることとして読む文には結構面白いですし、日本のことも書かれているので、また面白い記述でも見つけたら、紹介しようと思います。
ちなみに鄭東愈は二巻でやたらと詳しくベトナムの水牛について書いてるので、牛という動物の認識が違うということはなさそうです。