朝鮮
16世紀頃から支配体制に綻びが出て反乱、政治党争が慢性化し、比べる以前の話になっています(朝鮮の安定期は王子の乱が終わった1401年から燕山君が立った頃の1494年までの1世紀にも満たない期間しか無い気がする)。
高麗
936年に朝鮮半島を統一、993年ごろから契丹との抗争が激化、1022年以降から遼の元号を使い、朝貢する事で一端の終結を見せる。11世紀ごろから北方で女真が台頭し、高麗、遼を圧迫。長城を築き、1037年の遼の侵入を撃退した後は一応の安定を見せる。
12世紀には金が契丹を制し、宋との対立姿勢を強め高麗への介入が弱まる。高麗自体も金に朝貢する事で安定化に努めた。
12世紀半ばから武臣が台頭、王族、文臣と武臣、武臣間で高麗内部で対立が激化、王がモンゴル勢力を国内に招き入れ属国と化す(この頃、倭寇が活発化したみたいだけど、時期的に三別抄の勢力が沿岸部に襲撃を掛けていたと考えたほうが自然なのではないだろうか)。
高麗、朝鮮では北方、中原の脅威に曝され、内部では政治党争と内憂外患を絵に描いたような状態が続いている。どっちも国力で同時代の日本と比較対象にするのは間違っている気がする。