
河野談話 http://www.awf.or.jp/6/statement-02.html
16) 慰安婦の強制連行に関する嘘言や風説
★吉田清次の証言
1983年、吉田清次という人物が済州島での慰安婦募集の際に拉致・強制連行があっ たとする『私の戦争犯罪』を出版、朝日新聞や赤旗にて自身の「戦争犯罪」の告白を展開。韓国にも赴き、講演と謝罪を繰り返した。
韓国国内だけでな く、日本国内の進歩的勢力からも、吉田の勇気に対して高い評価が寄せられた。
1989年8月、韓国の済州新聞が許栄善の記事で、現地調査に基づ き、吉田の『私の戦争犯罪』は捏造であると報道。
1992年3月、歴史研究家の秦郁彦が現地調査の結果、吉田の話は信憑性が無いとして、調査結果 を『昭和史の謎を追う』(文藝春秋1993年3月)に掲載。
その後、吉見義明などが吉田清次と面談し事実関係を問いただした結果、「吉田清次の主 張には信憑性が乏しく、歴史証言としては採用すべきではない」と結論付けた。
それ以降、慰安婦募集の強制性に関して吉田清次の主張を採用する者は いない。
★女子挺身隊(労働奉仕)と慰安婦
韓国では女子挺身隊(政府・官公庁主導の女学生などの労働奉仕・社会奉仕運動)に参加させられ たら慰安婦にされた・・・というような風説神話が流布されていた。挺身という言葉の意味が日本と韓国では異なっているのかも知れないが、まったく別物であ る。
17)河野談話について
★談話にいたる経過
16名の元慰安婦に対する日本政府の聞き取り調査の結果は作り話ではな く、本人がその意思に反して慰安婦にされた事実も間違いなく存在するとの判断に至った。
★河野談話の作成に当たって
ヒアリング調査の結果 を踏まえ、外政審議室が事務方となって作成にあたり、官房長官、副官房長官も入って検討し、総理にも十分相談した上、最終的な談話の内容が固まった。当然 のことながら、外務・厚生・労働の各省などにも連絡して決定し、当時の内閣の総意として内閣の責任で出したものである。
18)ヒアリング 方式による強制認定の是非議論
★ヒアリングによる強制認定への批判
文書による命令書や指示書が存在しない中、本人たちからのヒアリングで 強制性の認定をしたことに対して、大きな誤りだという批判も繰り返しあった。
★日本政府の判断
日本政府としては、現地に出向いてヒアリン グを実施した担当官の報告から、ヒアリングは日韓両政府や支持団体(挺対協など)のプレッシャーの無い場所で、参加者の詳細や証言内容も外部に対して完全 に守秘された状況の下で行われた証言を通じて、実際に騙されたり脅かされて慰安婦になった者がいたとの心象を固めた。それが強制性の認定につながっ た。・・・としている。
19)河野談話の発表と反響
★河野談話 (上にURLをUPしています)
最終的に は、文章による証拠が無くても、状況証言から見て(一部であるかもしれないが)強制的と認められるケースがあったと想像することが自然であり、人道的観点 からもそれを認めた上で、謝罪すべきものは謝罪するとして、1983年8月4日、河野談話の形で日本政府の見解が表明された。
★今後の対応につい て
お詫びと反省を表明するとともに、具体的な問題としてどのような形でお詫びと反省を示すかということについては 「有識者の意見を参考に、今後とも真剣に検討する」 と談話の中で表明。
★再発防止の決意と歴史教育
歴史の真実を回避することなく、これを歴史の教訓として直視していきたい。歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決 して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。・・・としている。
20)個別補償・賠償問題に関する日韓両政府の考え方
★日本政府
日韓基本条約の取り決めで、(双方の)一切の請求権は終わると規 定されている。外務省としては政府としての金銭的な対応は出来ないとの認識。
一方で、慰安婦問題で強制があったことを認めたわけで、実際に補償を 要求する人たちへの対応や国際社会の批判に対して、どのような行動で対処していくかという問題意識が背景としてあっ たが、当時はまだその後の対応方法・組織などについての具体的なプランはなかった。
・・・後に民間団体のアジア女性基金での実質補償と、政府によ る医療・生活環境整備支援という方式が構築された。
★韓国政府(韓国政府 外交部、駐日韓国大使館)
この問題は元慰安婦の名誉の問題であ る。
日韓基本条約の締結で補償・請求権問題は解決しており、この問題は補償を前提とするものではない。・・・当時の孔魯明韓国大使が強調
21) 韓国側や支持団体の反応
★韓国政府の反応
韓国側は、「元慰安婦がその意に反して慰安婦にされた」 ということを日本政府が認めたということで、そのときはそれで(日本政府追求の)矛を収めた。
★支持団体の反応
しかしながら支持団体の一 部は(謝罪は勝ち取った。次は補償を勝ち取る!として・・・この部分は搔の追記です)連日、日本政府の外政審議室に詰めかけていた。
22) 日本国内の反響
★ヒアリング結果を元に強制を認定したことへの批判
客観的な証拠がないのに政府が強制の事実を認める断定をしたことに対す る批判が多くあった。
★日韓密約説
韓国側が補償要求を取り下げ、日本政府が強制認定を行うということで、日韓両国政府間に密約(取引)が あったのではないかとの論説(評論家 櫻井よしこ)などが出された。
・・・なお、石原氏の回想には、朝鮮半島出身者以外についての強制事実に関することも書かれていますが、ここでは省略させていただきまし た。・・・
ということで、今回はここまで。
極力、搔の個人的意見や感想は差し控えて、石原氏の回想を紹介してき ましたが、少しだけ私の感想を。
韓国政府が当初は 「元慰安婦の名誉回復が目的で、日韓基本条約の締結で請求権の相互放棄となっており、補償はを求めない」 としていたのに、その後日本政府による公式補償要求を指示するようになった背景として、韓国における政治的目的があったものと考えています。
具体 的には、
1)世界通貨危機によるIMF管理経済下で、国民の政府支持率が低下する中、支持率回復の特効薬である 「日本パッシング」 として発動されたのではなかろうか?
金泳三政権(1993~1998) IMF管理 (1997年12月~2001年夏)
金大中 (1998~2003)
2)金大中、ノムヒョン(2003~2008)両政権の掲げる対北朝鮮宥和政策の支持母体と、挺対協などの対日強行派の支 持母体が重なり、挺対協などの主張を無視することが出来ないまま、対日要求をエスカレートさせていったということはないのだろうか?
日本 政府の実質補償への対応に関して
1)慰安婦問題は官僚が主導し、政治家が主導していなかったのでは
法・条約の規定では政府による個別補償は出来 ない規定である。
しかしながら、政治家が必要だと考え、国民がそれを支持すれば、特別立法や予算処置をとって直接的補償も可能であったと考える。
要 するに、官僚的発想による対応を政治家が追認しただけではなかったかと。 try { var fAllow=true; var sCLSName=null; var isIE=(document.documentElement.getAttribute("style")==document.documentElement.style); var sCLSXNm="class"; if(isIE) { sCLSXNm="className"; } var aryElsKr=document.getElementsByTagName("font"); for(var vdx=0;vdx