このような新聞記事は慰安婦問題に関連してインターネットでたまに見かけます。この掲示板にも投稿されていたかもしれません。しかし、これらの記事の内容について私たちはよく知りません。
最近手に入れた『日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦』(ユン・ミョンスク 2003年 明石書店)に詳しい説明がありましたので抜粋で紹介します。
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1939年3月3日、誘拐犯として「河充明」という男が逮捕された。ソウル居住の「河充明」とその妻は、助手を一人雇って、1932年から、慶尚南北道、全羅南北道の各地の農村を歩きまわり、65名の「生活難であえぐ貧しい農夫の娘たち」を誘引した。
女工募集人であると偽り、ソウルに行けば良い仕事があると騙しては、またときには強引に、北京、天津、牡丹江、上海などに娼妓として、700円から1000円で売っていた。
この誘拐事件では中国のほかに、ソウルの20ヶ所の遊郭にも50余名の女性が売られた。警察は捜査のために遊郭に呼出状を送った。遊郭側はそれを警察当局が被害者を救う方針であると解釈し、また不法契約による前借金の損害を回避するために、女性たちを「北支」や「満州」方面に転売した。
「河充明」は大田刑務所の看守と黄海道での朝鮮料理屋経営者の経験を持っている。こうした経験から、料理屋の経験より、農村女性を騙して娼妓や酌婦に売った方が金儲けになると考えたという。
また、知り合いの娼妓たちの身の上話から、娼妓のほとんどが農村から騙されて身売りされたが、女衒から10円や20円を払われたことにより、結局女衒の詐欺が分かっても泣き寝入りするしかないということを聞いて知っていた。
こうした女性の人身売買の裏面を知っていた「河充明」は、大半は騙して、ときには女性本人や親には20円か50円を支払って、接客業者には最低150円、最高1000円で売っていたという。
「河充明」は看守の経験から法律知識を生かして、営利誘拐であることを隠ぺいするために、ほとんど文盲である村夫や娘たちに女工として必要な書類であると偽って、娼妓契約時に必要な委任状を作っていた。
公娼、芸妓、酌婦の紹介業を営む「人事紹介所」は、原則的には接客業者の依頼または被紹介者の依頼に基づいて、一定の紹介手数料を収入とする職業である。しかし、実際には女衒のやることと変わりがなかった。
1939年3月9日付『毎日新報』記事には、「人事紹介所に検察のメス-特別調査隊編成内探」という見出しで、「人事紹介所」に対する次のような東大門署の方針を報じている。
「河充明」の尋問が進むにつれて、警察は「人事紹介所の現状に大いに欠陥があることを認めて」、今後「人事紹介所の新設許可は認めず、また人事紹介所の違法行為が発覚した場合は営業停止の処分」にすることとした。
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もちろんハングルを読めないので私に記事の内容は確認できません。念のために言うと、本の作者は軍や警察の責任を指摘しているため、そういった認識のもとで記事を解読していると思います。