私には韓国人の女の子のお友達がいました
1973年ごろ(年がばれます・・・
その頃の幼稚園は三年保育が一般的ではなくて
年長さんクラスで一緒にお世話されていて。
年少の私を年長の彼女は遊んでくれました。
だから私の初めて出来たお友達の一人です。
その頃 韓国人は海外渡航は禁止で
彼女は近所の韓国領事館の子供でした。
お父さんは韓国ではそうとうなエリートだったでしょう。
私とは身分が違う。
彼女は幼稚園を卒園した後 しばらくして韓国へ帰って行きました。
確か学校は9月から始まると言ってた気がします。
それから文通を始めました。
私が日本語で書いた手紙をご両親に翻訳してもらい
彼女が書いた手紙をご両親に日本語に翻訳してもらう文通。
宛名も漢字書きでしたが、ソ¥ウル特別市江南区(うろ覚え)のソ¥ウルだけはハングルで書けました。
「韓国にもトンチャモンがあるの」とドラえもんの話をしたことを
強く覚えています。(嫌韓サイトで見たときすごく懐かしかった)
たぶん手紙と一緒に小さな贈り物をしたりしたと思う。
当時韓国では夜間外出禁止とか風紀の取り締まりがあるとか もちろん海外渡航も禁止。
彼女と会うためには私が韓国に行かないといけない。
それで私は韓国旅行会話ガイドブックを買ってカタカナのルビを覚えました。「アンニョンハシムニカ?」
しかし我が家は金持ちではなく 海外旅行が高額だった当時に 韓国へ行ける訳もなく。小学4年生頃 文通は途絶えてしまいました。
今でもお元気にしているでしょうか
30年前のお話でした