小学校の4年生の時に、兵庫県・西宮市内の恵比寿神社の近くに転校した。
近くに国道43号線があって、当時は第二阪神国道とも呼ばれていたし、子供内では50m道路と呼ばれていた。
両側にコンクリート舗装の車線が通っていたが通行量も多くはなく、中央部は未舗装のままで、子供たちにとっては格好の遊び場であった。
よく遊んだのが、軟式テニスのゴムボールを使った三角ベースボール。
通常の野球と違って、多くのローカルルールがあった。
まず、ファウル3回でアウト。車道まで飛ばせば、ファウルでなくても一発アウト。
誰が決めるともなく、明文化された規則でもなかったが、用地の制約などを考えると、受け入れることに抵抗のないルールであったのかと思う。
43号線の方は、一時期片側5車線になったが、中央に緑地帯が設けられ片側4車線になり、後に阪神高速神戸線の高架が建てられ、阪神大震災後には、西淀川公害訴訟の関係もあって、片側3車線のところも多い。
当時、一緒に三角ベースで遊んだ仲間も、多くは定年時期を迎える年代になり、中には阪神大震災の被害者になったものもいるが、なぜか、少年期の思い出として三角ベースボールを思い出す。