この投稿は、前に、「生活/文化」掲示板に行った投稿の、再投稿です。
私は、仕事は、男性の共同経営者と、二人で、小さな事業(その男性(元々、大学時代の友人)と二人だけで、営んでいる会社です)を営んでいるので(ちなみに、その男性の共同経営者(元々、大学時代の友人)とは、もう友人と言う関係ではなく、プライベートで(個人的に)、一緒に、遊ぶ事はないですし、休憩時間に、一緒に外食もしません(ただし、仕事が絡んだ外食は除く。。。)。まあ、そもそも、二人だけで会社を営んでいる事から、休憩は、交互に取る事が多く、同時に取る事はあまりないのですが。。。その男性とは、仕事で、しょっちゅう(いつも)顔を合わせているので、プライベートで(仕事以外で)、一緒にいる気は、一切しない(仕事以外で、一緒に過ごす気分には、全くならない)と言った感じですw)、企業の(特に、大企業の)女性社員の待遇に関しては、基本的には、詳しくないのですが、「生活/文化」掲示板の、他の方の、「女性社員の働き方」と言う投稿において、私は、以下、「」内のような感じのレス(コメント)をしました。
「私は、キャリアと言う意味において、男性と同じように仕事で活躍したいと思っている女性には、少なくとも、男性と全く同じ機会と収入が保証されるべきであると思いますが。。。近所の実家の私の母は、私の母方の祖母がやはり結婚してからアルバイトを含めて仕事を一切した事がない専業主婦であった事からか、自分の女としての人生として、主婦以外ありえないでしょと言った感じで(母は、結婚前はOLをしていたのですが、父と結婚後はアルバイトを含めて仕事を一切した事がない専業主婦)、ずっと主婦としての自分の人生を楽しんで来ていると言った感じなのですが、ふと思ったのですが、世の中の企業の、役員・管理職の数が変わらないとすれば、女性の、役員・管理職が増えれば、それだけ、男性の、役員・管理職の数が減るわけで、その事により、女性の母のような人生の選択肢は制限されるようになってしまうのかなとも思いました。」
しかしながら、私の父は、まあ、良き(良い)夫であると思いますが、良き(良い)夫に恵まれなければ、専業主婦は、不幸になる可能性があるので、やはり、女性の人生の選択の幅は、広がった方が良いと思います。
以下、「」内、前に、私が、「悩みの相談」掲示板に行った、育ちが良い人・育ちが悪い人と言う、悩み関係ないw投稿の、私がレス(コメント)欄に書いた文から、抜粋して来た物です。
「育ちが良い人ではない人々は、育ちが良い人々に対して、少し幻想を抱き過ぎているような面も少なくないと思います。
以下の二人の女性は、私に関係する二人の女性の話で、それぞれ、実家が、東京を代表する高級住宅地である、成城と田園調布にある女性で、人に対する気配りがきちんと出来、振る舞いや、言葉遣い、食事のマナー等が、しっかりとした、育ちの良い、お嬢さんの話です。
まず、一人目は、私の年下の女性の友人の一人です(以下、その友人の女性と書きます)。その友人の女性は、実家が成城にある一戸建て住宅のOLで、生まれてからずっと実家暮らし、幼稚園から大学まで、ずっと私立の学校でした(ちなみに、その友人の女性には兄が一人いるのですが、その友人の女性の兄は、既に結婚し、実家からは離れて暮らしています)。その女性の家族は、外面は、良いが、妻に対して、モラハラ・パワハラの夫である(その女性の)父(職業は大企業の役員)が原因で、その女性の両親の夫婦の仲は冷めきっており、また、その女性の友人が子供の頃から、夫(その女性の友人の父)から受けるストレスに対する共感を、娘(その女性の友人)に強いて来た(その女性の友人の)母への反発から(その女性の友人が子供の頃から、自分のストレスの一部を娘(その女性の友人)に背負わせ続けて来た、(その女性の友人の)母への反発から)、母と娘の関係も冷めきっており、家族の間で、きちんと挨拶をするのですが、表面上、良い家庭・家族をつくろっているだけで、家族の間の心は何も繋がっていないと言っています。
もう一人の女性は、かつて、私が交際していた女性の一人です。その女性は当時、私との結婚も視野に入れていた様ですが、結局、その女性とは、短期間、交際しただけで別れました。その女性は、実家が田園調布にある邸宅で(当時、私は、彼女の実家に遊びに訪れた事があります)、その女性は、当時、20代半ばで、当時において、生まれてから、ずっと実家暮らしでした。その女性は、優秀な大学を卒業し、(大学生の頃から公認会計士の勉強をしていたのですが)大学を卒業した後、働きながら短期間で、公認会計士の試験に受かり、大手の監査法人に就職し、当時、駆け出しの会計士(会計士補)として働いていました。外面は、大変、良い、その女性の父(職業は、大企業の会社員。妻(その女性の母)の実家が裕福)は、結婚してからも、ずっとチャラチャラした女たらしであり、その事が原因で、その女性の両親の夫婦の仲は冷めきっており、その女性が子供の頃から、その女性の両親は、家庭では無感情の様な状態であり、その女性には兄が一人いるのですが、その女性の兄は、そのストレスから、中学の頃から非行に走り、当時(当時、20代の終わりであった)、ドラッグ(覚醒剤)の問題で、まともな人間関係が築けず、社会生活を営む事が出来ずに、ボロボロな状態でした。その女性は、当時、常々、「兄が、(家族の関係を何とか修復し・正常にしようとする)ストレスの多くを背負ってくれたおかげで、今の私がある。兄に対して、感謝すると共に、兄に対して、大変、申し訳なく思い、切なく、悲しい」と言った内容の事を言っていました。
ちなみに、その女性(以下、彼女と書きます。ちなみに、彼女は、彼女の、女たらしのハンサムな(甘い顔つきの)父親に似て、美人さんでした(彼女の母も、まあまあ美人な方でした))と、私が、短期間で別れた理由は、交際する前から、彼女が、私の事を、とても好きで、彼女からの告白で付き合う事になったのですが、彼女が私との結婚を意識するようになり、当時の私は、彼女と結婚して、彼女を幸せにする自信がなかった事と、彼女には、私よりも、もっとふさわしい人が、いくらでもいると思った事、又、彼女は、これから先、優秀な会計士として、十分に、自立して暮らしていけるだろうと思ったからです。」
東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地にある、我が家の近所の、私の実家は、元々、母方の祖父母の家で(現在は両親が引き継いで暮らしている)、母は一人っ子で、(両親は母から父にアプローチしてのバリバリの恋愛結婚でしたが)、父は、実質的に婿養子と言う感じでしたし、私の母方の祖母は、見合い(私の母方の祖母の父(私の母方の曽祖父)の知り合いの紹介)により、私の母方の祖父と知り合い、結婚しましたが、私の実家の家は、元々、私の母方の祖父母が結婚した際に、私の母方の祖母の父(私の母方の曽祖父)が、私の母方の祖父母に与えたもので、私の母方の祖父の実家よりも、私の母方の祖母の実家の方が裕福で(戦後、没落しましたが)、力関係も上であり、私は、完全に母系の家族の中で、育ちました。私の母が、自由奔放にやりたい放題に育ったのは、誰に対しても、めったに怒らない穏やかな紳士であった、私の母方の祖父と、(大学から東京に出てきたものの)、生涯、世間知らずの田舎の裕福な家の箱入りのお嬢さん的な要素があった私の母方の祖母の間に、当時としては、割と年を取ってから生まれた、一人っ子(一人娘)であり、甘やかされて育てられたと言うのもあるかもしれません。
私は、このように、母系の家庭環境の中で育ったと言う事と、保守的な母親からの教育により、女性を尊敬・尊重し、女性を大切にすると言う心が自然と身に付いたような気がします。
以下、「」内、前に、私が、「悩みの相談」掲示板に行った、私のプリンシプルについてと言う、悩み関係ないw投稿の投稿文の中から、抜粋した物です。
「キャリアと言う意味において、男性と同じように仕事で活躍したいと思っている女性には、少なくとも男性と全く同等の機会が保障されるべきであるし、少なくとも男性と全く同等の収入が保障されるべきだと思いますが、私の生まれ育った、私の実家は、元々、私の母方の祖父母の家で、母方の祖父母が同居していたのですが、私の母方の祖母も、私の母も、結婚してからは、アルバイトを含めて、一切の仕事をした事がない主婦であると言う、保守的な環境に育った為か、普段、特にレディーファーストを意識している訳ではありませんが、男として、女性に対し、女性が女性として生きて、幸せを感じられるような配慮は出来るだけしたいと思っていますし、その様に心掛けています。私の個人的な経験からすれば、女性の女性性に対して、敬意を持って(媚びるのと敬意は全く違います)、ジェントルに接すれば、どの年齢層の女性であっても、必ず、それに応えてくれます。」
以下、参考の投稿。
私のプリンシプルについて(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_50/view/id/2540424?&sfl=membername&stx=jlemon
私のプリンシプルについて(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_50/view/id/2540424?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母は、子供に対して勉強しろと一切言わないタイプの親でしたw 私と弟が、それぞれ子供の頃から高校生の頃、私の両親は子供(私と私の弟)に勉強の妨げになるような誘惑になる物を、どんどん買い与える一方で、私の母は、あまりに子供(私と私の弟)に対して勉強しろと言わないものだから、私は、かえって勉強に関して、これで良いのかと不安になり、勉強に関して、自分で、どうにかしなければならないと思うようになりましたw そして、私の勉強に関して自分自身で、どうにかしなければならないと思う気持ち・姿勢は、(おそらく)私の弟にも影響を与えました。また、私の母は、子供(私と私の弟)が学校の勉強で良い成績をとって来た時には、これでもかと言う位に、大袈裟に褒めましたw(おそらく、故意に大袈裟に褒めていたのだと思います)。私も私の弟も、それは褒められれば、嬉しい物だから、それが勉強の励みになったりもしました。
以下、参考の投稿。
私が大学を選んだ基準前編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561951?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561949?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準前編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561951?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561949?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母は、チャラチャラした、基本的に、何も考えていないようなタイプの女性です。ちなみに、私には、兄弟姉妹は、2歳年下の弟が一人いるのですが、母のチャラチャラした性格は、私が受け継ぎましたw
私の母は、子供(私、及び、私の弟)が、子供の頃から高校生の頃、子供(私、及び、私の弟)の事を、物質的には、好き放題、甘やかせ、又、子供(私、及び、私の弟)の勉強に関しては、全くと言って良い程、関心がなかったのですが、母は、二人の息子を育て上げるにあたって、これだけはと言う教育方針がありました(もっとも、母にとっては、もしかしたら、それも意図的な教育方針と言うものではなく、母は、それについても、何も考えずに、無意識的・本能的に、そうしていたのかもしれません)。
私も、私の2歳年下の弟も、少し、大袈裟な言い方をすれば、保守的な考えに基づき、女性を、尊敬・尊重し、女性を大切にすると言う事に関しては、母に徹底的に教育されました。
以下、私が、前に行った、「私の母について」と言う投稿、その他、前に行った投稿やコメントの中から、抜粋して来た物です。
幼い頃・子供の頃の、私と私の弟(私は兄弟姉妹は2歳年下の弟が一人います)は、私の母にとって、マスコット・自慢のペット(愛玩動物)のような物でしたw
私も私の弟も、子供時代、ズル賢い子供で、母の前で、お行儀が良いペット(愛玩動物)を演じている限り、母に愛されて、母に甘やかされて、結果として、自分達の得になる(自分達が幸せになる)と言う事を、幼い頃から、本能的に分かっていると言う感じの子供でしたw
また、それに関連して、私も私の弟も、こうすれば、大人達に、可愛がられると言う事を、幼い頃から、本能的に分かっていると言った感じの子供で、(まるで、女性が小悪魔テクを無意識的・意識的に使うようにw)、そうした事を、無意識的・意識的に行っていました。
私の名前も、私の弟の名前も、私の母がつけました(ちなみに、私の名前も、私の弟の名前も、別にキラキラネームではありませんw)。
私の母は、私に対しても、私の弟に対しても、それぞれ中学生になるまでは(小学生の時までは)、(○○は、それぞれ、私の名前と、私の弟の名前の、最初の、二文字)、「○○坊」と呼んでいました。
私の母は、私の母なりの、男児の元服と言ったような考え方があったのかもしれません。私の母は、私に対しても、私の弟に対しても、それぞれ、中学校の入学と同時に、一方的に、もう子供ではなく、大人なのだから、もう、「○○坊」とは呼ばす、(○○は、それぞれ、私の名前と、私の弟の名前の、最初の、二文字)、これからは、「○○」と呼びます宣言をし、それ以来、現在に至るまで、私と、私の弟の事を、「○○」と言い続けています。
また、私に対しても、私の弟に対しても、中学生になるまでは(小学生の時までは)、ペット(愛玩動物)扱いであったのに対し、その後も、物質的には甘やかせ続けましたけど(率直に言って、私と、弟が、それぞれ、子供の頃から高校生の頃、私の両親は、子供を(私と私の弟を)、とても甘やかしていた事は、否定出来ません)、中学生以降は、急に、大人の男性として扱うようになりました。
私は、高校時代(私の高校生活は)、爽やかな面も、あった事はあったのですが、素朴で、爽やかな青春と言うよりは、どちらかと言えば、(当時、当時の私と同じ位、程度の低かったw、友達達と共に)、club(nightclub)等で、よく、夜遊びしたり、(私は、普通の、男女共学の高校に通っていて、学校内の、女の子達とも、仲良くしていたのですが)、よく、他の高校に通う、女の子達等と、合コン(友人や知り合い等の紹介による、男女が、知り合う為の、居酒屋等での、飲み会や食事会。日本では、大学生等の学生位の年齢(18歳位)から20代位の年齢の若者の間で、盛んに行われている)したりして、また、ここでは書けないような事をしたりして(人を傷つけるような事ではありません)、どちらかと言えば、都会の、荒くれた(率直に言ってしまえば、爽やかと言うよりも、どちらかと言えば、猥雑で、堕落して、馬鹿っぽい(馬鹿のような))高校生活を送っていましたw(まあ、それは、それで、楽しかった)。
ちなみに、私も、当時、私と一緒に遊んでいた、悪友達(友達達)も、学校の先生の前では、優等生で(素直で、礼儀正しく、一般的には、学校内においては、学校の規則を、しっかりと守る生徒で)、親の前でも、一般的には、反抗期なんて言う物は、存在しない位、良い子(良い、子供)でしたw
また、私には2歳年下の弟がいるのですが、私の弟は、(若い頃、サーフィン(surfing)や、スケートボード(skateboarding)、スノーボード(snowboarding)を、よく、やっていて、そう言う面(運動と言った面)に関しては、私よりも活発でしたが)、私に比べれば、かなり真面目でした。
私の親は、自由放任主義的な面があり、私の母は、私が、中学生・高校生時代、夜遊びをする際に、友達の家に泊まって来る等と言えば、深く詮索しませんでしたし、母自体が、チャラチャラしている面があり、男の子は、ある程度、遊んだ方が良い・やんちゃした方が良い位に、思っていた節がありw、そう言う意味では、ある意味、やり易かったですw(私は、遊び易かったですw)。
私の母方の祖母は、結婚してから亡くなるまで、アルバイトを含めて、一切の仕事をした事がない主婦でしたし、私の母も、結婚してからは、アルバイトを含めて、一切の仕事をした事がない主婦です。
私の母は、(まあ、私は、母の事を、スーパー主婦と呼んでいるのですがw)、私の母は、子供の頃から、運動神経が良い(私の母は、小学校・中学校・高校と体育の成績は常に良かった様です)と言うのが関係しているのかしていないのか分かりませんが、料理を含めて、一つ、一つの作業が丁寧な訳では決してないのですが、昔から(私が子供の頃から)、家事の手際が、非常に良く、家事をこなす、スピード(速度)が、非常に速いです。まあ、私の母の、(一つ、一つの作業が丁寧な訳ではないけれど)、家事の手際が、非常に良く、家事をこなす、スピード(速度)が、非常に速いと言うのは、私の母の、家事を出来るだけ短時間で済ませ、自分が自由になる時間、自分が遊べる時間を、少しでも、より多く確保したいと言う、欲望・気持ちが、昔から、そうさせて来たのかもしれません。
ちなみに、私の母は、少し、バタバタして、おっちょこちょいの面もあり、私と私の弟が、子供(小学生)の頃、私と私の弟の、それぞれの、親しい友達を、数名ずつを呼んで、家(私の実家)で、クリスマスパーティーを開いた際に、さあケーキよと言って、大きなケーキ(私の母が作ったケーキではなく注文したケーキですがw)を、テーブルに運んで来る際に、私の母は、何かにつまづいて(何だか忘れた)、コケて、ケーキを逆さまに床に落として、台無しにしてしまった(もちろん、その時、私も、私の弟も、それぞれの友達たちも、一瞬、固まり、開いた口が塞がりませんでしたw)なんて事もあります。
私の母は、(私の母から見れば)家事に関して不器用な私と私の弟に、家事を手伝わすと、かえって、足手纏いになって家事のスピードが遅くなるから手伝わしたくはないと言った感じで、私の母は、基本的に、日常的な家事は、私と、私の弟に、あまり手伝わせませんでした。
その代わり、家の中等の力仕事は、私と私の弟が、それぞれ、中学生以降は、わざと(故意)に用事を見つけてまで、出来る限り、私と私の弟に手伝わせるようになりました。そして、手伝わせた後は、ほぼ必ず、「さすがは、男、頼りになる!」とか「さすがは、男!」等と、やたらと「男」を強調して褒めましたw
私の弟は、私よりも2歳年下なので、当然、私の方が、早く、中学生になったのですが、私が、家の力仕事を手伝っているのを見て、小学生の弟が、「僕も手伝う」と言うと、私の母は、必ず、「○○坊は、まだ子供だから駄目」と一旦は、断りました。それで、弟は、「僕は、子供じゃないから、手伝う」と言った感じの事を言って、むずかると、私の母は、(まだ小学生の)弟に負担にならない程度に手伝わせ、私と同様に、褒めて、お礼をしました。
私の母は、私の母なりに、保守的な考えに基づいて、男の子は、女性を助ける、力強く、優しい男性に育てなければならないと言う、保守的な教育方針があったのかもしれません。
私の母は、ミーハーで、面食いの(ハンサムな男性が好きな)、女性でした。また、私の母は、親バカでしたw 私の母は、自分の息子(私と、私の弟。特に私w)の事を、ハンサムと評価していました。
私の母が、私が思春期の頃に、私に、よく言っていた言葉(また、私の弟にも、私の弟が、思春期の頃に、時々、言っていた言葉)で、印象に残っている言葉で、たぶん内面や心掛け等に関して言っていたんだと思いますが、「美男子(又は、ハンサム。どちらか忘れた。まあ、両方言っていたと思います)は、女性(又は、女性達。たぶん両方言っていたと思います)の美男子に対する期待に応える義務がある」と言う言葉がありますw
また、私の母は、私と、私の弟が、思春期の頃に、私と私の弟に対して、「美男子(又は、ハンサム)に生まれたのは、たまたま運が良かっただけで、図に乗ってはいけない」だとか、「運が良く美男子(又は、ハンサム)に生まれたからには、相応の社会的な責任を負わなければならない」と言った感じの言葉も言っていましたw 笑ってしまうような言葉ですがw、母は、割と真面目な気持ちで息子達に言い聞かせているような感じでした。
私の父は、会社員なのですが、私が子供の頃・若い頃は、典型的な、仕事人間・会社人間と言った感じで、土・日・祝日や休暇時期に、子供(私及び弟)を積極的に遊びに連れていったり・子供(私及び弟)と積極的に遊んだりして、子供(私及び弟)の思い出作りには、出来るだけ協力するが、子供(私及び弟)の教育に関しては、「君(私の母)に、全て、任せる」と言った感じで、子供(私及び弟)の教育に関しては、妻である私の母に全て任せて、自分は(私の父は)、子供(私及び弟)の教育に関して、一切、関与する事はありませんでした。
そして、私の父に、子供(私及び弟)の教育の全てを任された、私の母は、どうだったのかと言うと。。。私の母は、子供に対して、勉強しろと、一切、言わないタイプの親でした。
前述の通り、率直に言って、私と、弟が、それぞれ、子供の頃から高校生の頃、私の両親は、子供を(私と私の弟を)、とても甘やかしていた事は、否定出来ません。私の両親は、子供(私と私の弟)に、勉強の妨げになるような誘惑になる物を、どんどん買い与える一方で、私の母は、あまりに、子供(私と私の弟)に対して、勉強しろと言わないものだから、私は、かえって、勉強に関して、これで良いのかと不安になり、勉強に関して、自分で、どうにかしなければならないと思うようになりました。そして、私の、勉強に関して、自分自身で、どうにかしなければならないと思う気持ち・姿勢は、(おそらく)、私の弟にも、影響を与えました。
また、私の母は、昔から(本人が若い頃から・私が子供の頃から)、チャラチャラしていて、何も考えておらず(少なくとも一見何も考えていないような感じで)何も考えないで欲望のままに突っ走ってしまうような面がある女性で、私と、私の弟は、むしろ、自分達が、しっかりとして、私の母を、支えなければならない・助けなけばならない位の気持ちがありましたw まあ、私の母は、何も考えていないようであり、実は、強い人で、私と、私の弟の助け等なくても、全く、大丈夫なような気もしますがw
私の母は、子供(私と私の弟)が、学校の勉強で、悪い成績をとって来た時には、ニコニコしながら、「また、今度、頑張ればいいじゃない」と言った感じの事を言い、一切、気にしていませんでした。また、私の母は、子供(私と私の弟)が、学校の勉強で、良い成績をとって来た時には、これでもかと言う位に、大袈裟に褒めましたw(おそらく、故意に、大袈裟に、褒めていたのだと思います)。私も、私の弟も、それは、褒められれば、嬉しい物だから、それが、勉強の励みになったりもしました。
私は、高校の時、物理のテストで赤点をとって母と共に学校に呼びだされた事があるのですが、母は、ニコニコしながら、「面白そう。たまには、そう言うのも、いいじゃない」と言った感じの反応で、私の高校の先生が何を言っても、ニコニコしながら、「うちの息子は、大丈夫だと思います」の、一点張りでしたw
我が家の近所の私の実家の両親は、二人共、高齢者になった、今でも、夫婦、とても仲が良く、頻繁に、二人で遊びに出掛けています。私の父は、会社員ですが、現在、半分、定年退職状態で、私の両親は、年齢的には高齢者の中で若い年齢ではありますが、夫婦で、よく二人共通の趣味のゴルフに行きますし(両親は、未だに、夫婦で、スキーにも行きます)、夫婦で、海外を含めた、長期旅行も、よくしており、私の父は、仕事と遊びを、とても、元気に楽しみ続けています。私は、両親の(まあ、私の母は、私の父と結婚してから、ずっと主婦ですが。。。)、元気と、パワーが(力が)、羨ましい位ですw
私の弟は、大学を卒業した後、外資系の会社に就職し、外資系の会社の会社員として働いています。
私の弟は、既に、結婚をし、(まだ、二人共、幼いですが)子供が2人いて(男の子(上)が1人と、女の子(下)が1人。女の子は、一昨年、生まれたばかり)、弟の家族(妻・子供)と共に、東京の西部郊外の、静かで落ち着いた住宅地に買った、一戸建て住宅に、暮らしています。
弟の、奥さん(妻)は、結婚する前は、服関係(ファッション関係)の、会社で、会社員として働いていましたが、結婚してからは、主婦となりました。弟の、奥さん(妻)は、専業主婦で、弟と結婚してからは、アルバイトを含めて、仕事は、一切していない様です。
私の母も、私の弟の、奥さん(妻)も、相手が女性となると、性格が若干きつい部分があるので、たまにバチバチしているようですw
(それでも、家族・親戚付き合いに支障が出る程のものでは全くありません)。その点、私の今の彼女は、ある意味頭の回転が早いと言うのか、上手く機転をきかせて立ち回れる感じで、私の今の彼女と私の母の方が、私の弟の、奥さん(妻)と私の母よりも、相対的に相性が良いようですw
ちなみに、私の弟は、(おそらく、弟の、奥さん(妻)に言われたのでしょう)、一度、海外出張前の、成田(narita)空港から、実家の、私の母に、私の母と、私の弟の、奥さん(妻)の、バチバチに関して、「妻(私の弟の妻)に、きつい事を言うな」と言った内容の電話をかけた事があるようです。弟の態度は、全く、正しく、弟は、偉いと思います。男は、自分の母と自分の妻の対立においては、血の繋がっていない、自分の妻の事を、優先的に守らなくてはなりません。
正月に、我が家の近所の私の実家に、彼女と土産物を持って新年の挨拶をしに行き、一時間程、私の両親(主に私の母)と話をした際に、母は、「このコート、この前、○○さん(○○は私の父の下の名前)に買って貰ったんだけど、どう?、似合う?」と言って、上機嫌で、最近、父が母に買ったコートを私と彼女に見せたのですが(ちなみに、母は、身長は、163cm位と、私の母の世代の女性にしては、割と高く、また、痩せの大食い体質で(ちなみに、私は母の痩せの大食い体質を受け継いでいますw)、年を取っても相変わらず痩せており、もう高齢者の年齢ですが、コートを着ても似合いますw)、そのコートは、10万円程のものがセールで半額の5万円程で売られていたものであったそうですが、デパート(だったかな?)で、父と母が買い物をしていた際に、父が、「ちょっと、こっちに来て来て!」と母を呼び、母に、「このコート、君に似合うと思うんだけど、どう?」と言ったコートだったそうで、その話を聞いて、父、母、共に(ちなみに父と母は同年代です)、もう、おじいさん・おばあさんの年齢ですが、父は母を、相変わらず、ちゃんと女性として扱ってくれているのだなと言う事を再確認出来て、嬉しかったです。
先程、男は、自分の母と自分の妻の対立においては、血の繋がっていない、自分の妻の事を、優先的に守らなくてはなりませんと書きましたが、父は母を、相変わらず、ちゃんと女性として扱ってくれているのだなと言う事を再確認出来て、嬉しかった理由の一つに、私の弟が、私の弟の妻と母の対立において、いくら、弟の妻を優先的に守ったとしても、父が母の事を、しっかりと大切にしていてくれている限り、母は、大丈夫であると言う安心感と言うのもあります。
以下、おまけで、前に行った、日本のパリンヤー君と言う投稿の中から、私が若い頃の、親しい友人の一人で、母親が、高学歴の会社員で、仕事が出来て、高収入の、キャリアウーマンの、シングルマザーである男性の話です。

これは、Dartagnanさんの、「タイのパリンヤー君」と言う投稿から、また借りした写真。タイのパリンヤー(私は、タイのパリンヤーは、Dartagnanさんの該当の投稿で、初めて知りました)。私が若い頃の、親しい友人の中で、この写真の、タイのパリンヤーに顔が、そっくりの(とても、良く似た)男性がいます。その男性は、私と同年代で、身長は、私よりも、若干高く、179cmで(身長は、私の弟(身長178cmから179cm位)と概ね同じ位)、体型は、痩せていますが、筋肉質で、調度、この写真の、タイのパリンヤーから、(豊胸手術をした)胸を取り除き、この写真の、タイのパリンヤーの肩幅(肩の幅)を、もう少し、広くした感じです。以下、その男性の事を、仮に、パリンヤー君と書きます。
パリンヤー君は、私と違う大学に通っていましたが、パリンヤー君とは、大学生の時に知り合いました。パリンヤー君は、当時の私の悪友達とは、異なり、基本的に、club(nightclub)等での、夜遊びとは、無縁の、友達でした。
パリンヤー君は、女性が、とても好きです。パリンヤー君は、イケメン(ハンサム)でも、何でもありませんし、女性にもてると言う訳でも、全くないのですが、パリンヤー君は、非常に女性に対してマメであり、女性に不自由はしていませんでした(女性の友達は、割と多かったですし(ちなみに、パリンヤー君の場合は、女性にもてると言う訳でも、全くないので、女性の友達は、基本的には、肉体関係等は、全く伴わない、単なる、話友達)、絶えず、交際している女性はいました)。
パリンヤー君は、一人っ子で、若い頃の当時、実家で、母親と二人暮らしでした。パリンヤー君の父親は、女癖が悪い男性で、そもそも、パリンヤー君の、父親と母親が知り合ったきっかけは、パリンヤー君の、母親が若い頃、女性の友達と二人で、ビーチに海水浴に行った際に、ビーチで、パリンヤー君の、父親にナンパされた事です。パリンヤー君の、父親と母親は、パリンヤー君が、子供の頃(パリンヤー君が、中学校に入学する前に)、パリンヤー君の、父親の浮気が原因で離婚しています(ちなみに、パリンヤー君の、父親は、その後、浮気相手の女性と子供と家庭を持ち、パリンヤー君の母親、及び、パリンヤー君とは、基本的に、音信不通になっている様です)。
パリンヤー君が、小学生の頃、キャリアウーマンであった、パリンヤー君の母親が、休日出勤した、ある日に、パリンヤー君の父親は、パリンヤー君を、東京disney
landに連れて行きました。パリンヤー君は、普段、暗い家庭の中でたまっていたストレスが(既に、その時、パリンヤー君の、父親と母親は、パリンヤー君の、父親の浮気が原因で、冷めきっていたそうです)、楽しい、disney
landへの、お出掛けで、晴れるだろうと、とても、楽しみに、ウキウキとして、父親とdisney
landへ出掛けたそうです。しかし、disney landに到着し、disney
landで待っていたのは、パリンヤー君の、父親の浮気相手の女性でした(即ち、パリンヤー君の、父親は、浮気相手の女性とのデートの為に、パリンヤー君を利用したのです)。パリンヤー君は、その時、パリンヤー君の、父親の浮気相手の女性とは、初対面であったそうですが、その女性を見た瞬間に、両親の不仲の原因は、この女性だと言う事が分かったそうです。父親は、パリンヤー君に、おもちゃを買ってあげるから、女性がいた事は、お母さんには、絶対に言わないように言ったそうです。今はありませんが、当時、東京disney
landには、ロープウェイがありました。パリンヤー君は、父親と、父親の浮気相手の女性と3人で、そのロープウェイに乗っている際に、急に、哀しく、虚しく、切ない気持ちが、こみ上げて来て、目に涙が溢れて来て、ロープウェイから見える、東京disney
landの景色が、霞んで、よく見えなくなったそうです。パリンヤー君は、今でも、その時の事(その時の光景)が、鮮明に記憶に残っていると言います。その後、しばらくして、パリンヤー君が、中学校に入学する前に、パリンヤー君の両親は、パリンヤー君の父親の浮気が原因で離婚しました。
パリンヤー君の母親は、高学歴の会社員で、仕事が出来て、高収入の、キャリアウーマンであり、パリンヤー君の実家は(まあ、実家と言っても、パリンヤー君の母とパリンヤー君の二人暮らしでしたが)、金銭的に、ゆとりがありました。パリンヤー君の母親は、パリンヤー君が子供の頃は、両親の不仲が原因で、パリンヤー君に寂しい思いをさせてしまった事に加えて、仕事が忙しく、子供の頃から、パリンヤー君に寂しい思いをさせて来た、後ろめたさからか、パリンヤー君の事を、物質的には、とても、甘やかしていました。ちなみに、私は、パリンヤー君の実家に遊びに行き、パリンヤー君の母親に会った事があるのですが、パリンヤー君の母親は、長身で、痩せていて、顔は、パリンヤー君に、瓜二つ(完全に似ている)と言った感じで、とてもよく似ていましたw
パリンヤー君は、スキー(skiing)とスノーボード(snowboarding)が、とても好きで、スキー(skiing)・スノーボード(snowboarding)に、とてもよく出掛けていて、スキー(skiing)とスノーボード(snowboarding)、両方、とても上手でした。ちなみに、私は、子供の頃から行っている、スキー(skiing)は、得意ですが(上手ですが)、スノーボード(snowboarding)は、全く、駄目です。
私とパリンヤー君は、大学生の頃から20代の頃、よく、一緒に、スキー(skiing)・スノーボード(snowboarding)に出掛けていました(私とパリンヤー君と二人だけでも、よく出掛けていましたし、私とパリンヤー君を含む、男だけの友人同士のグループ(group)・男女(男性・女性)混合の友人同士のグループ(group)でも、よく出掛けていました)。
パリンヤー君は、大学を卒業した後、しばらく、スキー(skiing)とスノーボード(snowboarding)の、インストラクター等として働いた後に、スポーツ用品会社に正式に就職し、現在も、スポーツ用品会社の会社員として働いています。パリンヤー君とは、現在でも、細々とですが、交流が続いており、極、たまにですが、パリンヤー君を含む、グループで、一緒に、飲んでいます。パリンヤー君は、既に結婚をし、子供がいますが、女好き(女性が好き)な事は、相変わらずなようです(浮気はしていないようですが。。。)。
以下、参考の投稿。
以下の投稿(「日本のパリンヤー君」)では、私が若い頃の、悪友系の親友の一人で、母親がシングルマザーである男性について書いています。
日本のパリンヤー君(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2538844/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
日本のパリンヤー君(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2538844/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
以下、私の母に関する投稿です。
両親の結婚前の修羅場(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2557643?&sfl=membername&stx=jlemon
両親の結婚前の修羅場(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2557643?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母について(前編)(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2544087?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母について(後編)(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2544084/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母について(前編)(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2544087/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
私の母について(後編)(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2544084/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon