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この投稿の、動画・曲は、全て、you tubeから借りて来た物です。
私は、昔が良かった等と言う主義では、全くありません。個人的には、日本の歴史上の、あらゆる世代の人々の中で、今の、日本の若者達が、総合的には(全般的には)、一番、礼儀正しく、お行儀が良く、マナーが良く、感じが良いと思います。
ただし、J-pop(J-rockを含む)に関しては、今においても(現在の曲においても)、探せば、良い曲は、幾らでも(たくさん)あると思いますが、私が高校生の頃は、自分で探さなくても、普通に大hitしている曲で、大人の、男女(男と女)の、良質な、J-popに接する事が出来ました。その点は、今の若い世代の人達よりも、良かったと思います。
そうした、大人の、男女(男と女)の、良質な、J-popに、気軽に・身近に接する事により、当時の高校生達は、今の高校生達よりも、早く、大人になれた様な気がします(あくまで、大人になれた様な気がするだけだったのかもしれませんがw)。
以下、私が高校生の頃、交際している女の子・親しい女の子と、二人で、それぞれの実家の自分達の部屋で、ラブホテル(love hotel)の有線放送のBGMで、屋外等でウォークマン(Walkman)のイヤフォンを片方ずつ耳に当てて(高校生のcoupleの定番の行動ですがw、左右で音が違うので、実用性は、全くなく、単に、coupleが、イチャイチャする為の手段ですw)、よく聴いていた、J-pop(J-rock)の、バラード(ballad)の、hit曲の例です(ただし、1曲、中学生の頃の曲を含む)。
山根 康広(yamane yasuhiro)-「Get Along Together」(1993年)。山根 康広(yamane yasuhiro)(1966年生まれ)は、1990年代に活躍していた、日本の、歌手(singer)・作詞家・作曲家(songwriter)です。この曲は、大学生時代、自動車のBGMとしても、よく聴いていました。
藤井 フミヤ(fujii fumiya)-「TRUE LOVE」(1993年)。藤井 フミヤ(fujii fumiya)(本名、藤井 郁弥(fujii fumiya)、1962年生まれ)は、1990年代初め頃から活躍している、日本の、歌手(singer)・作詞家・作曲家(songwriter)です。藤井 フミヤ(fujii fumiya)は、元々は、THE CHECKERSと言う、1980年代に活躍していた、日本の、アイドル(idol)、rock bandの、中心人物として活躍していました。この曲は、高校生の頃から20代の頃、カラオケボックス(karaoke box)で、よく歌っていた曲の一つでもあります。
X JAPAN-「Tears」(1993年)。X JAPANは、1980年代の終わりから1990年代の中期にかけて活躍していた、日本の、hard rock・ heavy metal bandです。
坂井 泉水(sakai izumi)(ZARD)(坂井 泉水(sakai izumi)及びZARDは、芸名(stage name)。本名は、蒲池 幸子(kamachi sachiko)。1967年生まれ)は、1990年代初めから2000年代中期にかけて活躍していた、日本の、女性、歌手・作詞家です。坂井 泉水(sakai izumi)は、2000年以降、次々と病気が襲い、病院に通いながら、音楽活動を続けていましたが、2006年に癌が発見され、2007年、(癌の治療の為に入院中であった)病院で、散歩の帰りに、階段から転落し、40歳の若さで、亡くなりました(病気(癌)等を苦にした、自殺ではないかとの説もある様ですが、真相は、分かっていない様です)。
坂井 泉水(sakai izumi)(ZARD)-「Good-bye My Loneliness」(1991年)。これは、私が中学生の頃の曲です。
坂井 泉水(sakai izumi)(ZARD)-「揺れる想い」(1993年)。
森高 千里(moritaka chisato)-渡良瀬橋(watarasebashi)(1993年)。森高 千里(moritaka chisato)(1969年生まれ)は、1980年代の終わりから1990年代にかけて活躍していた、日本の、女性、アイドル(idol)歌手・作詞家です。ちなみに、森高 千里(moritaka chisato)は、江口 洋介(eguchi yousuke)と言う、日本の俳優と結婚しているのですが、江口 洋介(eguchi yousuke)・森高 千里(moritaka chisato)夫妻は、一時期、私の街(東京都心部西部の、静かで、落ち着いた、住宅地。ちなみに、私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。母方の祖父母共、既に亡くなり(ちなみに、母は、一人っ子です)、現在は、両親が引き継いで暮らしている)も、我が家の近所にあります)に、中古の、一戸建て住宅を買って暮らしていました(もう、引っ越してしまったけど。。。)。
これは、おまけ。。。今から、約24年前から約27年前、1991年から1994年の、日本の、POCARI SWEATの、TV commercialです。調度、私の、青春時代(私が、高校生の頃)の、日本の、TV commercialです。ちなみに、私は、高校時代(私の高校生活は)、爽やかな面も、あった事はあったのですが、この動画の、後半の様な、田舎の高校生の、素朴で、爽やかな青春と言うよりは、どちらかと言えば、(当時、当時の私と同じ位、程度の低かったw、友達達と共に)、club(nightclub)等で、よく、夜遊びしたり、(私は、普通の、男女共学の高校に通っていて、学校内の、女の子達とも、仲良くしていたのですが)、よく、他の高校に通う、女の子達等と、合コン(友人や知り合い等の紹介による、男女が、知り合う為の、居酒屋等での、飲み会や食事会。日本では、大学生等の学生位の年齢(18歳位)から20代位の年齢の若者の間で、盛んに行われている)したりして、また、ここでは書けないような事をしたりして(人を傷つけるような事ではありません)、どちらかと言えば、都会の、荒くれた(率直に言ってしまえば、爽やかと言うよりも、どちらかと言えば、猥雑で、堕落して、馬鹿っぽい(馬鹿のような))高校生活を送っていましたw(まあ、それは、それで、楽しかった)。 ちなみに、私も、当時、私と一緒に遊んでいた、悪友達(友達達)も、学校の先生の前では、優等生で(素直で、礼儀正しく、一般的には、学校内においては、学校の規則を、しっかりと守る生徒で)、親の前でも、一般的には、反抗期なんて言う物は、存在しない位、良い子(良い、子供)でしたw また、私には2歳年下の弟がいるのですが、私の弟は、(若い頃、サーフィン(surfing)や、スケートボード(skateboarding)、スノーボード(snowboarding)を、よく、やっていて、そう言う面(運動と言った面)に関しては、私よりも活発でしたが)、私に比べれば、かなり真面目でした。
以下も、おまけ。。。
東京圏には、非常に緻密な、通勤電車網が整備されていますが、それに加えて、東京中心部(東京23区)においては、非常に緻密な地下鉄(主に地下を走る電車)網が整備されています。東京中心部(東京23区)の緻密な地下鉄(主に地下を走る電車)網は、主に、東京メトロ(東京Metro)(下の補足説明参照)と東京都(下の補足説明参照)の、二つの組織・自治体によって運営されています。
東京メトロ(東京Metro):1927年に、最初の路線を開業。(基本的に)東京中心部(東京23区内)において、9つの、地下鉄路線を運営している、公営の性格が強い(主要な株主は、日本の政府と東京都)、鉄道会社(前は、帝都高速度交通営団と言う名前でした)。運営している、地下鉄路線の、総距離は、約195km。東京メトロ(東京Metro)が運営している地下鉄路線は、多くの、東京都心部と、東京郊外を結ぶ、私営鉄道会社等の、通勤電車の、乗り入れを受け入れています。
東京都:東京都(主として、東京中心部(東京23区)と東京の西部郊外によって構成される地方自治体。日本の47の県(prefecture)の内の一つ)は、(基本的に)東京中心部(東京23区内)において、4つの地下鉄路線を運営しています(1960年に、最初の地下鉄路線を開業。運営する地下鉄路線の、総距離は、109km)。東京都が運営する、地下鉄路線は、多くの、東京都心部と、東京郊外を結ぶ、私営鉄道会社の、通勤電車の、乗り入れを受け入れています。
写真以下。東京都交通局(東京都の地下鉄・バス(bus)運営部門)が、定期的に(基本的に一か月に1回)発行している、無料の情報誌の、2018年3月号より。。。我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅に通っている地下鉄は、東京都が運営する地下鉄ではなく、東京メトロ(東京Metro)が運営している地下鉄なのですが、我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅には、この情報誌(東京都交通局(東京都の地下鉄・バス(bus)運営部門)が、定期的に(基本的に一か月に1回)発行している、無料の情報誌)が、置いてあります。
写真以下。この号(2018年3月号)の特集は、神保町(jinboucho)の特集となっていました。神保町(jinboucho)(東京中心部の中でも中心的な地域の北部に位置する)は、世界最大級の書店(本屋)街・古本屋(古書店・古本店)街となっています。ちなみに、私の大学(私が卒業した大学)は、神保町(jinboucho)の周辺にあります。
写真上側の、さぼうる(sabouru)(1955年に開店した、喫茶店(日本式coffee shop)・カフェ(cafe))は、学生(大学生)の頃から、たまに利用しています。さぼうる(sabouru)は、古くから、周辺の学生達等に、親しまれている、喫茶店(日本式coffee shop)・カフェ(cafe)です。
以下、参考の投稿。
私が大学を選んだ基準前編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561951/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561949/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準前編(日本語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561951/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561949/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon