当該情報(知識)について言えば、その情報量は大(多)と小(少)に分かれる。
果たして、ある情報(知識)の多い少ないは、その情報を与える者と受ける者の地位や階級を反映するのであろうか?
教える立場の者って常に「先生」だったり「教えてあげる」立場なの?ってお話。
「情報を入手し、それを伝達する」という動作を考えてみよう。
教師は、自分が学習した知識を学生に教える。
この場合、知識量の大小とと立場の高低はリンクしている。
情報の多寡をもって、地位の上下を語ろうとするわけですね。
でもこれって一般化できるの?ってことでw
さて、懐かしの軍歌など一曲
或いは草に伏し隠れ
或いは水に飛び入りて
万死恐れず敵情を
視察し帰る斥候兵
肩に懸れる一軍の
安危はいかに重からん♪

さて、斥候。
指揮官の命を受け、危険を顧みることなく敵中に分け入り、指揮官が求める敵情を視察して報告する兵隊ですねえ。
偵察を終えた斥候が持つ敵に関する情報量は、指揮官より多く、また新しいものなので、斥候は敵情を指揮官に伝えることができる。
斥候は、指揮官に対して「教えてあげる」の?それとも「報告」するの?
続いて参謀。
まあ、「スタッフ」ですわね。
参謀は、「作戦」とか「補給」とか、それぞれの専門に関して指揮官に必要な情報を伝えるのが仕事なんだけれど、当然、その知識量は指揮官より多いので、指揮官に対して情報を伝えることができる。
さて、参謀は、指揮官に「教えてあげる」の?それとも指揮官の「補佐」をするの?

これって、たくさんの「先生」から「教えてもらう」砂漠の狐ですか?w
斥候と指揮官、参謀と指揮官、立場はどちらが上なんでしょうねえ・・・。
六年夏五月王與倭國結好以太子腆支爲質 《三国史記 百済本紀》
腆支在倭聞訃哭泣請歸 《三国史記 百済本紀》
自分の家の跡継ぎの生殺与奪の権を生徒に与える先生ですか?
よく解らないよね。そー言う関係。( ´H`)y-~~
ってことで、結論。
「情報の流れで立場の上下を語ろうなんて、立論の手法が幼稚に過ぎるよね。」
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