倭・国一斗枡

稲刈り終わって、米の出荷も大方終わったから、作業場の掃除をした。
現在使用中の1斗枡。
裏書き

隣町、飯南郡松阪町大字湊町の中村さんから購入又は入手。
明治23(1890)年、李氏朝鮮・高宗27年製造。
その頃の村の様子(古文書写し)

参宮街道沿いの村だからね、当時(幕末明治初期)流行の『おかげ参り』絶頂期。
農家のほとんどが米以外のものを売っていたようだね。
農間工業ちうと、親戚の鋳掛屋さん、村はずれの鍛冶屋さん、樫棒屋さん(荷棒とか
鍬の柄、駕篭の棒なんかも作ってたのかな^^b)、車屋さん(大八車のタイヤや水車
も作っていたらしい)。
村内産業の製品その1

荷車のタイヤ。
1960年頃まで現役。
車のリムは曲げて作るんじゃないよね。円弧を何分割かして、樫の板から曲線鉋で削り出すんだ。
で、鉄板圧入して補強する。
樽も桶も同じ製法、木を曲げては作らない。
倭・寇の変な似非学者さんには気を付けようね。
我が家最古の工業製品。

更に半世紀ほど前、車屋さんの御先祖様作と思われる。
墨書で文久●年とあるが不鮮明。1860年代製。
子供の頃に、実際に田んぼで使ってみたが、破損や水漏れは無い。
因みに、朝鮮通信使がコピーしようとして果たせなかった水車はこれでしょう。
水車もまた、木を曲げて作っている箇所は無い。(ケーシングのRは勝手に曲がる程度の厚さ)
参考資料
垣根

石垣上の生垣。
内側は庭、外側は旧街道。
高さ120センチ、視界も会話も妨げない程度の境界線。
年末を前に刈り込んだ。
