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猿(saru)島散歩2からの続きです。
猿(saru)島散歩2は以下です。
猿(saru)島散歩2(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/2678039?&sfl=membername&stx=jlemon
猿(saru)島散歩2(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_14/view/id/2678039?&sfl=membername&stx=jlemon
以下、「以下、猿(saru)島散歩2からの続きです。。。」と言う文までは、前回の投稿と重複するので、前回の投稿を、ご覧になった方は、飛ばして下さい。
6月の初め、彼女と、猿(saru)島を中心とした、横須賀(yokosuka)に遊びに訪れた(デート(date)で訪れた)時(以下、この日と書きます)の物です。この時は、自動車で、横須賀(yokosuka)に訪れました。
横須賀(yokosuka)は、東京の、南部近郊の海沿いに位置する中都市(中規模程度の人口の都市)です。
横須賀(yokosuka)は、中都市(中規模程度の人口の都市)としては、人口は、多く、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の、主要都市の一つとなっていると共に、東京の主要な、衛星都市 (satellite city)の一つとなっています。
ちなみに、ここでは、衛星都市
(satellite
city)とは、都市圏にあり、都市圏の中心都市(東京の場合、東京中心部(東京23区))と、ある程度の、経済的・文化的な繋がりを持つが、都市圏の中心都市(東京の場合、東京中心部(東京23区))からは、離れており(比較的、遠い場所にあり)、都市圏の中心都市(東京の場合、東京中心部(東京23区))に、通勤する人々は、少ない都市と言う意味で使っています。
横須賀(yokosuka)(横須賀(yokosuka)の中心市街地)は、東京都心部(品川(shinagawa)駅(東京都心部の南部に位置する。東京の6大主要駅(東京駅、新宿駅、渋谷(shibuya)駅、池袋(ikebukuro)駅、上野(ueno)駅、品川(shinagawa)駅)の一つ))から、特別料金が不要な(特別料金を支払う必要がない)、通勤電車の、快特(express)で、40分位、横浜(神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の中心都市。東京圏で、東京中心部(東京23区)に次いで、第二の人口を有する都市)の都心からは、特別料金が不要な(特別料金を支払う必要がない)、通勤電車の、快特(express)で、25分位となっています。
横須賀(yokosuka)は、東京都心部からは、遠い為、東京都心部に通勤している人々は、少ない様ですが、横浜の都心部に通勤している人々は、ある程度いる様です。
ちなみに、東京都心部の西部に位置する我が家から、横須賀(yokosuka)まで、電車で行く場合、乗り換えもあり、若干(少し)、不便となっています。
横須賀(yokosuka)は、伝統的に(古くから)、日本最大の、軍港都市であると共に、日本を代表する、軍港都市となっています。
横須賀(yokosuka)は、近代以降、日本の海軍(第二次世界大戦後は、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する))が、東京圏における拠点を置いている都市であり、伝統的に、日本の海軍(第二次世界大戦後は、海上自衛隊)の、主要な拠点となっている都市の一つであると共に、最も、重要な拠点となっている都市です。
横須賀(yokosuka)には、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)の隊員(兵隊)、及び、その家族、その他の、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)の関係者、及び、その家族が、多く暮らしている様です。
また、横須賀(yokosuka)は、第二次世界大戦後は、アメリカの海軍も、基地を置き(駐屯をし)、横須賀(yokosuka)の、アメリカ海軍の基地は、アメリカ海軍の、海外における、最大の基地となっていると共に、東アジア地域における、アメリカ海軍の、最も、重要な基地となっています。この事から、横須賀(yokosuka)の、食文化等は、日本の他の都市よりも、比較的、アメリカの影響を強く受けた物となっています。
この様に、横須賀(yokosuka)は、伝統的に、海軍(第二次世界大戦前は、日本の海軍、第二次世界大戦後は、日本の海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)と、アメリカ海軍)と共に、発展して来た、軍港都市となっています。
また、現代の、横須賀(yokosuka)は、日本を代表する、軍港都市であると言う事を、観光に利用(活用)しています。横須賀(yokosuka)の、日本の海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)と、アメリカ海軍の、軍港を、船で巡り、停泊している、日本の海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)と、アメリカ海軍の、軍艦(軍事用の船)を見る、ツアー(tour)は、東京圏に暮らす人々を中心に、とても、高い人気を集めています。
この日、横須賀(yokosuka)に遊びに訪れた主目的は、猿(saru)島に遊びに訪れる事にありました。猿(saru)島は、前からちょっと気になっていたのですが、この時、初めて訪れたのですが、中々良かったです。
猿(saru)島は、横須賀(yokosuka)の中心市街地の沖にある無人島です。
猿(saru)島の名前の由来は、1253年の5月に、日蓮(nichiren)(中世の日本の有名な仏教の僧侶。1222年生まれ。1282年に亡くなる)が、船に乗っている時に、嵐に遭い、船の進む方向さえ分からなくなった時に、近くの島に避難したところ、一匹の白猿(白い猿)が現れ、島の奥に案内したという言い伝えから、猿(saru)島の名前がついたと言う説があります(猿(saru)島のパンフレット(leaflet)を参考にしました)。
猿(saru)島は、19世紀中期から19世紀後期にかけて、日本軍の要塞として整備され、第二次世界大戦まで、日本軍の要塞となっていました(ただし、実戦では、使われた事がありません)。
猿(saru)島は、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、海沿いの港から、船で、10分程度の所にある、無人島で、現在は、ちょっとした観光地として整備されています。猿(saru)島に渡る船は、一時間に、1本くらいの割合で出ています。
猿(saru)島は、バーベキュー(barbeque)や釣りを楽しむ事が出来、又、海岸線の一部は、海水浴場となっており、夏には、横須賀(yokosuka)の市街地を眺めながら海水浴が出来る、横須賀(yokosuka)の中心市街地から、最も近い海水浴場となっています。猿(saru)島は、若者を中心に、人気が高い島となっており、また、デート(date)場所としても、人気が高い場所となっています。
以下、猿(saru)島散歩2からの続きです。。。
写真以下28枚。猿(saru)島の続きです。
写真以下2枚。この洞窟は、古墳(kofun)時代(3世紀から6世紀)頃まで、住居や墓として使われていた様です。
猿(saru)島を訪れた後は、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、海沿いの農産物販売所で、野菜(横須賀(yokosuka)が位置する三浦(miura)半島は、近郊農業(都市に新鮮な農畜産物を供給する事を目的とした、大都市の周辺で行われる農業。説明は、wikiを参考にしました)が、盛んとなっています)や、お土産の買い物をしました。
横須賀(yokosuka)の中心市街地の、海沿いの農産物販売所で、買い物をした後、この日の昼食(「猿(saru)島散歩2」を参照)を遅目の時間に食べた為、私も彼女も、腹が、まだ減っていなかった為、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、ショッピングモール(shopping
mall)の、シネマコンプレックス(multiplex)で、映画でも見てから、夕食でも食べようと思い、検索したら、調度良い時間帯に上映している映画で、私も彼女も見たい映画がなかった為、横須賀(yokosuka)に隣接する、横須賀(yokosuka)が位置する三浦(miura)半島の、先端部(南端部)に位置する市、三浦(miura)市(三浦(miura)海岸)辺りまで(ちなみに、横須賀(yokosuka)市は、割と広いです)、あてどもなく、driveをしてから、横須賀(yokosuka)の中心市街地に帰って来て、この日の夕食を、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、ハンバーガー(hamburger)食堂で食べてから、東京都心部に帰って来ました。
ちなみに、私と彼女は、二人で、自動車に乗って、driveをしているだけで、楽しく、幸せですw
私は話し(会話)が、決して上手な方ではないと思いますが、私は、昔から実際に話が面白いかどうかは置いておいて、実生活において、面白い話をして、人を笑わせるのが好きで、(これは相手が男女関係ない事ですが)、私は笑いの波長の合う相手だと、相手を笑わすのが楽しいので饒舌になりますw ちなみに、今の彼女とは笑いの波長がとても合うので、彼女を車の助手席に乗せて走る際は、多くの時間を彼女を笑わせる事に費やしていて(彼女は私のギャクで、とてもよく笑ってくれますw まあ、私と彼女、二人しか受けない、私と彼女二人だけの、内輪ウケのギャグも多いのですがw)、私も彼女も、よく笑って、楽しんでいますw。また、彼女は同性や異性の友人の前では下ネタとかあまり言うタイプではないのですが、彼女と二人でドライブしている時なんかは、私が促してしまっている面があるのですがw、よく車内で二人で下ネタとか言いあって大うけしたりしていますw(まあ、彼女は、私と過ごしている時、バカップル的な行動に出る事はありますがw、私と違って根本的には頭が良いのですが。。。)。
以下、参考の投稿。
女性とドライブ(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2641760/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
女性とドライブ(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2641760/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
横須賀(yokosuka)の、代表的な、庶民・大衆食に、カレー(curry)と、ハンバーガー(hamburger)があります。何れも、横須賀(yokosuka)が、伝統的に、海軍(第二次世界大戦前は、日本の海軍、第二次世界大戦後は、日本の海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する)と、アメリカ海軍)と共に、発展して来た、軍港都市であると言う事と関連している物です。
第二次世界大戦前の日本は、当時のヨーロッパと同様、階級社会により、大きな貧富の格差が存在しており、第二次世界大戦前の、日本の、農村の小作人(低所得者層(lower
class)の農民)や、都市の低賃金肉体労働者(都市における、低所得者層(lower class))等の、低所得者層(lower
class)の生活は、実に悲惨なものでした。
第二次世界大戦以前の日本においては、日本の、低所得者層(lower
class)(農村の小作人(低所得者層(lower class)の農民)や、都市の低賃金肉体労働者(都市における、低所得者層(lower
class))の、人々の間では、軍隊に行けば、しっかりとした、立派な食事を食べる事が出来ると言う話は、広く、一般的に、広まっていた様です。
第二次世界大戦以前の、日本においては、日本の陸軍の食事よりも、日本の海軍の食事の方が、全般的に(平均的に)、良かった様ですが、一方において、日本の海軍は、階級による、食事の格差(士官(officer)と、一般的な兵隊の、食事の格差)が、激しく、第二次世界大戦以前の、日本の海軍の、士官(officer)の、船(軍艦(軍事用の船))での、食事は、高級な旅館や高級ホテルで提供される様な、高級日本料理や、高級フランス料理であった様です。これに対し、第二次世界大戦以前の、陸軍も、士官(officer)と、一般的な兵隊の、食事の差はあったものの、士官(officer)と、一般的な兵隊の、食事の差は、同時代の、日本の海軍に比べれば、遥かに(ずっと)、少なかった様です。
これは、日本が、19世紀後期において、軍を近代化する際に、海軍は、(おそらく、当時、世界最大、且つ、世界最強の海軍国であった)イギリスの海軍を参考にしたのに対し、陸軍は、(おそらく、当時、世界最大、且つ、世界最強の陸軍国であった)ドイツを参考にした為である様です。
第二次世界大戦後の日本は、何でも、階級格差を消滅させようとする動きにありました。海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する。近代の、日本の海軍(1872年から1945年)の、形式的な伝統は、ある程度、引き継いでいる。おそらく。。。)の、現代の、船での食事は、士官(officer)の食事も、一般的な、隊員(兵隊)の食事も、(食器が異なる位で)、内容は、基本的に同じな様です(おそらく。。。間違っていたら、済みません)。
カレー(curry)は、日本の海軍(第二次世界大戦後は、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する))の、伝統的な食事で(これも、日本の、近代の海軍が、当時の、イギリスの海軍を参考にした事が、ある程度、関連している様です)、古くから、日本の海軍(第二次世界大戦後は、海上自衛隊(第二次世界大戦後の、日本の海軍に該当する))の、一般的な、兵隊の、船(軍艦(軍事用の船))での、食事として、よく食べられている食事です。
カレー(curry
)は、日本では、年齢を問わず(あらゆる年齢層に)、人気の食べ物で、日本で、人気の、大衆食の一つとして、定着していますが(家庭料理としても、一般的となっています)、日本の海軍の食事としての、カレー(curry)の採用は、カレー(curry
)が、日本の、大衆の間に広まる、大きな、きっかけ(原因)の一つとなった様です。
横須賀(yokosuka)の、日本の海軍のカレー(curry)の、伝統的な調理方法に、基づいたカレー(curry)(横須賀(yokosuka)カレー(curry)、又は、横須賀(yokosuka)海軍カレー(curry)と呼ばれています)は、横須賀(yokosuka)の、代表的な、庶民・大衆食となっており、地元の横須賀(yokosuka)の人々の間で、よく食べられているだけでなく、横須賀(yokosuka)を訪れる観光客にも、人気の食べ物となっています。
また、前述の通り、横須賀(yokosuka)は、第二次世界大戦後は、アメリカの海軍も、基地を置き(駐屯をし)、横須賀(yokosuka)の、アメリカ海軍の基地は、アメリカ海軍の、海外における、最大の基地となっていると共に、東アジア地域における、アメリカ海軍の、最も、重要な基地となっています。この事から、横須賀(yokosuka)の、食文化等は、日本の他の都市よりも、比較的、アメリカの影響を強く受けた物となっています。
カレー(curry)と共に、横須賀(yokosuka)の、代表的な、庶民・大衆食となっているのが、ハンバーガー(hamburger)です(横須賀(yokosuka)の、ハンバーガー(hamburger)は、横須賀(yokosuka)バーガー(burger)、又は、横須賀(yokosuka)Navyバーガー(burger)と呼ばれています)。横須賀(yokosuka)は、ハンバーガー(hamburger)が、美味しいと評判の都市であり、横須賀(yokosuka)の、ハンバーガー(hamburger)は、横須賀(yokosuka)の市民、横須賀(yokosuka)の、アメリカ海軍の兵隊等だけでなく、東京圏の人々にも、人気となっています。
写真以下。この日の夕食は、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、ハンバーガー(hamburger)食堂で食べました。このハンバーガー(hamburger)食堂は、横須賀(yokosuka)の中心市街地の、裏通り(裏路地)にある、ハンバーガー(hamburger)食堂で、横須賀(yokosuka)で、古くから、人気のある、ハンバーガー(hamburger)食堂の一つである様です。このハンバーガー(hamburger)食堂は、この時、利用したのは、2回目で、元々、ネット(net)で検索して、この店で食べようと言う事で利用した店ですが、最初に(初めて)利用した時の、ハンバーガー(hamburger)の味の印象が良かった為、この時、また利用しました。
このハンバーガー(hamburger)食堂(経営者は、日本人である様です)の名前は、津波(tsunami)と言います。津波(tsunami)は、東日本大震災(2011年3月11日に、東日本(日本の東部)を襲った、巨大地震。多くの人々が亡くなったが、亡くなった人々の、ほとんどが、日本の、東北地方の海沿いに暮らしていた人々で、地震による津波(tsunami)からの、避難に、遅れた事により、亡くなった)の影響で、今の、日本人にとっては、印象の悪い言葉ですが、このハンバーガー(hamburger)食堂は、東日本大震災の前から、津波(tsunami)と言う名前で、営業している様です。
写真以下。このハンバーガー(hamburger)食堂で食べた、この日の夕食。
写真以下3枚は、二人で分けて食べましたが、私が、多く食べました。
写真以下2枚。ポップコーンシュリンプ(popcorn shrimp)。
写真右端は、私が、この時、飲んだ飲み物の一つで、ルートビア(root
beer)。ルートビア(root beer)は、私が、最も好きな、清涼飲料水(soda pop)です。この店で、ルートビア(root
beer)を飲んだのは、この時が、初めてであったのですが、この時、この店で飲んだルートビア(root
beer)は、出し方が上手だったのか、今まで、世界で(世界でって言っても、ほとんど、アメリカと日本だけだけどw)飲んだルートビア(root
beer)の中で一番美味しかったですw ルートビア(root beer)は、この時、もう一杯、飲みました。
小さなサイズ(size)の、バッファローチキンウイング(Buffalo wings)。
彼女が食べた、挽き肉の、タコス(taco)。
写真以下2枚。私が食べた、ステーキ(beef steak)、タコス(taco)。
写真以下3枚。この時、私が食べた、ハンバーガー(hamburger)で、ジョージワシントン(George Washington)バーガー(burger)と言う、この店の、ハンバーガー(hamburger)。ちなみに、この時、彼女は、ハンバーガー(hamburger)は、小さなサイズ(size)の、シンプルな(単純な)、ハンバーガー(hamburger)を食べました。