個人的に、日本で、男として生まれ て(日本人の男として生まれて)、良かったと思う(幸せだと思う)、最も重要な理由に、性格も含めて、日本の女性(日本の女性達)が、世界で、一番、良い (世界で、一番、素晴らしい)(あくまで、私の個人的な意見ですが。。。w)と言う事が挙げられます。生まれてから、今まで、生きて来て、女性達には、本当に、優しく、親切にして貰って来て、本当に、感謝しています。
日本の女性の特徴は、私の経験の範囲内における、一般的な傾向として(もちろん、全ての、女性に当てはまる訳ではない)、愛想・愛嬌がある、ファッション(服装)や、振る舞い等が、女性である事を意識している、好意を持っている(好きな)男性に対して、自分で(自ら)、積極的に、アプローチする(誘惑する)女性が、多い(ただし、そうではない女性もいる)、好きなった異性とのsexは、男性よりも積極的である、優しい、親切、根本的に、頭が良いと言った事が挙げられます。
私は、共学、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)は、私立の女子校出身なのですが、今まで、彼女に、女子校ならではのエピソードをいうものを聞いた事がなかったのですが(率直に言って、彼女との間で、そこに話題を振り向ける必要が全くない程、話題が豊富であったし、今でも、そうであると言う事があると思います)、昨日の夜、私の街のレストラン(カジュアルな雰囲気の、フランス料理レストラン。私の街で、お気に入りのレストランの一つ)で、彼女と二人で、夕食を食べていた時、たまたま、その話題にちょっとなった事をきっかけに、レストランから我が家に帰って来た後、you tubeで、「女子校・共学違い」で検索して出た、この投稿で紹介する動画を、ちょっと、彼女と2人で見てみました。
以下3つ。女子校と共学違い。彼女は、以下の動画を見て、女子校について、そこまでは酷くないと苦笑いをしていましたがw、制服のスカートの裾を団扇代わりにして、太ももを仰いでいる女の子等は、普通にいたと言っていました。ちなみに、共学の女子の生態については、私自身の高校時代の印象として、(以下3つの動画について)、概ね、合っていると思いますw
以下、おまけ。以下の3つの、過去の投稿から、抜粋して来た、私の高校時代に関連する話です。韓国の方は、韓国語で表示で、ご覧下さい。
万引きの思い出/先生のエコ贔屓→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2625194/page/4?&sfl=membername&stx=jlemon
インタビューとラブレター→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2623529/page/4?&sfl=membername&stx=jlemon
シャイなのに/兄的な性格2→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2640463/page/3?&sfl=membername&stx=jlemon
東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地にある、我が家の近所の、私の実家は、元々、私の母方の祖父母の家で(ちなみに母は、一人っ子です)、現在は、両親が引き継いで暮らしています。既に、母方の祖父母共に、亡くなっています。
私には、兄弟姉妹は、2歳年下の弟が一人います。私の弟は、外資系の会社員で、既に、結婚をし、(まだ、二人共、幼いですが)子供が2人いて(男の子(上)が1人と、女の子(下)が1人。女の子は、一昨年、生まれたばかり)、弟の家族(妻・子供)と共に、東京の西部郊外の、静かで落ち着いた住宅地に買った、一戸建て住宅に、暮らしています。
まあ、私の弟の場合、実際にそうであった(大人しく優しい良い子であった)と言う面もあるのですが、私も、私の弟も、親の前、学校の先生の前を含む、大人の前では、大人しい良い子を演じるのが、とても、ズル賢く上手でした。
私も、私の弟も、基本、小学校・中学校・高校を通じて、老若男女を問わず、全ての、学校の先生から、エコ贔屓されていましたw(私の弟については、推測が入ってしまうのですが、私の弟も、おそらく、私と同じであったと思います)。
私も、私の弟も、親の前、学校の先生の前を含む、大人の前では、大人しい良い子を演じるのが、とても、ズル賢く上手でしたが、私も、私の弟も、小学生から中学生の頃、基本、マセたガキであった事は確かで、特定の大人に対しては、生意気に牙を向く事もありました(私も、私の弟も、高校から大学にかけて、だんだんと穏やかになって行きましたが。。。)。
私の弟は、中学生の時、担任であった、男の先生に、制服の着方が、だらしないと注意されて、弟は、その着方が、格好良いと思い、故意にその様な制服の着方をしていたのですが、それに対して、弟は、キレて、先生に対して、「誰にも、迷惑をかけていないじゃないですか!」と強い口調で反発をし、その制服の着方を、直さなかったそうです。まあ、私も弟も、先生の家庭訪問の時は、いつも、お宅のお子さんは何の問題もありませんよと言った感じの、先生と母の、短い談笑で終わっていた感じなのですが、その時の事も、その様な家庭訪問の際に、その弟の担任の先生と母との談笑の中での、「お宅のお子さんは、はっきりと物を言う時は言いますね」と言った感じの話題の取り上げられ方だけで終わったようですがw
ちなみに、私は、中学生・高校生の頃、学校の女性の先生と交際したり、仲良くなったり(エッチ(sex)したり)した事はありませんでしたが、中学生の頃、クラスの担任の先生ではなかったのですが(ちなみに、中学の頃のクラスの担任の先生は、個人的に、何れも男の先生でした)、当時、20代の半ば位であった、女性の先生に、妙に(非常に)、男として意識されてしまった事はありますw そして、中学・高校時代、それ以外にも、女性の先生に、多かれ少なかれ、異性として意識されていると感じた事がありますw
私は、(まあ、中学の頃も、その様な事がありましたが)、高校の時は、どの教科の先生であっても、厳しいと評判の先生であっても、私に対しては、一目置いていたり、甘いと言った節がありました。
私の高校の時の、クラスの担任であった先生の一人で、とても厳しいと評判の、中年の女性の英語の先生がいたのですが(その先生は、宿題を、たくさん出す先生でした)、その先生は、英語の授業の時の、私の英語の発音の良さや、私の学校の英語の成績等から、私に、一目置いている感じで、他の生徒達には、宿題をやって来なかった場合は、厳しく叱っていたのに対し、私に対しては、少しくらい、私が宿題をやって来なくても、何も言いませんでした(ちなみに、私は、中学生・高校生の頃、夏休み等の宿題は、休みが終わった後、各教科の、最初の授業までに仕上げるタイプでしたw)。ちなみに、その先生は、中年の女性でしたが、私は、その先生にも、少し異性として意識されてしまっていたような感じがありましたw その先生は、私の母と、仲が良く、父母会等では、母と、友達のように親しく話していた様です。ちなみに、当時、英語力と言う点に関して、その高校の女性の英語の先生よりも、父と結婚してからアルバイトを含めて仕事は一切した事がない専業主婦の私の母の方が上であったと思います。
幸いな事に、私のような駄目人間でも、何故だか不思議と優しい女性達は、昔から(幼稚園児位の頃から)、私の事を、よく構ってくれましたw
(まあ、小学生の頃から、その様な事はあったのですが)、中学・高校に入学した時、また、中学や高校のクラス替えの時等に、よく、クラスの女子達のグループが、はにかみながら、私の席、又は、廊下で、私を囲んで、私に、「誕生日は、いつですか?」とか「好きな食べ物は、何ですか?」とか、英語の授業の時の私の発音から、「帰国子女なのですか?」と言った感じのインタビューをしましたw また、私は、自分の事を、普通の、ソース顔の日本人だと思っているのですが、「ハーフなんですか?」とか「外国人の血が混じっているのですか?」とか聞かれる事もありました。すぐ打ち解けて、タメ語になるのですが、同い年・同学年なのに、何故か、いつも、最初は、敬語で質問されましたw(ちなみに、私は、20代の初めまでは、実年齢よりも上に見られ、20代の後半頃からは、実年齢よりも下に見られるようになったのですが、それが、関係しているのかもしれませんw)。
また、私の実家は、普通の中流の家庭なのですが、私は、中学や高校の頃、何故だか、女子達に、玄関から家の建物が見えないような邸宅に暮らすような、金持ちの、お坊ちゃんに、勝手に、勘違いされる事が、よくありましたw
東京都庁を見学した際、都議会議事堂を見て、女の子に、「○○君の家って、こんな感じ?」と言われた事もあります。ちなみに、都議会議事堂は、こんな感じです→
http://www.yokoso.metro.tokyo.jp/kengaku/img/img_gijyou2.jpg
勝手に、妄想を膨らまして貰っては困る。普通の中流の家だって!と言った感じですw
私の叔父(父の弟)(身長は、180cmの長身)は、私の父と違って(私の父は、叔父と同様、外貌は、どちらかと言えば、ガリ勉タイプの人(勉強を非常に熱心にする人)とは、正反対の外貌と言った感じなのですが、中学校時代・高校時代に、(勉強ばかりしていたと言う訳ではなかった様ですが)、とても真面目に、熱心に勉強した様です)、勉強は、ほとんどせず、私の父と違って勉強は、全く、出来なかったようですが、運動が、とても得意で(ちなみに、高校の頃、学校のバスケットボール(basketball)clubに所属していたそうです)、私の父方の祖母や私の父の話によると、高校の時、数々の、地元の伝説を作るくらいw、学校内、及び、学校外の、女子高生達に、モテていた(人気があった)そうですが、その、私の叔父(父の弟)の、高校時代の、誇張された?モテ伝説の一つに、学校の、靴の下駄箱に収まり切らない、女子達からのラブレターが、下駄箱から溢れ出て、床に、こぼれ落ちていたと言う物がありますw
私は、そんな、私の叔父(父の弟)の、誇張された?モテ伝説には、遥かに及びませんがw、中学時代や高校時代に、女子達から、ラブレターは、貰っていました。
自分が好意を抱いていない女性に告白されると言う事は、多くの確率において、他人(告白した女性)の心を傷つける可能性を背負わされる事を意味します。したがって、そうした事については、いい加減な気持ちで対処するのではなく、(はっきりと断ると言う事も含めて)、真摯な気持ちで対処しなければならないと思っています。
私は、女性に告白された場合(付き合って下さいと言われた場合)、これから先、自分が交際する程の好意を抱く可能性がないと思う女性に対しては、出来るだけ誠実に、はっきりと断って来ました。
また、女性に告白された場合(付き合って下さいと言われた場合)において、これから先、その女性に、自分が交際する程の好意を抱く可能性が、あるかもしれないと言う女性に関しては、一旦、返事を保留し、何回かデートしてみる場合もありますが、それでも、自分が交際する程の好意を抱く可能性がないと思われた場合は、出来るだけ誠実に、はっきりと断って来ました。
当時、告白の手紙に関しては、はっきりと断ると言う事で対処していましたが、中には対処に困る手紙もありました。そうした対処に困った手紙の一つに、ある女の子から、定期的に、その女の子の自作の詩を書いた手紙を貰った事があります。詩の内容は、恋愛や告白を、ほのめかすような内容の物が多かったのですが、明確に、私に告白すると言った内容ではなく、また、その詩の良さも、よく分からず、対処に困りました。結局、手紙は受け取るが、詩の感想は言わずに、「ああ、読んだよ」と言った感じで、出来るだけ、冷たく、無感情に対応していたら、その内、手紙をくれなくなりました。どうして良いのか分からなかったのですが、まあ、個人的には、その対処がベストであったのかなと、今でも、思っています。
以下、私の、高校時代の親友の一人の話で、私の学校内の友達(以下、その親友と書きます)の話です。
その親友は、当時、身長は、私よりも少し低く(ちなみに、私は、(普段、歩く時等、背筋を伸ばして、姿勢に気を付けている為等もあってか、身長が実際よりも高く見られ、長身に(身長は180cm位あるように)見られる事も少なくないのですが)、身長は、176cmから177cmで、中背です)、174cm位で、痩せ型の、ほっそりとした体型で、色白の、ジャニーズ系の顔立ちの、イケメンでした。
その親友と私が知り合ったのは、私が高校1年生の時、その親友と同じクラスになり、(私が、クラスの女子達から、インタビューを受けていた頃w)、その親友が、男子の友達も女子の友達も出来ず、クラスの中で、浮いている感じで、独りぼっちな感じであった事から、寂しいかな?と思って、私が、彼に話しかけた事です。
それをきっかけに、すぐに二人は親しくなり、その親友は、何て事ない、人見知りが激しい性格なだけであって、私と二人で過ごしている内に、どんどん明るくなって行きました。
また、その親友は、何てことない、私と同じで、女好きの男で、又、私と同じで、幼稚園児位の頃から、女子・女性達に、よく構って貰うタイプの男性で、(まあ、その親友は、私と違って、クラスの女子達からインタビューを受けるような事はありませんでしたがw)、まあ、高校生当時、学校内でも、アルバイト先でも、女子達から、次から、次へと、アプローチを受けて、(私は、高校生の時、二股以上かけて、女の子と交際したりしていましたが)、その親友も、だいたい、二股かけて、女の子と交際したり、浮気をしたりしていましたw
私とその親友は、学校で、それぞれの(学校内の)彼女と、よく二人きりで過ごしたり、よく二人きりで昼食を食べたりする一方で、よく、私と、その親友の、男同士の二人で、過ごしたり、一緒に昼食を食べたりもしていました。
私は性格が猫又は極端に言えば一匹狼で、昔から、人付き合いに関して、集団・群れるというよりも個人対個人・集うと言った付き合いを好みます。その事もあって、中学・高校時代は部活に縛られない帰宅部を選択したのですが、私の弟(私は兄弟姉妹は2歳下の弟が一人います)も、その影響を受けました。
私は、高校生の時は、放課後は女の子・女の子達や私と同じチャラチャラした男友達達と遊ぶのに忙しく(渋谷でよく遊んでいました)、クラブ等での夜遊びや合コンもたくさんしていました。
私の弟は、高校の頃、サーフィンや、スケートボード、スノーボードを、よく、やっていて、アウトドア派でしたが、私は、基本、インドア派でした。私の場合、インドア派と言っても、人と過ごすインドアで、交際している女の子・親密な女の子との放課後のカラオケボックスでのカラオケ(渋谷のカラオケボックスをよく利用していました)、交際している女の子・親密な女の子との放課後のラブホテルのご休憩(エッチ)(渋谷周辺のラブホテルをよく利用していました)、放課後に交際している女の子と家(実家)の自分の部屋でテレビゲームをして遊ぶ事、放課後に交際している女の子の家(実家)に遊びに行き交際している女の子の部屋で過ごす事、合コン、クラブでの夜遊び等と言った物です。
ちなみに、その親友は、当時、私と違って、夜遊びをするようなタイプでは全くなく、私にとって、基本的に、学校内限定の友人と言った感じで、その親友とは、基本的には、学校外では、一緒に、遊ぶ事はありませんでしたが、学校内においては、クラスが変わっても、前述の通り、よく、休み時間に、二人で過ごしたり、二人で、昼食を取ったり、また、その親友は、運動が割と得意でしたが、読書家であり、本を読むのが好きであり、私も、読書家と言う程ではありませんが、高校生の頃、本を読むのは、割と好きな方であったので、二人で、図書室で過ごしたりしていました。
私と、その親友は、同学年(同い年)であったのですが、二人で過ごしている時、その親友には、私は、何となく、兄的な感じで、頼りにされている感じで、私も、その親友に対して、何となく、お兄さん的な態度で接していました。ちなみに、その親友には、兄弟姉妹は、姉が一人いました。前述の通り、その親友とは、基本的には、学校外では、一緒に、遊ぶ事はありませんでしたが、何度か、その親友の家に、遊びに訪れた事があり、その親友の、お姉さんと会った事もありましたが、美人な、お姉さんでした。
その親友は、その内、学校内において、その親友に憧れる男子達の取り巻きが付き、その親友は、その取り巻きの男子達((イケメンで女子達にモテモテの)その親友に憧れる、その親友の、太鼓持ち的な男子達)から、「王子」と言う、あだ名で、呼ばれるようになりましたw
私は、学校で(高校で)、その親友と、二人で、昼食を食べている時に、その親友が、私の顔を見て、私に、「口の周りに、食べ物の汚れがついているよ」と言って、私が、その親友に、「とって!」と言って、その親友に、(その親友の)指で、私の口の周りの汚れを拭わせるなんて、やり取りもしたりしていましたw(その親友は、「何だよ」と言いながらも、笑いながら私の指示に従っていましたw)。 私は、聖人君子(完璧な人間)ではないので、私は、当時、まだ青くて、その親友に、その様な行為をさせるのは、「王子」にその様な事をさせる事によって、私の優越感を満たし、楽しんでいた(遊んでいた)と言った面もありましたw
私は、ボーイズラブについては、全く詳しくなくて、どんな物だか、全く分からないのですが、もしかしたら、当時、私と、その親友は、学校内の女子から見て、一見、ボーイズラブ的な関係に見えるような事もあったかもしれませんw 実は、私も、その親友も、二人共、女好きの男で、二股かけて、女の子と交際したり、浮気したりして、やる事は、しっかりとやっていたw、チャラチャラした、女好きの男子高校生であったのですがw