結論から言えば不可能。
理由は
党派対立で国軍の指針が纏まらず防衛政策が取れない。
日本に渡り目に見える挑発を受け党派対立から東人派と西人派で見解が割れる。
党派問題で李舜臣が罷免、漆川海戦で朝鮮水軍が壊滅する。
元均は野党で好き勝手言っていたら与党にされ勝てない戦いをさせられる事になり、「沈黙は金、雄弁は銀(金より銀の方が加工が難しく付加価値を付けるのが難しい)」、「口は災いの元(迂闊な発言は破滅を齎す事もある)」の格言を地で行く事になった。
第二次晋州城の戦いも明軍と朝鮮軍、朝鮮軍内の東人派と西人派で撤退派と駐留派、出撃派と篭城派に意見が割れ防衛作戦に問題が出て案の定、落城する。
明が参戦しなければ、党派対立から反抗軍が内部党争で分裂、自壊、日本軍が勝手に疲弊した抵抗勢力を各個撃破、制圧して終わります。第二次大戦中、内部党争だけで何もやらなかった上海亡命政府(自称)と同じにしかならないでしょう。
廟議で明に救援を求めるか議題にした場合、党派対立で意見が纏まらず議論の間に日本軍が占領、制圧。明に救援を求められる瞬間は漢城落城間際で士林派が逃げ散った瞬間しかない。