カイロ宣言
2次大戦ではない 1943年 11月 22日から 26日まで
米 英 中 3ヶ国 頂上はエジプトカイロで会談を開いた
がカイロ会談で 3ヶ国 頂上の合議した宣言は日本の暴力や貪欲で奪った一体の地域で退かなければならないというのだった
ポツダム宣言
1945年 7月 26日ポツダム宣言は第8項にカイロ宣言の条項は移行されなければならないしまた日本の主権は
本州北海道九州及びシコでそして連合国の決める小さな島々に限ると規定した
1945年 8月 15日
日本はポツダム宣言を受諾して降参をしたし 9月 2日正式で文書に署名こんにちはだった
独島は 1905年日本が貪欲で奪った地域に当たる
したがってポツダム宣言を受諾して降参文書に署名した日本はポツダム宣言で日本領土で独島を除くことを認めたことだ
1945年 9月 2日降参文書に署名した以後から 1952年 4月 28日サンフランシスコ条約が 発效になる時まで
連合国の統治を受けるようになる
連合国は 1945年9月 2日国際法の上機関として連合国最高司令部 (SCAP)を設置して九日本の 1894年 1月1日
以後奪った地を元々主人に返す作業を始めた
SCAPIN指令
1946年 1月 29日連合国最高司令官は日本政府に (日本から日程周辺地域の統治及び行政上の分離など )
領土に対する規定を盛った連合国最高司令官指令第 677号を下逹した
が 677呼弟3項に
日本の領土は北海道本州九州及び四国と北魏 30度李上琉球制度対馬を含んだ約 1.000個の周辺
小さな島々で規定する
また鬱陵島独島済州島を日本領土から除くと明示した

SCAPIN第 5条
見た指令にある日本に対する正義は別に明示しない以上見た総司令部で発動する
今後のすべての指令に適用される修正を加えようとする時は必ず連合国最高司令部が違う番号の特定指令を
渤海は修正することができる

連合国最高司令部の SCAPIN第677号部属指導の一部分半円の中に TAKEと表示した島が独島だ
韓国領土に属することを明瞭に表示している
連合国司令部は 1946年 6月 22日 SCAPIN第 1033号を発表して独島周辺 12海里水域に日本漁夫たちの接近を阻んだし
独島が韓国領土というのを明確にさせた
1948年 8月 15日大韓民国政府が樹立されたし
独島は大韓民国主権に属する領土で宣言した
1948年 12月 12日国連総会は独島含んで韓半島領土を大韓民国主権に属する領土でスングインヒだった
が当時連合国司令部が別途の特定の指令を発表しなかったから
これは国際法的效力ある
独島の帰属問題は 1947年 3月 19日サンフランシスコ強化条約下書きから
1949年 11月 2日まで独島が韓国領土に明示されたが
1949年 12月 8日下書きから独島が条約 案で抜け落ちされた
1949年 12月 8日条約下書きに独島が日本領土に明示されたゴッエヌンイルボンウ執拗なロビーがあった
日本政府 顧問 時ボールドは 1949年 11月 14日アメリカ国務省にリアングクル 岩に対する 再考を要請する電報を送る
であって時ボールドは 書面で意見書を提出するのに意見書には
安保的側面で独島に気象とレーダー這うのを設置するのが可能だアメリカの国家利益に符合するでしょう
と書いた
アメリカの国益と日本との理解関係によって条約文に独島が日本領土で表記した
ところで太平洋戦争参戦国家イギリスオーストラリアニュージーランドなど国が反対した

1951年 3月 (イギリス下書き) 独島が韓国領土に表示された
イギリスは 1951年 3月に独島が韓国領土になった 地図を製作して 1951年 4月 7日にアメリカに知らせた
荒てたアメリカは以後独島問題に介入しなくなった
結局 1951年 8月 13日サンフランシスコ強化条約最終下書きは第2条 a項に日本は韓国独立を承認して
済州島巨文島鬱陵島を含んだ韓国に対するすべての権利権原そして請求権をあきらめると規定した
独島が抜け落ちされたことだ
サンフランシスコ強化条約は 1951年 9月 8日調印されて
1952年 4月 28日 発效になった
条約法に関するヴィアンナ協約によれば
条約の解釈はあくまでも文言的解釈を先にして条約の交渉記録は補充的手段だと明らかにしている
連合軍合意書に SCAPIN指令第 5条を修正するという記録はない
すなわち独島が韓国領土という内容を修正するという記録はない
また (英 米合同下書き)の土台になったイギリス下書きが独島を韓国領土に銘記したがこれを反対した記録はない
ところでラスク書簡はアメリカが他の連合国や日本に公開しなかったから国際法效力がない

1952年 5月 25日日本毎日新聞社が外務省の助けで発行したサンフランシスコ強化条約解説書に積まれた
日本領域島だ独島が韓国領土で表記した
日本はサンフランシスコ条約以後もう独島をあきらめたという証拠だ

法務聖霊外務聖霊大将聖霊厚生聖霊農林聖霊通算産業聖霊運輸聖霊第1号 (精霊第291号の施行に関する命令 )
鬱陵島独島済州島を日本の部属島から除外
これを 1952年日本国会で通過させた