フランクリン・ルーズベルト
フランクリン・デラノ・ルーズベルト(1882年1月30日 - 1945年4月12日)は、アメリカ合衆国の政治家。姓はローズベルト、ローズヴェルトとも表記。民主党出身の第32代アメリカ合衆国大統領(1933年 - 1945年)。
1882年1月30日にニューヨーク州北部のハイドパークで誕生する。父ジェームズ・ルーズベルト(1828年 - 1900年)は、デラウェア・アンド・ハドソン鉄道の副社長であり裕福な地主であった。ルーズベルト家は1650年頃にオランダのハールレムからニューヨーク(当時はニュー・アムステルダム)に移住したクラース・ヴァン・ルーズベルトに始まる。
フランクリンの母親サラ・デラノ(Sara Delano, 1854年 - 1941年)は、フランス系プロテスタント教徒(ユグノー)であり、デラノ一族は阿片戦争の頃から中国(清)とアヘンを含む貿易を手広く行って財を為していた。
この時代の富豪の子弟の例に漏れず、フランクリンは家庭教師の手によって教育を施された。同世代の子供と交流する機会はほとんどなかった。14歳の時、名門グロトン校に入学を果たしたものの、寄宿舎生活にはなじめなかった。 1904年にハーバード大学、1908年にはコロンビア大学ロースクールを卒業。大学時代のフランクリンは学内紙の編集長を務める活躍ぶりを見せる一方で、セオドアも会員名簿に名を連ねていた名門クラブ『ポーセリアン』への入会に失敗している。
1908年にウォール・ストリート法律事務所での仕事を引き受ける前、1905年の聖パトリックの祝日にセオドア・ルーズベルトの姪(弟の子)のアナ・エレノア・ルーズベルトと結婚した。この結婚式には、大統領セオドア・ルーズベルトがエレノアの父親代わり(実父はすでに逝去)に出席した。6人の子供(4男2女)(注で一人ずつ説明)をもうけ、4番目の息子エリオットはのちに作家となった。
1911年10月11日にフリーメイソンに加入した。