東京都心部の高級住宅地・商業地の一つである、白金(shirokane)エリア(area)にある、東京都庭園美術館は、東京都が、運営する、企画展(exhibition)を中心とした、公営の美術館です。東京都庭園美術館は、元々、宮家(miyake)の一つであった、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅であったものです。宮家(miyake)とは、皇族(天皇の一族(親族))の内、天皇家から独立した生計を営み、且つ、天皇から称号(宮号)を賜り、代々、皇族(天皇の一族)の身分の保持を許された家(家族)で(wiki等を参考にしました)、現在は、宮家(miyake)は、4つしか存在しませんが(2014年に、当主が独身であった宮家(miyake)の当主が、亡くなられた為、それまで、5つであった宮家(miyake)が、4つとなった)、第2次世界大戦が終った直後には、日本には、朝香宮(asakanomiya)家を含む、14の宮家(miyake)が存在していました(朝香宮(asakanomiya)家を含む、多くの宮家(miyake)が、1947年に、宮家(miyake)でなくなりました)。
以下、前に行った投稿の中から、東京都庭園美術館に関連する物を、抜粋して来た物です。
かつての朝香宮(asakanomiya)家の邸宅を活用した、東京都庭園美術館は、敷地面積、約35,360平方m(約10,700坪)と、ゆったりとした敷地を有しています。ちなみに、朝香宮(asakanomiya)家は、第二次世界大戦前、この東京の邸宅(本邸(mainの邸宅)。現在は、東京都庭園美術館となっている)の他に、私が知る限り、軽井沢(karuizawa。東京圏周辺を代表する、避暑別荘地・避暑保養地)と熱海(atami。東京に近い、規模の大きな温泉保養地。第二次世界大戦後は、東京から1泊2日で気軽に行ける大衆的な温泉保養地として、急速に開発されたが、第二次世界大戦前は、(中流階級から庶民の夫婦の)新婚旅行のメッカ(mecca)として、又、富裕層の別荘地として、有名であった)に、別荘を保有していました。かつての朝香宮(asakanomiya)家の軽井沢(karuizawa)の別荘(敷地面積約36,000平方m(約10,900坪))は、第二次世界大戦後、resortホテル(1964年からは、一般市民の利用を受け付けない、皇室(天皇家)専用のホテルとなった)となり、熱海(atami)の別荘は、第二次世界大戦後、宮家(miyake)の地位と、東京の本邸(mainの邸宅)(現在の東京都庭園美術館)を失った、朝香宮(asakanomiya)家の本邸(mainの邸宅)となりました(第二次世界大戦後、朝香宮(asakanomiya)鳩彦(yasuhiko)王は、熱海(atami)で、趣味のゴルフ(golf)三昧の生活を送りました。wikiより)。
かつての朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))を活用した、東京都庭園美術館は、約35,360平方m(約10,700坪)と、ゆったりとした敷地を有しています。
東京都庭園美術館の本館の建物は、かつての、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))のメイン(main)の建物で、朝香宮(asakanomiya)鳩彦(yasuhiko)王が、1933年に建てた物です。邸宅の敷地は、ゆったりとしている(約10,700坪)ものの、邸宅のメイン(main)の建物自体は、宮家(miyake)の建物としてだけでなく、(貴族や資本家を含む)当時の上流階級の邸宅のメイン(main)の建物として見ても、比較的小さな方だと思います(近代日本(19世紀末から第二次世界大戦時まで)においては、上流階級の邸宅は、メイン(main)の建物が、日本伝統式の建物と西洋式の建物によって構成されている場合も、多かったですが、この、朝香宮(asakanomiya)家の新しい邸宅(東京の新しい本邸(mainの邸宅)。1933年以降の朝香宮(asakanomiya)家の、東京の本邸(mainの邸宅))(現在は、東京都庭園美術館となっている)は、メイン(main)の建物は、この、アールデコ(Art Deco)様式の建物一つだけとなっています)。しかしながら、日本的な要素も取り入れた、アールデコ(Art Deco)様式を基調とした内装は、とても、お洒落で洗練された物で有り、朝香宮(asakanomiya)鳩彦(yasuhiko)王及び、その妻、朝香宮(asakanomiya)允子(nobuko)妃のセンス(taste)の良さを伺い知る事が出来ます。こうした言い方は、失礼かもしれないけれども、流行に敏感で、お洒落で、粋な宮様(宮家)の邸宅と言った感じです。建物の外観は、現在の視点で見れば、平凡な現代建築と言った感じに見えると思いますが、宮家(miyake)や貴族の邸宅の建物は、重厚な趣の西洋近代建築の建物及び日本伝統式の建物が常識であった当時において、どちらかと言えば、軽快で現代的な雰囲気の外観を持つ、この邸宅の建物は、十分新しく、時代の先端を行く物で有った事でしょう。
朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))のメイン(main)の建物に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)と合わせて、ご覧下さい。また、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))及び朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))のメイン(main)の建物の概要に関しても、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
以下、以下の投稿の続きです。
旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3735149?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、前回の投稿(すぐ上でリンクを付けた投稿)の続きで、東京都庭園美術館の本館(かつての、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))のメイン(main)の建物)の内装例の続きです。
写真以下14枚。食堂(dining room)。
写真以下8枚。食堂(dining
room)のシャンデリア(chandelier)。ラリック(Lalique)社製。広間のシャンデリア(chandelier)(すぐ上でリンクを付けた前回の投稿を参照)と食堂(dining
room)のシャンデリア(chandelier)は、ルネ・ラリック(Rene
Lalique)が、この邸宅の為に、特別に制作した物ではなく、ラリック(Lalique)社のカタログ(catalog)に載っていた物です。したがって、世界で、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅以外の邸宅にも使われている可能性があります(もっとも、現存しているかどうかは、分かりませんが。。。)。ガイド(guide)さんに受けた説明より。。。








写真以下2枚。レオン・ブランショ(Leon Blanchot)作の、レリーフ(Relief)。













パンフレット(booklet)から。。この辺りの内装は、宮内省内匠寮(天皇や皇族(天皇の親族)関係の宮殿・邸宅の建物や庭園等の設計等を、司っていた組織。当時の日本国内の一流の建築家や技師達が集まったエリート(elite)集団。1947年廃止)が手がけました。なお、朝香宮(asakanomiya)家の邸宅のメイン(main)の建物の設計は、宮内省内匠寮所属の建築家・技師で有る、権藤
要吉(gondo yokichi)によるものです。

パンフレット(booklet)から。。アンリ・ラパン(Henri
Rapin)が内装を手がけた書斎(library)です。机と椅子も、アンリ・ラパン(Henri
Rapin)がデザイン(design)した物です。現在において建てられる邸宅の書斎(library)のデザイン(design)としても、あまり違和感が無い感じです。




写真以下9枚。宮内省内匠寮が内装を手がけた部屋、ウインターガーデン(winter garden)。当時としては、時代の先端を行く内装だったのでしょう。

この写真は、パンフレット(booklet)から。。








写真以下。朝香宮(asakanomiya)家の邸宅の敷地内には、日本庭園と日本伝統式の茶室(tea house)の建物も有り、東京都庭園美術館となった現在も、残され、保存されています。



以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。