基本的に、2018年の2月の上旬に行った投稿の再掲で、彼女(私の今の彼女)と、箱根(hakone)の歴史のある、温泉旅館に宿泊した時の小旅行に関する投稿から抜粋して来た物です。
この温泉旅館と、この小旅行について、より詳しくは、以下の投稿を参照して下さい。
1614年創業の温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753398?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の温泉旅館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753397?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の温泉旅館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753396?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の温泉旅館4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753395?&sfl=membername&stx=nnemon2
1614年創業の温泉旅館5→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3753394?&sfl=membername&stx=nnemon2
箱根(hakone)(東京圏の、南西端部に位置する)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です(箱根(hakone)は、日本有数の温泉地となっています)。今まで、箱根(hakone)には、何度も訪れています。
環翠楼(kansuirou)は、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級温泉旅館の一つとなっています。客室数は、22部屋と、比較的、客室数の少ない温泉旅館で、建物の規模の割には、客室数が少ない温泉旅館です。
環翠楼(kansuirou)は、個人的に、いつかは、一度、宿泊してみたいと思っていた温泉旅館で、この時、初めて、宿泊しました。
この時は、ゆっくり長い時間、温泉旅館(環翠楼(kansuirou))を味わう事を目的として、箱根(hakone)を訪れました。前述の通り、今まで、箱根(hakone)には、何度も訪れている為、箱根(hakone)を訪れたからと言って、必ず、いつも、箱根(hakone)を、色々と回ると言う訳ではなく、この様な(温泉旅館等に宿泊し、温泉旅館等の滞在を、ゆっくりと楽しむ事を主目的とした)、箱根(hakone)の訪れ方をする場合もあります。
箱根(hakone)areaには、多くの、温泉保養地がありますが、環翠楼(kansuirou)は、塔之沢(tounosawa)と言う温泉保養地にあります。
写真以下。環翠楼(kansuirou)。
環翠楼(kansuirou)は、1614年に創業した、箱根(hakone)の塔之沢(tounosawa)areaにある温泉旅館で、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級温泉旅館の一つとなっています(ちなみに、現代においては、箱根(hakone)には、環翠楼(kansuirou)よりも、高級な、新しい、温泉旅館・温泉リゾート(resort)ホテルは、少なくありません(かなりあります))。
環翠楼(kansuirou)は、今まで、数多くの、政治家や、有名な文化人・小説家、宮家(miyake)(天皇の親族)等が、お気に入りの温泉旅館として、よく、宿泊して来た温泉旅館です。
以下、1614年創業の歴史のある温泉旅館1からの続きです。。。
1614年創業の歴史のある温泉旅館1は、以下です。
1614年創業の歴史のある温泉旅館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753381?&sfl=membername&stx=nnemon2
現在の環翠楼(kansuirou)の建物は、基本的に、1884年に建てられた建物で、1919年に、増築された物です。
写真以下19枚。旅館の広間(hiroma)。奇跡の木材とも言われる1,000年以上のあいだ地中や水中に埋もれていた杉材等、とても高級な木材を使用して造られています(旅館の建物の他の部分同様、現在では入手することの出来ない又は入手する事が難しい木材、また、コスト(費用)・手間等の観点から、現在では、民間の(利益を追求する個人営業の・民間企業の)旅館・その他の宿泊施設等の建築では、実現出来ない又は実現する事が難しい、伝統的な木造建築の工法等により造られています)。規模の大きな宴会(party)、結婚式、茶会(茶道(sado)(日本の伝統的な茶の儀式(茶を振舞う行為)。男女の間で行われている)の集まり)・句会(日本の伝統的な詩の集まり。男女の間で行われている)・花会(華道(kado)・生け花(ikebana)(日本の伝統的な、芸術まで昇華した室内に花を飾る行為。伝統的に、主に女性の間で行われている)の集まり等の男女の文化的な趣味・社交的な集まり等に使われる部屋です。この時、彼女と旅館の館内を散歩していたら(ちなみに、私は、古い建物に興味があります)、偶々(偶然)、廊下で、すれ違った、旅館の、(おそらく)支配人の方に、挨拶をされて、話しかけられて、その方と会話をしながら、仲良くなり、旅館の広間(hiroma)を案内して貰いました。ちなみに、まあ、この旅館、この時、初めて宿泊したのですが、私は、古い建物に興味があると言いながら、割と、無頓着な(いい加減な)性格で、仲良くなった、(おそらく)支配人の方に案内されるまでは、この旅館に、この様な部屋がある事は、知りませんでした。
梁 啓超(Liang Qichao)が、墨で描いた、文字。梁 啓超(Liang Qichao)(1873年生まれ。1929年に亡くなる)は、中国の、有名な、知識人・学者・ジャーナリスト(journalist)・政治家です。梁 啓超(Liang Qichao)は、19世紀末から1910年代初めにかけて、日本に亡命していましたが、梁 啓超(Liang Qichao)は、おそらく、日本に亡命中に、環翠楼(kansuirou)を、お気に入りの温泉旅館として、よく宿泊していたのでしょう。
写真以下2枚。下から、広間(hiroma)に、料理等を運ぶ、リフト(荷物専用のエレベーター)です。
向こうに、天井近くに飾ってある、文字は、日下部 鳴鶴(kusakabe meikaku)(1838年生まれ。1922年に亡くなる。日本の、有名な、書家(日本の伝統的な書道家(calligrapher))が、墨で描いた字です。日下部 鳴鶴(kusakabe meikaku)は、おそらく、環翠楼(kansuirou)を、お気に入りの温泉旅館として、よく宿泊していたのでしょう。
写真以下8枚。宿泊者の共用場所(宿泊者が、自由に寛げる場所)。
写真以下4枚。喫煙室(smoking room)。
写真以下15枚。この時、私達が、この温泉旅館で宿泊した客室。この温泉旅館で、宿泊費が、安い客室に宿泊しました。もちろん、箱根(hakone)を代表する、歴史のある高級温泉旅館の一つなので(ちなみに、現代においては、箱根(hakone)には、環翠楼(kansuirou)よりも、高級な、新しい、温泉旅館・温泉リゾート(resort)ホテルは、少なくありません(かなりあります))、(この温泉旅館で)、宿泊費が、安い客室でも、十分、快適でした。
客室で出される、お菓子。一人、一つずつ(写真は、一人分)。
客室の、トイレ(toilet)。
写真以下4枚。この温泉旅館(環翠楼(kansuirou))の建物の内装例。前述の通り、現在の、この温泉旅館の建物は、基本的に、1884年に建てられた建物で、1919年に、増築された物です。
旅館の敷地内から、豊富に湧き出る温泉。
この温泉旅館の温泉の湯は、全て、湯量が豊富な、源泉かけ流しとなっています。
この温泉旅館の、共同温泉風呂・貸切り(kashikiri)温泉風呂は、比較的、規模が小さいですが、この温泉旅館は、建物の規模の割には、客室数・宿泊収容人数が少ない温泉旅館であるので、問題はありません。
この温泉旅館の、共同温泉風呂・貸切り(kashikiri)温泉風呂は、男女別の室内の(屋内の)共同温泉風呂が2つと、温泉露天(野外)風呂が2つ、室内の(屋内の)、貸切り(kashikiri)温泉風呂が1つあります。
この温泉旅館の、室内の(屋内の)共同温泉風呂は、2つあり、男女別の共同温泉風呂の形式となっていますが、私達が、この時、この温泉旅館に宿泊した時は、どちらが、男用共同温泉風呂、どちらが、女用共同温泉風呂と、固定的に決まっている訳ではなく、時間に依って、男用共同温泉風呂と、女用の共同温泉風呂が、入れ替わる形式となっていました。
写真以下。この温泉旅館の、室内の(屋内の)共同温泉風呂。
写真以下10枚。この温泉旅館の、二つある、室内の(屋内の)共同温泉風呂の一つ。私一人で、貸し切り状態の時に撮影。
写真以下。この温泉旅館の、二つある、室内の(屋内の)共同温泉風呂の一つ。私一人で、貸し切り状態の時に撮影。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
1614年創業の歴史のある温泉旅館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3753379?&sfl=membername&stx=nnemon2