以下、基本的に、2019年の4月15日に行った投稿の再掲で、2019年の4月の第二土曜日に、この時、府中(fuchu)市美術館で、行われていた、「へそまがりの日本美術」と言う(展覧会(exhibition)の)名前の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)を中心とした、日本の、個性的な絵の作品を集めた、展覧会(exhibition)を、彼女(私の今の彼女)と、見て来た時の事の続きです。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
へそまがりの日本美術展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3836511?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「前回の投稿からの続きです。。。」と言う文までは、前回の投稿と重複します。
一昨日は、朝寝坊をし、昼過ぎに、遅い朝食兼昼食を食べた後、彼女と、府中(fuchu)市美術館で、現在行われている、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)を中心とした、日本の、個性的な絵の作品を集めた、展覧会(exhibition)を見て来ました。
府中(fuchu)市美術館は、府中(fuchu)市が運営する公立の美術館です。
府中(fuchu)は、東京の西の郊外に位置する中都市(中規模程度の人口の都市)で、東京の都心部から近くも無ければ遠くもない、中位の距離の、東京の西部郊外にあります。基本的には、東京都心部に通勤する人々が、多く暮らす、東京の西の郊外の静かで落ち着いた住宅地域となっています。
ちなみに、府中(fuchu)には、私の父方の伯母の家があります。
以下、参考の投稿。
大國魂神社(1900年以上の歴史を有する神社)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658684/page/38?&sfl=membername&stx=nnemon2
府中(fuchu)市美術館の最寄り駅は、我が家の最寄り駅から、通勤電車(電車)を乗り継いで、40分から50分位です(電車の乗り換え・待ち時間を含む。電車に乗っている時間自体は、20分から25分位だが、割と乗り換えがある)。
府中(fuchu)市美術館は、府中(fuchu)の森公園(府中(fuchu)の、(比較的中心地域に近い)北部に有る、広い公園)の中にあります。
以下、前回の投稿からの続きです。。。
府中(fuchu)市美術館は、前述の通り、19世紀から現在に至るまでの、日本の有名な画家の作品を中心とした、幅広い、コレクション(collection)を有している様ですが、牛島
憲之(ushijima
noriyuki)(下の補足説明参照)の作品の、充実したコレクション(collection)を有している所が、特徴となっています。
牛島
憲之(ushijima
noriyuki):1900年生まれ。1997年に亡くなる。1920年代後半から1990年代にかけて活躍した、日本の、有名な、近代・現代画家。熊本(kumamoto)県(九州(kyusyu)(日本の南部)に位置する県の一つ)出身、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)在住だったが、身近な郊外である府中(fuchu)によくスケッチ(sketch)をしに出かけた(wikiを参考にしました)。
写真以下2枚。府中(fuchu)市美術館収蔵の、牛島 憲之(ushijima noriyuki)の作品例。絵葉書より。。。

「田園風景」(1944年頃)。

「麦秋の道」(1955年頃)。
写真以下25枚。前に、アップ(upload)した写真の再利用。松濤(syoutou)美術館(私が暮らす渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)が運営している、公立の美術館)で、2011年の4月から5月にかけて行われていた、牛島
憲之(ushijima noriyuki)の、展覧会(exhibition)の、カタログより。。。牛島 憲之(ushijima
noriyuki)の作品例(途中、紅葉時期の、私の職場(事務所)近くの通りの、銀杏並木の写真を除く)。この、牛島 憲之(ushijima
noriyuki)の、展覧会(exhibition)は、見ました。牛島 憲之(ushijima
noriyuki)は、青春時代の、一時期を、渋谷(shibuya)区で過ごしていました。
ちなみに、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
牛島 憲之(ushijima noriyuki)(1900年生まれ)は、1997年に、97歳で亡くなる近くまで、絵を描いていました。

「芝居」。1927年。

「貝焼場の風景」。1933年。

「山の駅」。1935年。中央本線(東京の都心部と長野(nagano)県(日本の中部地方の県の一つ)を結ぶ鉄道路線の一つ)の、山梨(yamanashi)県(東京圏の西部に隣接する県)の上野原(uenohara)駅を描いた物です。

「四谷(yotsuya)風景」。1935年。

「赤坂見附(akasakamitsuke)」。1940年。

「残夏」。1946年。

「炎昼」。1946年。

「春林」。1946年。

「邨(村)」。1947年。
写真以下2枚。「樹」。1949年。



「煙突の風景」。1950年。

「水門(水辺)」。1952年。
写真以下3枚。参考に、前にアップ(upload)した写真の再利用で、紅葉時期の、東京都心部の、私の職場(事務所)近くの通りの、銀杏並木。




「並木路」。1975年。

「並木」。1981年。
写真以下5枚は、牛島 憲之(ushijima noriyuki)が、80歳代の時の作品です。牛島 憲之(ushijima noriyuki)は、1900年生まれなので、「私は、1900年生まれなので、西暦が、丁度、年齢になります」と語ったそうです。

「うらら」。1983年。

「灯台のある島」。1984年。

「晴日」。1987年。

「郊」。1988年。

「岬の道」。1989年。この絵は、勘なのですが(済みません、詳しい知識がなくて)、真鶴(manazuru)半島の先端部方面を描いた物の様な気がします。
写真以下2枚。牛島 憲之(ushijima noriyuki)が、90歳代の時の作品です。

「タンク(tank)・煙突」。1994年。

「道一筋」。1996年。
写真以下10枚。府中(fuchu)市美術館で、現在、開催中の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)を中心とした、日本の、個性的な絵の作品を集めた、展覧会(exhibition)を見て来ました。家を出たのが、遅かった為、夕方5時の、美術館の閉館まで、1時間程しか見る時間がありませんでしたが、それでも、十分に、楽しめました。この展覧会(exhibition)、とても面白く、良かったです(とても、楽しめました)。
写真以下8枚。この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)、及び、絵葉書より。。。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
写真以下7枚。チラシ(leaflet)が、折れ曲がってしまって、申し訳ありませんが、この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。
左から、雪村
周継(sesson shukei)(1500年頃生まれ)の作品、白隠 慧鶴(hakuin ekaku)(1685年生まれ、1768年に亡くなる)の作品、萬
鉄五郎(yorozu tetsugorou)(1885年生まれ、1927年に亡くなる)の作品、Henri
Rousseau(1844年生まれ、1910年に亡くなる)の作品(日本の画家の作品ではありませんが、参考の展示)。
左から、岸駒(ganku)(1749年又は1756年生まれ、1838年に亡くなる)の作品、小川
芋銭(ogawa usen)(1868年生まれ、1938年に亡くなる)の作品(上側)、遠藤 日人(endo atsujin)(1758年生まれ、1836年に亡くなる)の作品(下側)、春叢
紹珠(syunso syoujyu)(1751年生まれ、1839年に亡くなる)の作品、仙厓義梵(sengai gibon)(1750年生まれ、1837年に亡くなる)の作品、稲葉
弘道(inaba hiromichi)(1752年生まれ。1818年に亡くなる)の作品。
左側、曾我 蕭白(soga syouhaku)(1730年生まれ、1781年に亡くなる)の作品。右側の、3作品、長沢 蘆雪(nagasawa rosetsu)(1754年生まれ。1799年に亡くなる)の作品。
左側の3作品、伊藤 若冲(ito jyakuchu)(1716年生まれ、1800年に亡くなる)の作品、右側の作品、歌川 国芳(utagawa
kuniyoshi)(1797年生まれ。1861年に亡くなる)の作品。
上から、海北
友雪(kaihou yuusetsu)(1598年生まれ。1677年に亡くなる)の作品、仙厓義梵(sengai gibon)(1750年生まれ、1837年に亡くなる)の作品、徳川
家光(tokugawa
iemitsu)(1604年生まれ、1651年に亡くなる)の作品で、「兎」を描いた物(家光公、中々の、画伯でしょうw)。徳川 家光(tokugawa
iemitsu)(1604年生まれ、1651年に亡くなる)は、画家ではなく、の、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家(下の補足説明参照)の3代目の当主です。
徳川(tokugawa)将軍(shogun)家:17世紀初めから、19世紀半ばまで、江戸(edo)(現在の東京)を拠点に、日本全国の地方領主達の長(leader)として、日本を実質的に統治していた家。
絵葉書より。。。狩野 山雪(kanou sansetsu)(1589年又は1590年生まれ、1651年に亡くなる)の作品。
写真以下18枚。美術館で、展覧会(exhibition)を見た後は、再び、公園の桜を楽しみつつ、散歩しながら、電車駅へ。。。
既に、桜の花びらは、かなり散ってしまっていますが、それでも、ある程度、残っており、日も長くなり、爽やかな天気の中、桜の花を楽しめました。
桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花で有り、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花は、有りませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。
帰りの途中、下高井戸(shimotakaido)で、電車を途中下車し、下高井戸(shimotakaido)の、ケーキ(cake)店で、ケーキ(cake)を買って帰りました。下高井戸(shimotakaido)は、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)の北東部area(私の街との地理的な関係は、概ね、私の街(渋谷(shibuya)区の中北部)の北の隣街(渋谷(shibuya)区の北端部)の西の隣街に該当する地域)にある地域です。
電車(京王(keio)電鉄(dentetsu))の、下高井戸(shimotakaido)駅。
写真以下、一昨日(以下、この日と書きます)、我が家で、彼女と2人で食べた夕食の、デザート(dessert)の、ケーキ(cake)。写真は、夕食前に、撮影した物です。
この日、下高井戸(shimotakaido)の商店街の、ケーキ(cake)店で買った、ケーキ(cake)。ちなみに、この日の夕食の、メイン(main)料理は、ヒレ肉(fillet)のステーキ(beef
steak)にしました(肉の量は、割と、少量にしました)。ちなみに、私は、肉が、好きです(彼女も、肉は好きです)。
3つ共、二人で分けて食べました。この、ケーキ(cake)店の、ケーキ(cake)は、美味しいです。
写真以下2枚。生クリームが載った、プリン(creme caramel)。
写真以下2枚。ホワイトチョコレート(white chocolate)、オレンジ(orange)、シャンパン(Champagne)のゼリー(jelly)の、ケーキ(cake)。
写真以下2枚。チョコレート(chocolate)、オレンジ(orange)、サバラン(savarin)の、ケーキ(cake)。ちなみに、個人的に、子供の頃、(子供にしては生意気かもしれませんがw)、サバラン(savarin)は、大好きな、お菓子(ケーキ(cake))でしたw
以上、基本的に、2019年の4月15日に行った投稿の再掲で、2019年の4月の第二土曜日に、この時、府中(fuchu)市美術館で、行われていた、「へそまがりの日本美術」と言う(展覧会(exhibition)の)名前の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)を中心とした、日本の、個性的な絵の作品を集めた、展覧会(exhibition)を、彼女(私の今の彼女)と、見て来た時の物でした。
以下、参考の投稿・関連投稿。
府中市美術館 与謝蕪村展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3836509?&sfl=membername&stx=nnemon2
府中市美術館 与謝蕪村展他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3836508?&sfl=membername&stx=nnemon2