どら焼き(dorayaki)は、日本の伝統的な、庶民的な、お菓子の一つです。後述しますが、ちなみに、どら焼き(dorayaki)は、ドラえもん(doraemon)の好物です。
以下、基本的に、2018年の8月の前半に行った投稿から抜粋して来た物です(概ね再掲)。
川崎(kawasaki)市は、東京中心部(東京23区)と、横浜(東京圏で、東京中心部(東京23区)に次いで、第2の人口を有する都市。東京圏の海の玄関口(gateway)となっている大きな港町であると共に、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで落ち着いた住宅地地帯となっている)の間に位置する(東京中心部(東京23区)の南部と横浜市の北部に隣接する)、大都市です。
川崎(kawasaki)市は、東京圏において、東京中心部(東京23区)と横浜に次いで、3番目の人口を有する大都市ですが、大都市としては、人口は、比較的、少ないです。
川崎(kawasaki)市は、海側(海に近い地域)は、主として、工業地帯・工場地帯と庶民的な街となっており、内陸部は、主として、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで落ち着いた郊外住宅地となっています。
我が家の、最寄り駅は、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)(下の補足説明)の路線の駅です(その他、地下鉄も、通っている)。
小田急(odakyu)電鉄(dentetsu):1920年代後期に路線を開業。主に、東京都心部と、東京の、南西部郊外・近郊を結ぶ、通勤電車・観光電車路線を運営している、私営鉄道会社。運営している、電車路線の、総距離は、120.7km。東京圏の9つの、大手(大規模)私営鉄道会社(ちなみに、これには、JR東日本(元、日本国有鉄道)は、含まれていません)の一つ。
小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)は、川崎(kawasaki)市は、多摩(tama)区と、麻生(asao)区を通っており、東京都心部と、川崎(kawasaki)市の、多摩(tama)区と、麻生(asao)区を結んでいます。
多摩(tama)区と、麻生(asao)区は、それぞれ、川崎(kawasaki)市の、7つある区の内の一つです。
前述の通り、川崎(kawasaki)市の、内陸部は、主として、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで落ち着いた郊外住宅地となっていますが、多摩(tama)区と、麻生(asao)区は、川崎(kawasaki)市の、最も、内陸部(最西端部)を構成しています。
多摩(tama)区と、麻生(asao)区は、何れも、基本的には、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで落ち着いた郊外住宅地となっています。
以下、3月の中旬に、川崎(kawasaki)市の、多摩(tama)区にある、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)に、彼女と、遊びに行って来た時(以下、この日と書きます)の物です。
多摩(tama)区の中心地は、電車の、登戸(noborito)駅周辺となっています。
登戸(noborito)駅は、東京都心部から、比較的近い、東京の中南西部郊外で、新宿(東京最大級の繁華街の一つ、且つ、東京の、主要な、ビジネス(business)地区の一つ)から、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)の、特別料金は不要の(特別料金を支払う必要のない)、通勤電車(電車)の、急行(express)で、15分から20分位で着きます。ちなみに、大学生の頃は、多摩(tama)川の、登戸(noborito)駅周辺の河原で、友人達と、よく、バーベキュー(barbecue)を楽しんでいました。現在は、多摩(tama)川の、登戸(noborito)駅周辺の河原は、バーベキュー(barbecue)は、禁止になっているんじゃないかな。。。確か。。。
写真以下2枚。この日の昼食は、登戸(noborito)駅周辺で、適当に目に付いた、中国料理食堂で、簡単に食べました。この中国料理食堂は、この時、初めて利用しました。
写真以下2枚。メイン(main)の、おかず(何れも、二人で分けて食べました)。これに、ご飯(rice)、デザート(杏仁豆腐(alomond jelly))、付け合わせ(side dish)の、サラダ(salad)と、スープ(soup)が付きます。
豚肉の、ヒレ肉(fillet)の、黒酢、酢豚(sweet and sour pork)。
これは、日替わりの(today’s)、おかず。内容は、忘れましたが、豚肉の料理です。
藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、登戸(noborito)駅周辺から、バス(bus)で、10分程です(バス(bus)は、約10分間隔で運行されています)。
写真以下28枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)を訪れたのは、この時で、2回目でした。
川崎(kawasaki)市の、多摩(tama)区にある、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、作品等に関する、ミュージアム(museum)です(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、1961年から1996年に亡くなるまで、川崎(kawasaki)市の多摩(tama)区に暮らしていました)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)(1933年生まれ。1996年に亡くなる)は、1950年代初めから活動し、主として、1960年代から、(1996年に)62歳と、比較的、若くして亡くなるまで、活躍していた、日本の、有名な漫画家です(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、多くの作品を残しましたが(多くの、作品が、アニメ(anime)化されています)、やはり、一番の、代表作品と言えば、ドラえもん(doraemon)でしょう)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)(本名、藤本弘(fujimoito
hiroshi))は、元々、藤子 不二雄(fujiko fujio)A(本名、安孫子 素雄(abiko
motoo)。1934年生まれ。現在84歳。同じく、日本の有名な、漫画家)と二人で、藤子 不二雄(fujiko
fujio)と言う、二人組みの漫画家として、活躍していました(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、どちらかと言えば、明るい作品を担当、安孫子素雄(abiko
motoo)は、どちらかと言えば、暗い(影のある)作品を担当していたと言うイメージです。私が、学生の頃(中学生から大学生の頃)、友人達の間で、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の事を、白、藤子不二雄(fujiko
fujio)、藤子 不二雄(fujiko fujio)Aの事を、黒、藤子 不二雄(fujiko
fujio)と呼んでいましたw)。ちなみに、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、一番の、代表作品であると言える、ドラえもん(doraemon)は、藤子
不二雄(fujiko fujio)時代(1969年)に、誕生した作品です。
写真以下3枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の、パンフレット(leaflet)。
ちなみに、私が、幼い頃から子供の頃、私と同年代の、女性の、いとこ(cousin)(父方の伯母の娘(私の父方の、従兄の妹)が、キキララ(Kiki Lala)の、おもちゃ(toys)を持っていて、子供の頃、伯母の家に遊びに行った際、その、いとこ(cousin)と、キキララ(Kiki Lala)の、おもちゃ(toys)で、よく遊んでいましたw(遊ぶ際は、当然、私が、男の子の役をやっていました)。
私には、兄弟姉妹は、2歳年下の弟が一人います。私の弟は、既に、結婚をし、(まだ、二人共、幼いですが)子供が2人いて(男の子(上)が1人と、女の子(下)が1人。女の子は、一昨年、生まれたばかり)、弟の家族(妻・子供)と共に、東京の西部郊外(国立(kunitachi)市)の、静かで落ち着いた住宅地に買った、一戸建て住宅に、暮らしています。
私の弟は、大学生の頃、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、SF漫画の短編集等を買って読んでいました。
写真以下2枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の、外国人観光客向けの、英語のチラシ(leaflet)。
この時、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の、カフェ(cafe)で食べた、おやつ。ドラえもん(doraemon)とドラミちゃん(dorami)をイメージした、ロールケーキ(Swiss
roll)。一つ頼んで、二人で分けて食べました。ちなみに、この時、飲み物は、私は、ドラえもん(doraemon)をイメージした、ソフトドリンク(soft
drink)、彼女は、ドラミちゃん(dorami)をイメージした、ソフトドリンク(soft drink)を飲みました(写真は、借り物)→
https://pbs.twimg.com/media/DdjGILpUwAAL03F.jpg
写真以下14枚。この日の夕食は、私と彼女、私と彼女、共通の、親しい友人夫婦の4人で、登戸(noborito)駅周辺の、お気に入りのレストランである、大衆的・カジュアル(casual)な雰囲気の、イタリア料理レストランで食べました。このレストランは、元々、その、(登戸(noborito)エリア在住の)親しい友人夫婦に、教えて貰ったレストランです。地元の人達に人気が高いレストランで、値段が、とても、手頃で、味が美味しい、レストランです。ちなみに、登戸(noborito)までは、(東京都心部西部に位置する)我が家から、交通の便が良く、我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、通勤電車の、急行(express)で、一本、10分から15分位で、着きます(運賃は、片道216円)。
写真以下14枚。このレストランで食べた、この日の夕食。一人一皿ずつと書いてある物以外は、全て、4人で分けて食べた物です(4人分です)。なお、この夕食時は、飲み物は、主に、ワイン(wine)を飲みました。ちなみに、このレストランは、テーブルの上に敷いてある紙に色鉛筆で絵を描いて楽しむ事が出来ますw
小さな前菜。一人、一皿ずつ(写真は、一人分)。
生ハム(ham)。
チーズフォンデュ(cheese fondue)。これに、チーズ(cheese)を付けて食べます。
写真以下2枚。海老とマッシュルーム(mushroom)のアヒージョ(ajillo。大蒜風味の煮込み料理)。
写真以下2枚。ズワイ蟹(蟹)と濃厚海老クリーム(cream)のグラタン(gratin)ピザ(pizza)。
写真以下2枚。渡り蟹のトマト(tomato)クリームパスタ(cream pasta)。
写真以下2枚。チーズ(cheese)パスタ(pasta)。
写真以下5枚。この時、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)で、買った、我が家用の、簡単な、お菓子(ほとんど、彼女が選んだ物で、彼女が食べる物ですw)等。ちなみに、この時、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)では、彼女の家用の、お菓子は、また、別に、彼女に買ってあげました。
写真以下2枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の売店の袋。
彼女が食べた、チンプイ(Chimpui)の飴。
彼女が食べた、ドラミちゃん(dorami)の、クッキー(cookie)。
どら焼き(dorayaki)。一個ずつ。どら焼き(dorayaki)は、日本の伝統的な、庶民的な、お菓子の一つです。ちなみに、どら焼き(dorayaki)は、ドラえもん(doraemon)の好物です。
記憶が曖昧ですが、確か、この時、我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅に置いてあった、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)の沿線の、成城(seijyo)エリアの、飲食店等の割引券。適当に目に付いて、持って来た物ですが、結局、使う機会がないまま、期限が過ぎてしまいました。
写真以下は、何れも、この時、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)に置いてあった物。何れの展覧会(exhibition)も、行くつもりはなかった(行くつもりはない)ものです。
写真以下2枚。藤子・F・不二雄 (fujio)ふるさとギャラリー(下の補足説明参照)で、11月30日まで行われている、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、作品の、女の子に関する、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。
藤子・F・不二雄
(fujio)ふるさとギャラリー:藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、出身地である、高岡(takaoka)市(富山(toyama)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)に位置する中都市(中規模程度の人口の都市))にある、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)に関するミュージアム(museum)。私は、訪れた事がありません。高岡(takaoka)市美術館の館内にある。
写真以下2枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、出身地である、高岡(takaoka)市美術館(高岡(takaoka)市(富山(toyama)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)に位置する中都市(中規模程度の人口の都市))にある、高岡(takaoka)市が運営する、公立の美術館。私は、訪れた事がありません)で、5月6日まで、行われていた、様々な、現代美術artistの解釈による、ドラえもん(doraemon)の展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。