後述する、氷川丸(hikawamaru)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
氷川丸(歴史のある文化財の客船)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3758956/page/22?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「第2次世界大戦前、日本は、イギリス、アメリカに次ぐ、世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国でした。日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、その世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社は、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つであると共に、世界有数の海運(shipping・marine
transportation)会社となっています)。
1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社も、当時、太平洋航路向けの主要な豪華客船としては、氷川丸(hikawamaru)を含め6隻の豪華客船を保有し、日本の横浜と北米を結んでいました。当時の、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の、太平洋航路向けの主要な豪華客船は、氷川丸(hikawamaru)を含む日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、比較的小さな豪華客船3隻と、日本と、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ比較的大きな豪華客船3隻です。この6隻の中で、代表的な、1929年に完成し、運航を開始した、横浜とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ浅間丸(asamamaru)は、現存していませんが、他の同社の日本とサンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ豪華客船同様に、氷川丸(hikawamaru)よりも一回り大きく、約17,000トン(GT)あり、また、同社の日本と北米を結ぶ豪華客船の中でも取り分け豪華で、「太平洋の女王」と呼ばれたそうです。 」
日本郵船(Nippon Yusen)株式会社、及び、第二次世界大戦前の、日本の豪華客船等に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758716/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758713/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3873344/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、前に行った投稿から抜粋して来た物です。

写真以下4枚。日本郵船(Nippon Yusen)歴史博物館で買った、絵葉書より。。。伊予丸(iyomaru)(下の補足説明参照)の、1914年の夕食の、英語表記メニュー(menu)から。。。
伊予丸(iyomaru):日本と、アメリカのシアトル(Seattle)を結ぶ航路で活躍した、日本(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社)の客船。三菱(mitsubishi)長崎(nagasaki)造船所製。6,320トン(GT)。1901年就航。1933年引退。

1914年9月1日の、夕食のメニュー(menu)。

1914年9月5日の、夕食のメニュー(menu)。

1914年9月6日の、夕食のメニュー(menu)。

1914年9月11日の、夕食のメニュー(menu)。

浅間丸(asamamaru):1929年に完成し、運航を開始した、横浜とHonolulu、San Franciscoを結ぶ、日本(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社)の豪華客船。
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。
以下、基本的に、2020年の2月の前半に行った投稿の再掲です。
以下、1930年代の、日本の豪華客船の食事に関する内容は、私の前の投稿から抜粋して来た物です。
写真以下2枚。横浜にある、日本郵船(Nippon Yusen)歴史博物館(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社が運営する、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の歴史に関する資料館)の展示より。。。前にenjoyでアップ(upload)した写真の再利用。

1937年の、ある日の、日本の(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の夕食を、(蝋で)、再現したものです。

これも、1930年代の、日本の(日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の食事を、(蝋で)、再現したものです
。盛り付けは、やや、古臭い(古典的な)感じですが、食事は、現在と、それ程は、変わらないかも知れません。
写真以下3枚。横浜にある、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示より。。。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))(第二次世界大戦前の、日本の豪華客船の一つ)の、1933年の1月1日の、しっかりとした、日本料理の、献立表(menu)。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))(第二次世界大戦前の、日本の豪華客船の一つ)の、1939年の、ある日の(6月8日の)、昼食メニュー(menu)。間違っていたら、申し訳ありませんが、おそらく、食事の代金は、乗船の代金に含まれていて、大食な人(たくさん、食べる人)は、これを、全部食べても良いし、こんなに、たくさん食べられないと言う人は、この中から、好きな物を選んで、注文しても良いと言う、方式になっていると思います。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1939年の、6月8日の、昼食メニュー(menu)の内容。
スープ(soup):澄んだスープ(soup)。濃厚なスープ(soup)。
魚料理:鰈の、焼き物(蒸し焼き)。鯛の、焼き物(網焼き)。
玉子料理:ポーチドエッグ(poached egg )。松茸(matsutake)(香の良い、高級な茸)入りの、オムレツ(omelette)。
煮込み(煮物)料理:厳選された肉、豚肉、牛タン(牛の舌)の煮物、野菜添え。鳩肉(鳩の肉)の、蒸し焼き。ドライカレー(日本の、カレー(curry)料理の一つ)。
野菜料理:様々な野菜の天婦羅。茹でた、ジャガイモ(potato)。サツマイモ(sweet potato)の揚げ物。丸ごと焼いた、焼き林檎(林檎の焼き物)。
焼き物料理:フィラデルフィア (Philadelphia)風、鶏肉の焼き物。ハムステーキ(ham steak)、玉葱の、天婦羅添え。
冷たい肉:厳選された肉の、ロース(loin)。ハム(ham)。牛タン(牛の舌)の燻製。仔牛(子牛)(veal)の、ロース(loin)。羊肉の、ロース(loin)。鵞鳥肉(鵞鳥の肉)の、ロース(loin)。モルタデッラ(mortadella)。
サラダ(salad):様々な、野菜。
デザート(dessert):様々な果物が入った、ゼリー(jelly)。桃のパイ(pie)。アイスクリーム(ice cream)。小菓子(クッキー(cookie)、チョコレート等)。果物、シチュー(stew)。
パン:様々なパン。
果物、その他:林檎。バナナ(banana)。マスクメロン(muskmelon)。様々な、ドライフルーツ(dried
fruit)。様々な、ナッツ(nuts)。 クラッカー(cracker)。緑茶(green
tea)。紅茶。ウーロン(oolong)茶。コーヒー(coffee)。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))(第二次世界大戦前の、日本の豪華客船の一つ)の、1930年の、ある日の(11月13日の)、夕食メニュー(menu)の、英語版。間違っていたら、申し訳ありませんが、おそらく、食事の代金は、乗船の代金に含まれていて、大食な人(たくさん、食べる人)は、これを、全部食べても良いし、こんなに、たくさん食べられないと言う人は、この中から、好きな物を選んで、注文しても良いと言う、方式になっていると思います。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1930年の、11月13日の、夕食メニュー(menu)の、内容。
前菜:西瓜、ホイップクリーム(whipped cream)添え。生ハム(ham)。ニシン(鰊)(魚)の、酢漬け。ox palate のピクルス(pickled ox palate)。ピーナツ(peanuts)。オリーブ(olive)。
スープ(soup):チキン(chicken)スープ(soup)。ホワイトセロリ(white celery)の、濃厚な、スープ(soup)。
魚料理:クサヤモロ(mackerel scad)の、焼き物。
entree:ビーフ・ウェリントン(Beef Wellington)。シビレ(sweetbread)の料理。カリフラワー(cauliflower)のサラダ(salad)。
肉料理:羊肉の、ロースト(roast)、スグリ(red currant)のゼリー(jelly)添え。プラム(plum)を詰めた、ヤマシギ(woodcock)の、ロースト(roast)、グレイビーソース(gravy)添え。
冷たい料理:牛タン(牛の舌)の、燻製。ターキー(turkey)、トリュフ(truffle)添え。サラダ(salad)胡瓜。
その他:ジャガイモ(potato)。ご飯(rice)。Italian Squash。鮪の刺身。豆腐の、お吸い物。
デザート(dessert)等:Newcastle
Pudding、パイナップルアイスクリーム(pineapple ice
cream)等の、甘いデザート(dessert)。savoury。様々な、ナッツ(nuts)。無花果(fig)。chow
chow。林檎。パイナップル(pineapple)。バナナ(banana)。クラッカー(cracker)。チーズ(cheese)。コーヒー(coffee)。
当時の日本は、階級社会(昔は、貧しい人々は、本当に、貧しかったし、庶民の、食生活・物質的な生活も、現代に比べると、遥かに(ずっと)、貧しかった)、現代の日本は、大衆社会(庶民が、豊かで、又、貧困層でも、福祉制度等により、自動車を保有し、ある程度の水準の、生活が保障されている)と言う違いもありますが、富裕層・上流層の暮らしは、昔の方が、豪華であったような気がします(こうした、近代以前(第二次世界大戦前の、階級社会)と、現代(第二次世界大戦後の、大量生産・大量消費社会)の、時代の、大きな流れは、一般的に、日本のみならず、他の先進国(アメリカ、ヨーロッパ等)でも、当てはまると思います)。
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。
以上、基本的に、2020年の2月の前半に行った投稿の再掲でした。
以下、おまけ。
以下、基本的に、2019年の5月に行った投稿から抜粋して来た物です。
以下、我が家にある本の一つ、「帝国ホテルのおもてなしの心」と言う本(学生社。1995年)(私が、古本屋で買った本)から、抜粋・引用して来た文で、第二次世界大戦中、日本の敗戦により、第二次世界大戦が終わる約2年前の1943年の、帝国ホテル(古くからの、東京を代表する高級ホテル)の結婚式の食事メニューに関する文です。
「太平洋戦争がいちだんと厳しさを増した頃、新郎の中には、新婚生活もそこそこに戦地に向かわなければならない方も少なくありませんでした。そんなカップルの為に、シェフたちは、配給品や代用品などの限られた材料の中で、精一杯のコースメニューを考えたのです。そのメインディッシュはオムレツ。お皿の上を明るい黄色で彩ったオムレツは、どんなフランス料理にも負けない幸せの味がしたのでしょう」
以下、「」内が、第二次世界大戦中、日本の敗戦により、第二次世界大戦が終わる約2年前の1943年の、帝国ホテル(古くからの、東京を代表する高級ホテル)のある結婚式の食事メニューです(これに、おそらく、パンが付くと思います)。
「前菜。濃いスープ。鮑(字が小さくて読めないが、たぶん)、海老、牛肉の焼き物。オムレツと野菜。松茸(matsutake)の何とか(字が小さくて読めない)。サラダ。アイスクリーム。コーヒー」
何だか、メイン料理(オムレツ)以外の物の方が豪華な様な。
以下、富士屋(fujiya)ホテル(箱根(hakone)(日光(nikko)と共に東京近郊を代表する保養地)を代表する、歴史のある、高級resortホテル)の、第二次世界大戦中、日本の敗戦により、第二次世界大戦が終わる1年前の、1944年頃の食事に関する文は、前に行った投稿から抜粋して来た物です。
写真以下2枚。富士屋(fujiya)ホテルの資料展示室より。。。
1944年頃の、富士屋(fujiya)ホテルの、パンフレット(leaflet)。
日本の敗戦により、第二次世界大戦が終わる約1年前の、1944年の11月2日の、富士屋(fujiya)ホテルの、フランス料理・西洋料理の、夕食のメニュー(menu)例。内容は、写真を撮ったは良いが、写真の字が、小さくw、不明瞭なので、一部、推測が入りますが、前菜の盛り合わせ、トマト(tomato)のスープ(soup)、魚のメイン(main)料理(魚の、バター(butter)焼き物)、肉のメイン(main)料理(牛肉の焼き物(又は、ローストビーフ(roast beef)。野菜添え)、デザート(dessert)(富士山の形のアイスクリーム(ice cream))、お茶菓子、コーヒー(coffee)と言った感じ。。。(これに、おそらく、パンが付くと思います)。1944年11月2日に、大東亜(アジア)、電気通信、第2回、懇談会で、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した方が、提供した資料。第二次世界大戦中は、物資の不足、増税、宿泊客の減少等により、ホテル経営の深刻な悪化に悩まされていた、富士屋(fujiya)ホテルですが、この頃(1944年頃)は、富士屋(fujiya)ホテルでは、まだ、ある程度、しっかりとした、食事が提供されていた様です(ちなみに、さすがに、おそらく、第二次世界大戦の末期(1945年頃)は、富士屋(fujiya)ホテルも、かなり、物資の不足に悩まされたと思います)。
以上、基本的に、2019年の5月に行った投稿から抜粋して来た物でした。
富士屋(fujiya)ホテルに関しては、以下の投稿を参照して下さい。
箱根(hakone)富士屋(fujiya)ホテル他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3759534/page/6?&sfl=membername&stx=nnemon2
前編 富士屋ホテル スイーツコレクション他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815911/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
後編 富士屋ホテル スイーツコレクション他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815910/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
前編 富士屋ホテル アフタヌーンティー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815909/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
後編 富士屋ホテル アフタヌーンティー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3815908/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2