紅白歌合戦は、ラジオ放送は、1951年から、テレビ放送は、1953年からの歴史を有する、毎年、大晦日に放送されている、70年以上の歴史を有する、NHK(日本の公共テレビ・ラジオ放送局。韓国で言えば、KBSに相当する)の音楽番組です。
去年の紅白歌合戦(去年の12月31日の夜に放送)は、彼女と、我が家で、大晦日を過ごしている際に、彼女と、我が家で、見ました。
以下、以下の投稿の続きです。
歴史の古い年末音楽番組(2024)1(去年の紅白歌合戦で歌われた曲の、個人的な、ランキング、トップ20の、20位から11位に関する投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3893765?&sfl=membername&stx=nnemon2
歴史の古い年末音楽番組(2024)2(去年の紅白歌合戦で歌われた曲の、個人的な、ランキング、トップ20の、10位から1位に関する投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3893764?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、去年の紅白歌合戦の、おまけ・番外編と言った内容の投稿です。
ちなみに、The Golden Cupsは、2016年に行った投稿でも紹介しています。
The
Golden Cupsは、1960年代後期から1970年代初め頃にかけて、活躍していた、日本の、rock
bandで、その頃の、日本を、代表する、rock bandの一つです。The Golden Cupsは、当時の、他の、日本の、rock
band同様、若い女性達に、熱狂的な人気があったと思いますが、The Golden
Cupsは、おそらく、男性にも、人気が、とても、高かった、bandだと思います。

動画は、借り物。The Golden Cupsの曲の例。The Golden Cups-「This bad girl」(1968年)。
The Golden Cupsは、(後述する)ゴダイゴ(GODIEGO)のメンバーの一人で、キーボード(keyboard)担当の(keyboard playerの)、ミッキー吉野(yoshino)(本名は、吉野 光義(yoshino mitsuyoshi))が、在籍していた、bandです。
https://youtu.be/rg5KoT-SkWg?si=5OTzTO_gsavfQ_Bp
動画は、借り物。ゴダイゴ(GODIEGO)-「ビューティフル・ネーム(beautiful name)」(1979年)。ゴダイゴ(GODIEGO)は、1970年代中期から1980年代初めにかけて活躍していた、日本の、rock bandです。この曲は、ゴダイゴ(GODIEGO)が、子供向けに作った曲です(日本の、子供向けの曲の、名曲の一つだと思います)。この曲は、去年の紅白歌合戦で歌われた曲の、個人的な、ランキング、トップ20の、2位に選んだ曲です(上でリンクを付けた投稿、「歴史の古い年末音楽番組(2024)2」を参照)。
動画は、借り物。コンピューター(computer)おばあちゃん(おばあさん)(1981年)。コンピューター(computer)おばあちゃん(おばあさん)は、去年の紅白歌合戦で歌われた曲の一つで、日本の、子供向けの曲です。以下、この曲に関しては、wikiを参考にしました。この曲の作者(作詞・作曲者)は、日本の、一般人で(この曲は、当時、放送されていた、NHKの視聴者参加型の音楽番組に、投稿されて、入賞した作品で)、この曲の作者の、明治(meiji)時代(1868年から1912年)生まれと言う高齢でありながら、矍鑠として(心も体も元気で)、博学(知識が豊富)、さらに、英語にも堪能な(英語も、流暢に話せる)、自慢の祖母への、孫としての、敬愛と、労り(いたわり)を込めて、作られた曲です(小学生の「僕」の、明治(meiji)時代生まれで宇宙旅行が夢である、おばあちゃん(祖母)を題材とした曲です)。上の、動画の、コンピューター(computer)おばあちゃん(おばあさん)は、坂本 龍一(sakamoto ryuichi)(下の補足説明を参照)が、編曲を行った版の物(1981年)です。
坂本 龍一(sakamoto ryuichi):1952年生まれ。2023年に亡くなる。日本の、作曲家・ミュージシャン(musician)。日本の、音楽界の、大御所(その業界の、第一人者として、強い影響力を持つ人物)・巨匠の一人であった。(後述する)YMOのメンバー(member)の一人でもある。
https://youtu.be/yFLlebfhc5I?si=HY1VGNCuL7fZ4G81
動画は、借り物。細野 晴臣(hosono haruomi)-「BODY SNATCHERS」(1984年)。細野 晴臣(hosono haruomi)(下の補足説明を参照)の曲の例。
細野 晴臣(hosono haruomi):1947年生まれ。日本の、作詞・作曲家・ミュージシャン(musician)。日本の、音楽界の、大御所(その業界の、第一人者として、強い影響力を持つ人物)・巨匠の一人。(後述する)YMOのメンバー(member)の一人でもある。
以下、基本的に、一昨年の4月の上旬に行った「J-pop:YMO他」と言う投稿の再掲です。
先日、坂本龍一さんが、お亡くなりになったようですね。故人の、ご冥福をお祈りいたします。1月には、高橋幸宏さんが、お亡くなりになり、お互いに関係が深い、J-pop界の、大物が、相次いで、お亡くなりになりましたね。
以下、「」内。基本的に、2015年の私のレスより。。。
「私は、YMOの活躍をリアルタイムで体感した世代ではなく、後から聴いた世代なのですが、個人的に、(YMOのアルバムは皆凄いと思いますが)YMOのアルバムの中で一番格好良いと思い好きなのは、「BGM」です。この時代に、この音・この音楽を創っていたのかと一番驚いたのが「BGM」です。」
以下、「」内。2018年に行った私の投稿の他の方のレスに対する私のレスより。。。
「おはようございます^^ YMOのBALLETは、何となく味がありますよね。YMOというとどうしてもこれよりも少し前の70年代の終わりに発表された「テクノポリス」や「ライディーン」の方が有名ですが、私は、BALLETの頃のYMOの曲の方が好きなんです(何れにしてもリアルタイム世代ではないですがw)。」
以下、基本的に、2016年の6月に行った、 「J-pop:YMO」と言う投稿から抜粋して来た物に、内容を追加した物です。
日本には、多くの、テクノ(techno)音楽のmusician・groupがいますが(ありますが)、YMO(1978年にデビュー(debut))は、日本を代表する、techno groupの一つです。YMOは、日本のテクノ(techno)音楽の先駆者である、musician・groupであると共に、世界のテクノ(techno)音楽の先駆者である、musician・groupの一つでもあります(世界で、最も初期の頃の、テクノ(techno)音楽のmusician・groupの一つ)。
以下8つ(動画・曲は、借り物)。YMOの曲の例。
https://youtu.be/oWwmy-SH2xs
YMO-「Mad Pierrot」(1978年)。
https://youtu.be/28f6znYxFfM
YMO –「TECHNOPOLIS」(1979年)。
https://youtu.be/nB5g2cUM2FQ
YMO-「Rydeen」(1979年)。
https://youtu.be/6Agj7KZbeO0
YMO-「Behind The Mask」(1979年)
https://youtu.be/IwHmOuAMJi4
YMO -「Ballet」(1981年)。
https://youtu.be/h4_qhs0Pog8
YMO-「UT」(1981年)。
https://youtu.be/aQ4mP1dOaro
YMO -「Mass」(1981年)。
https://youtu.be/STPpnnfJ-GM
YMO-「PURE JAM」(1981年)。
以下、おまけ。。。
以下2つ(動画・曲は、借り物)。YMOの影響を受けた、日本のテクノ(techno)音楽のmusician・groupの例。
https://youtu.be/P0hTEJPLsOg
ケン・イシイ(Ken Ishii)-「Icebink」(2000年)。ケン・イシイ(Ken Ishii)は、1990年代の初め頃から活躍している、日本の、テクノ(techno)音楽のmusicianです。
https://youtu.be/ijG1Xvj5c50?si=va8yEdTRSly6fgeP
電気グルーヴ(DENKI GROOVE)- 「Nothing‘s Gonna Change」(1999年)。電気グルーヴ(DENKI GROOVE)は、1990代の初め頃から活躍している、日本のtechno groupです(二人組み(構成員は、二人のみ)です)。
https://youtu.be/u3v6nhVz_ZA
これも、おまけ。動画は、借り物。これは、「TECHNOPOLIS」(1979年)(YMOを代表する曲の一つ)に、Perfumeの、踊りを合わせた動画です。Perfumeは、2000年代後期(2007年)頃から活躍している(2000年代初め頃から活動を行っているが、最初の頃は、人気は、広島(hiroshima)及び、その周辺に限られていた。日本全国的に人気が出る様になったのは、「チョコレイト・ディスコ(Chocolate Disco)」(2007年)が、日本全国的に、ヒット(hit)してから。。。)、広島(hiroshima)(日本西部に位置する、大都市。ただし、大都市としては、人口が、少ない)出身の、とても人気が高い、日本の、三人組の、女性、アイドル(idol)歌手です。
以下12。perfumeの曲の例。Perfumeは、電子的な音楽を特徴としています。
https://youtu.be/jOXGKTrsRNg?si=l8Lzj00qYkmIxerv
動画は、借り物。Perfume-「コンピューターシティ(Computer City)」(2006年)。日本全国的に、人気が出る前の、Perfumeの、曲の例。まだ、曲も外貌も、垢抜けない(洗練されていない)感じです。この時、3人は、高校生(高校2年生)。後に比べて、まだ、少し、丸々としている(少し、太っている)感じです。
以下11(動画は、借り物)。日本全国的に、人気が出て以降の、Perfumeの、曲の例。「チョコレイト・ディスコ(Chocolate Disco)」(2007年)が、日本全国的に、ヒット(hit)して以降、Perfumeは、日本で、とても人気が高い、女性アイドル(idol)グループ(group)(idol girl group)として活躍しています。Perfumeは、男性にも、女性にも、人気が高いですが、どちらかと言えば、女性の方に、より、人気が高いです(おそらく。。。)。
https://youtu.be/1WTy2yqKI4w
Perfume-「チョコレイト・ディスコ(Chocolate Disco)」(2007年)。若い女性を中心に、日本全国的に、爆発的に、ヒットしました(大ヒット(hit)しました)。この曲が、大ヒット(hit)し、日本全国的に、人気が出てから、Perfumeは、曲・MV・ファッション(衣装)等、総合的に、一気に、洗練されて行きました。
https://youtu.be/KbiSxunJatM
Perfume-「ポリリズム(Polyrhythm)」(2007年)。
https://youtu.be/75hg0XFVByw
Perfume-「love the world」(2008年)。
https://youtu.be/rBX5YGPNDbs?si=J_L_CgAVUdf36_Wh
Perfume-「Dream Fighter」(2008年)。
https://youtu.be/nbeGeXgjh9Q?si=_EG9OgDHO3pdWqkH
Perfume-「ねぇ」(2010年)。
https://youtu.be/kfqToOh7MVA
Perfume-「不自然なガール」(2010年)。
https://youtu.be/H3RBn3MG8ms
Perfume-「GLITTER」(2011年)。
https://youtu.be/NhI2mp-WIck
Perfume-「Magic of Love」(2013年)。
https://youtu.be/s8_vqfjYpBg
Perfume「未来のミュージアム」(2013年)。
https://youtu.be/CYL3DnyA4e0
Perfume-「Sweet Refrain」 (2013年)。
動画は、借り物。Perfumeの、2013年の、パフォーマンス(perfo・rmance)より。。。
以下(動画・曲は、借り物)。YMOの曲、「Behind The Mask」(1979年)の、カバー(cover)の例。
https://youtu.be/5bOkWTprifg
Michael Jackson。曲は、1982年。映像(MV)は、おそらく2010年。
以下、Eric Clapton。
https://youtu.be/IQAfclLn9iY
Eric Clapton。1986年。
https://youtu.be/64dUqMxxyjQ
Eric Clapton - Behind The Mask 。
以上、基本的に、一昨年の4月の上旬に行った「J-pop:YMO他」と言う投稿の再掲でした。
おまけ。動画は、借り物。初音ミク(hatsune miku)-BALLET (YMO)。初音ミク(hatsune miku)は、2007年に登場した、日本の、コンピューター上の、創造上の、女性、アイドル(idol)歌手です(もちろん、歌声は、人間ではなく、コンピューターによる物です)。初音ミク(hatsune miku)は、おそらく、この種の、コンピューター上の、創造上の、歌手で、世界で、最も有名だと思います。ちなみに、私は、初音ミク(hatsune miku)は、興味がなく、全く、詳しくありません。
以下、おまけ。
冨田 勲(tomita isao)(1932年生まれ。2016年に亡くなる)は、1950年代から活動を行い、1960年代から活躍していた、日本の、作曲家・編曲家・シンセサイザー(synthesizer)の演奏家です。
冨田 勲(tomita isao)は、日本の音楽界の巨匠の一人です。
動画は、借り物。冨田 勲(tomita isao)の曲の例で、冨田 勲(tomita isao)が、作曲した、NHKの、紀行番組、「新、日本紀行」(1963年から1982年に放送)の、後期(1969年から1982年)の、テーマ曲(1969年)。動画のサムネイル画像は、1971年放送の「新、日本紀行」からの様です。「新、日本紀行」は、私が、幼い時に放送が終了したので、個人的に、馴染みがなく、この曲も、馴染みがなかったのですが、聞いたら、中々、良い曲ですね。
冨田 勲(tomita isao)は、シンセサイザー(synthesizer)を使った音楽の、世界的な、先駆者の一人である、音楽家(musician)です。
以下、冨田 勲(tomita isao)に関しては、wikiを参考にしました。
クロード・ドビュッシー(Claude Debussy)(1862年生まれ。1918年に亡くなる。フランスの、クラシック音楽(classical music)の作曲家)の曲を、シンセサイザー(synthesizer)を使って、編曲・演奏した、冨田 勲(tomita isao)の、1974年の、アルバム(album)、「月の光」(アメリカ版のタイトル(題名)は、「Snowflakes Are Dancing」)は、アメリカの、ビルボード(Billboard)の、クラシック音楽(classical music)のアルバム(album)のチャート(chart)で1位を獲得しました(ちなみに、イギリスでは、総合(全ての音楽の)アルバム(album)のチャート(chart)で17位を獲得しています)。また、モデスト・ムソルグスキー(Modest Mussorgsky)(1839年生まれ。1881年に亡くなる。ロシアの、クラシック音楽(classical music)の作曲家)の、「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)」を、シンセサイザー(synthesizer)を使って、編曲・演奏した、冨田 勲(tomita isao)の、アルバム(album)、「展覧会の絵(Pictures at an Exhibition)」(1975年2月に発売)、主に、イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)(1882年生まれ。1971年に亡くなる。ロシアの、クラシック音楽(classical music)の作曲家)の、「火の鳥(The Firebird)」を、シンセサイザー(synthesizer)を使って、編曲・演奏した、冨田 勲(tomita isao)の、アルバム(album)、「火の鳥」(1975年9月に発売)、グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst)(1874年生まれ。1934年に亡くなる。イギリスの、クラシック音楽(classical music)の作曲家)の、「惑星(The Planets)」を、シンセサイザー(synthesizer)を使って、編曲・演奏した、冨田 勲(tomita isao)の、アルバム(album)、「惑星(The Planets)」(1976年)は、それぞれ、アメリカの、ビルボード(Billboard)の、クラシック音楽(classical music)のアルバム(album)のチャート(chart)で、1位、5位、1位を獲得しています。
ちなみに、Stevie Wonderが来日した際に(日本を訪れた際に)、最も尊敬する、音楽家として、冨田 勲(tomita isao)を挙げています。
https://youtu.be/1dywlh1Juzg?si=CDgCypZdPYszIM7J
動画は、借り物。冨田 勲(tomita isao)の、1974年の、アルバム(album)、「月の光」(アメリカ版のタイトル(題名)は、「Snowflakes Are Dancing」)より、「月の光」(Clair de lune)。
https://youtu.be/k1JJTNBCnwE?si=hWtHsoX3SxllwbAw
動画は、借り物。1984年に開催された、オーストリア(Austria)の、Linzで行われた、8万人の聴衆を集めた、冨田 勲(tomita isao)の、野外(屋外)コンサート(concert)より(生演奏)。