応神天皇 14 年に「弓月君を祖とし、百済より百二十県の人を率いて渡来したと記録されている。
弓月君は朝鮮半島を経由して渡来している。
秦氏の故郷、弓月国(クンユエ)は中央アジアのカザフスタン内にあり、東の一部がシンチャンウイグル自治区にかかっている。
天山山脈のすぐ北側に位置し、南にはキルギスタンが接する。弓月国はシルクロードの北方ルート上にある。バルハシ湖の南、イリ川付近である。弓月国の人々も、万里の長城の苦役に耐え切れず日本へ渡来した。弓月君は、120 県の大集団を率いての渡来であった。
1084 年(元豊 7 年)成立。『資治通鑑』全 294 巻。卷第 199 に弓月の記録がある。弓月国を発見したの
はの言語学の佐伯好郎氏である。
『資治通鑑』全 294 巻。卷第 19
「秋,七月,西突厥沙钵罗可汗寇庭州,攻陷金岭城及蒲类县,杀略数千人。诏左武候大将军梁建方、右骁
卫大将军契苾何力为弓月道行军总管,右骁卫将军高德逸、右武候将军薛孤吴仁为副,发秦、成、岐、雍
府兵三万人及回纥五万骑以讨之。」
参照サイト
http://kiwarabi.html.xdomain.jp/hataoukoku.pdf
弓月国の存在は、うすうす知っていたような気もするが、具体的な情報は画期的な気がする。
日本での百済の読み方(kudara)も弓月の韓国語での発音に由来するとの説がある。
