私の思う土人とは良心を持たぬ者、もしくは良心を感じないか他の心の働きと区別できない者だ。
では、良心とは何だろう?
辞書では
善悪・正邪を判断し、正しく行動しようとする心の働き。
一般的な解釈として十¥分だろう。
結局、
自分の欲望と「善悪・正邪を判断し、正しく行動しようとする心」が同じ・・
つまり、「個人的考えだから欲望も良心も同じ」であると他と良心を区別しない者が
良心を持たぬ者となり、
「土人」と認識できる。
これは、「自立した責任ある人」ではないと認識できると言うことである。
もともと、此処での定義は、自立した責任のある人でない者が「土人」=野蛮人である。
良心を基に判断しない者が「無責任」になるか?
1.欲望を判断基準にすれば、身勝手な行動に陥り、これは反社会的であり、無責任極まりない。
2.欲望も良心も判断基準にせず自分以外の判断基準を優先させる場合は?
この場合は、「自分以外の判断基準」に責任を転嫁する行為であり、正に無責任に他ならない。
「結果が悪くても私に責任はない私は命令に従っただけだ!」・・・となる(これを無責任と言う)
良心を基に判断をする者が「自立した責任ある人」となる理由は何だろう?
良心は「善を成そうとする心の働き」である。
一般的にその時代その地域その社会に良いと思われることを成そうとする行為は
1.と反対の行為であり、
そして、自分によって選択された行為であるから、
2.と反対に他者に責任を転嫁できない行為である。
他者に責任を転嫁しない「自立」と社会的な行動を取る「責任」を果せる「人」が出来上がる。
しかし、「土人」は困惑するだろう。
他人の「良心」が
ちまり「一般的にその時代その地域その社会に良いと思われること」が
自分に取って「良い」と保証されていない。
心配で、そのような物に身をゆだねることは心配で出来ない。
・・・・・
困った土人である。