私の主張は「良心は法より優位」である。
各個人は良心に従って行動すべきである。(良心は個人的なものである)
個人的な良心に従うのであるから、責任は各個人にある。
これが「腑に落ちない」「納得できない」人が多いようだ。
この考えは、私のオリジナルではない。
世間一般で唱えられている。
例えば、
カントの良心論の
人間の内なる法廷の意識が良心である・・・ 定義
すべての人間は良心をもっている・・・・・ 内なる裁判官
良心の法廷の裁判官は,自分とは異なる他の人格(観念的人格)
観念的人格は,万人を義務づける者,それゆえ「神」である
良心は,己の所為に関して神の前で果されるべき責任の主観的原理である・・再定義
や
現代世界憲章(第二ヴァティカン公会議公文書)に見られる
人間は心の中に神から刻まれた法を持つ、
それに従うことが人間の尊厳なのであり、
また人間はそれによって裁かれるのである。
神から刻まれた法≒良心とすれば同じだろう。
神の前で果されるべき責任や人間の尊厳より
社会一般の法が優位だとならないだろう。
あ〜待てよ。
日本人に取っては、
神の前で果されるべき責任や人間の尊厳より、
実社会の一般的な法が重要なのかもしれない。
そうか、日本人に取っては、人間であることよりも、日本村の村人であることがより重要なのか?
目の前の組織の秩序を維持することこそ「日本人」としての尊厳なのかもしれない。
本当にそうなの?
この考えなら、
日本人であるより**会社の従業員であることが優位になり、
会社の命令を日本国の法律より優先さるだろうな。
そして、
当然のように、人であることより**会社の従業員であることが優位になり、
会社の命令を良心より優先さる人も現れるだろうな。
本当にそうなの?