藤村新一
来歴
1950年生まれ。仙台育英高等学校卒業後、東北電力子会社の東北計器工業へ就職。工員時代に考古資料に興味を持つようになり、1973年には「宮城県古川市馬場壇発見の文字瓦」(共著、『遮光器』7、pp.18〜21、みちのく考古学研究会)において線刻文字瓦を資料紹介した。翌1974年以降は、江合川流域の石器を中心とした踏査を始め、1975年にはこの時の仲間を主力とする石器文化談話会が結成され、石器探しの名人として活動した。仲間内では「ゴッドハンド(神の手)」の異名を馳せた。日本の旧石器時代史の争点であった前期・中期旧石器時代の遺跡を「発見」し、東北電力系の会社に勤務しながら1992年には民間の東北旧石器文化研究所設立に参加、1999年に会社を退職し、同研究所職員となる。同研究所は2000年8月には、NPO法人として認証(2004年1月解散)され、副理事長として活動した。
要点:藤村は「アマチュア考古学研究者」である。
藤村が、在籍していた学会である日本考古学協会について。
有限責任中間法人 日本考古学協会定款
第1章 総則
(名称)
第1条 この法人は、有限責任中間法人日本考古学協会という。
(目的)
第2条 この法人は、考古学研究者が、自主・民主・平等・互恵・公開の原則にたって、考古学の発展を図ることを目的とする。
2 このため、考古学研究者の全国的組織として、社員間及び関係学会との協力・交流を推進し、積極的に研究条件を改善し、文化財保護など社会的責任の遂行に努力する。
(事業)
第3条 この法人は前条の目的を達成するために次の事業を行う。
(1) 研究及び調査の実施
(2) 学会誌、学術図書等の刊行
(3) 研究発表¥会、学術講演会、シンポジウム等の開催
(4) 文化財の保護に関する事業
(5) 研究の奨励及び研究業績の表¥彰
(6) 関連学術団体との連携及び協力
(7) 国際的な研究交流の推進
(8) その他の事業
(事務所)
第4条 この法人は、主たる事務所を東京都江戸川区に置く。
(基金の総額)
第5条 この法人の基金の総額は、金25,418,902円とする。
(現物拠出)
第6条 設立に際して現物拠出する者、拠出の目的たる財産及びその価格は別紙現物拠出目録記載のとおりとする。
(基金の拠出者の権利に関する規定)
第7条 拠出された基金は、この法人の解散のときまで返還しない。
(基金返還の手続)
第8条 この法人の解散時の議決を経た後、理事会が決定したところに従って返還する。
(公告の方法)
第9条 この法人の公告は、事務所の掲示板に掲示する。
第2章 会員
(種別)
第10条 この法人の会員は、次のとおりとする。
(1) 正会員 考古学に関し学識経験を有する個人で、この法人の目的に賛同して入会した者
(2) 名誉会員 考古学について顕著な功績があり、又はこの法人の発展に寄与した個人もしくは団体で、理事会の推薦により総会で承認された者
2 正会員(以下「会員」という。)をもって法律上の社員とする。
(入会)
第11条 この法人の会員になろうとする者は、別に定める入会申¥込書を提出し、総会の承認を得なければならない。
2 名誉会員は理事会の推薦に基づき総会の議を経て定める。
(会員の義務)
第12条 会員は第2条の目的を達成するため努力し、会員としての活動の如何にかかわらず、総会の定める倫理綱領を遵守しなければならない。
2 会員はこの法人の目的を達成するため、別に定める会費を支払う義務を負う。
(資格の喪失)
第13条 会員は、次の事由によってその資格を喪失する。
(1) 退会したとき
(2) 死亡し、若しくは失踪宣告を受けたとき
(3) 会費を3年以上滞納したとき
(4) 除名されたとき
(退会)
第14条 会員が退会しようとするときは、退会届を会長に提出しなければならない。
(除名)
第15条 会員が次の各号の一に該当するときは、法律の規定に従って、除名することができる。
(1) この法人の名誉又は信用を著しく傷つける行為のあったとき
(2) この法人の目的に違反する行為のあったとき
(3) その他正当の事由あるとき
(以下略)
要点:日本考古学協会はあくまで考古学の発展を図る事を目的にしているのであり、捏造事件が発覚したら、下記の通り色々調査等の対処を行い、その都度見解を発表¥している。
日本考古学協会の、藤村のした事に対する見解および対処
■上高森遺跡問題等についての委員会見解
2000年11月12日
日本考古学協会委員会
日本考古学協会は、1948年に結成されたわが国の考古学研究者の全国組織で、自主・民主・平等・互恵・公開の原則にたって考古学の発展をはかることを目的として活動してきました。
考古学は、遺跡の発掘調査によって確認された事実関係を基礎とする科学です。このたび明らかとなった藤村新一会員による上高森遺跡、総進不動坂遺跡の調査における考古学的事実の捏造は、考古学の基礎を自ら破壊するもので、研究者としての倫理が厳しく問われる行為です。日本考古学協会は、このような行為をなす者を出し、しかも研究者相互の批判によってこれを防ぐことができず、わが国の考古学の信頼を大きく傷つけたことに対し、深くお詫び致します。大地に残された過去の人間活動の痕跡の調査を通じて、列島の歴史をより豊かに描き出す上で、考古学が果たしてきた役割は高く国民に評価されてきましたが、その一方で、新発見こそが重要であるかのような誤解や誤った風潮を生み出していた恐れはなかったかどうか、また新たな発見をめぐって、資料の公開と多様な意見の研究者による相互批判が不十¥分ではなかったのか、本協会としても厳しく反省する必要があると受け止めています。協会として研究者倫理の徹底についても検討に取り組みたいと考えます。
日本考古学協会委員会は、本日、考古学研究及び学界の社会的信用を著しく損なう結果を招き、本協会の名誉を傷つけた藤村新一会員の行為は到底容認できないものとして、会則に照らし、退会させることを決定しました。
前期旧石器問題、いわゆる「原人遺跡」問題は、「新発見」の連続によって認知され、定説化されたように受け止められていますが、学界にはなお異論も多く、論争の渦中にあるというべきです。しかし一方、本協会が、わが国及び東アジアの人類史を考える上できわめて重大なこの問題に関して、必ずしも積極的に取り組んで学術的な検討を進めてきたとは言い難いとの指摘は、謙虚に受け止め、反省しなければなりません。これまで、本協会は、その時々の重要な課題について、学会をあげて集中的な調査を行い、例えば、弥生式土器文化総合研究特別委員会、洞穴遺跡調査特別委員会による弥生文化や縄文草創期文化の積極的解明などを、実施してきた歴史があります。本協会は、今回の事件によって疑念の生じた遺跡の検証を含めて前・中期旧石器遺跡の自由闊達な学術的検討が集中的に行われることの必要を認め、特別委員会(前・中期旧石器問題調査検討特別委員会)を組織してこれに当たりたいと考えます。
なお、「東北旧石器文化研究所」に対しては、今回の事件に関する真摯な総括と真相を明らかにするための資料の公表¥を求めるとともに、未報告の過去の発掘調査結果について、早急に学術報告書を刊行するよう求めます。
■前・中期旧石器問題調査研究特別委員会設置に関する基本的考え方
日本考古学協会委員会
《経過》
11月5日,マスコミによって暴¥露された,いわゆる「石器発掘捏造事件」は,考古学に対する社会的信頼を失墜させ,日本列島の人類文化の起源という歴史上の重大問題に関する学術研究上の不備を示すこととなった。
日本考古学協会委員会は,この事態を深刻に受け止め,11月12日に緊急委員会を招集し,この問題への対応を協議した結果,このことは個別研究分野,あるいは関係機関や関係研究者だけの問題でなく,事実の解明とともに,考古学の負わされている社会的責務に鑑みて,日本考古学協会が中心となって全学界的に早急に取り組むべき課題であるとの共通認識に達した。
この認識に基づいて,本委員会は見解を発表¥し,その中で,標記の特別委員会の設置準備をすすめることを言明した。委員会・事務局では,会長・副会長の指示の下,有志会員の意見を聴取するなどのことを含めて特別委員会設置に向けての準備をすすめてきた。その結果,下記のような基本方針で,特別委員会準備会を発足させたいとの結論に至った。
《特別委員会の目的》
本委員会活動は,積極的に公開性と相互批判を進めるもので,学術的な公正さを堅持するものでなければならない。
本特別委員会の任務は大きく分けて次の2点である。
(1)「捏造工作」の発覚で疑惑のもたれている,前・中期旧石器時代諸遺跡の事実認定調査を支援し,これに協力し,学会として必要な助言,調整を行うこと。
(2)前・中期旧石器時代研究の現状を整理・総括し,課題と研究の論点を明らかにし,日本列島の人類文化の初源に関する集中的な研究の進展に必要な方法論の確立と,研究および調査体制の整備を進める。
《特別委員会の組織と運営》
本特別委員会は2001年5月に予¥定されている2001年度日本考古学協会第67回総会において設置の決議が行われ,正式に発足する運びとなるが,その組織は,日本考古学協会会員のみでなく,関連諸科学分野の研究者を委嘱するなど,100名規模の大型プロジェクトとなることが想定され,諸課題にそった複数のサブ・プロジェクトによって具体的な調査・研究が進められることになろう。
以上のような諸活動には,会員,会員外を含めた研究者が積極的に参加できる組織運営が必要である。
《特別委員会準備会の発足》
今回の不祥事への対応は緊急を要する。しかし,日本考古学協会の規約に基づく特別委員会の設置は,上記の通り来春の総会決定を待たなければならない実情である。このため,日本考古学協会委員会では,それまでの間,実質的に特別委員会の目的につながる諸課題の基本的な解決方法を検討する。
《その他》
協会委員会としては,各地域の研究団体,関連各分野の学会,文化庁をはじめ関係地方自治体の文化財行政機関等々に,特別委員会の活動への支援・協力を求め,必要な協議・要請を進める。
3
特別委員会準備会の概要 ■前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会の概要
本特別委員会は、2001年5月の総会において設置の承認をはかるものであるが、緊急を要する課題に対応し、特別委員会の組織・活動内容を検討することを目的として、日本考古学協会委員会の承認のもとに準備会を発足させた。
委員長:戸沢充則
委員:稲田孝司・佐川正敏・白石浩之・鶴丸俊明・萩原博文・馬場悠男春成秀爾・松藤和人・矢島國雄・町田洋・山中一郎
■第1回準備会
日時:2000年12月20日(水)午後2時〜6時
場所:日本考古学協会事務所
・準備会設置に至る経緯、準備会委員の選任などについて説明があり、また12月5日の鎌田・梶原両会員との面談結果の報告があった。
・互選によって、準備会の委員長に戸沢充則氏を選出した。
・協会委員会原案の「前・中期旧石器問題調査研究特別委員会の設置に関する基本的考え方」について検討し、一部修正して承認した。
・東京都・埼玉県・宮城県などでの検証作業の進捗状況、東北日本の旧石器文化を語る会・宮城県考古学会の動向が報告された。
・藤村新一氏の関与した発掘調査に関して、各自治体・研究機関に対し、発掘調査の経過、当該遺跡の調査結果、検証・再調査などの計画の有無と考え方等の調査を依頼することを決定した。
・5月の総会で、前・中期旧石器問題のシンポジウムの開催を検討することにした。
■第2回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会の概要
日時:2001年1月28日(日)午後2時〜5時
場所:日本考古学協会事務所
・12月23・24日に行われたシンポジウム「第14回東北日本の旧石器文化を語る会」および1月21日に行われたシンポジウム「前期旧石器問題を考える」の報告があった。
・5月の総会のパネルディスカッションの内容について検討した。
・緊急措置として、藤村氏の関与した遺跡の出土資料、東北旧石器文化研究所にある藤村氏のコレクション・資料の第三者機関への移管を要請する。
■第3回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会の概要
日時:2001年2月25日(日)午後1時〜5時
場所:日本考古学協会事務所
・藤村氏の関与した発掘調査に関して、調査主体となった15の自治体・研究機関からの回答文書を回覧した。
・埼玉県の検証活動の進捗状況について報告があった。
・大分県聖嶽洞穴の問題について報告があった。
・山形県尾花沢市袖原3遺跡の検証のための発掘調査の調査検討委員会に、戸沢委員長・佐川委員が加わることを了承した。
・5月の総会における「公開討論会」の案が検討され、名称を「『旧石器発掘捏造問題』をいかに解決するか−日本の前・中期旧石器研究の現状と問題点−」とし、報告3本およびパネルディスカッションという構¥成を決定した。
・特別委員会には、大枠として学史の検討などの長期的課題と検証を中心にした短期的課題を軸に作業部会を設置すること。委員会の委員は一部が総務・総括的役割を担い、それ以外の委員は作業部会に入ることなどが検討された。
・東北旧石器文化研究所にある藤村氏のコレクション・資料については、厳重に保管して欲しい旨の依頼をしたことが報告され、今後の保管については、宮城県考古学会などとも相談しながら、準備会としての対応を考えることとなった。
■第4回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会の概要
日時:2001年3月23日(金)午後2時30分〜5時30分
場所:明治大学大学会館4階博物館会議室
・準備会に先立ち、毎日新聞社で、宮城県上高森遺跡における藤村新一氏の「ねつ造行為」を撮影したビデオを閲覧した。
・3月14・15日に戸沢委員長・矢島委員が宮城県を訪れ、佐川委員とともに以下のような活動を行ったことが報告された。
(1)東北旧石器文化研究所にある藤村氏のコレクション・資料を一時的に封印した。
(2)4月14日(土)・15日(日)に東北歴史博物館で、準備会と東北日本の旧石器文化を語る会・宮城県考古学会との合同検討会を開催し、そこで今後の活動に関しても話し合うことで合意した。
・大分県聖嶽洞穴の問題について報告があった。
・5月の総会におけるパネルディスカッションの司会およびパネラーの候補者を決定した。また、総会レジュメとは別に公開討論会の資料集を刊行することになった。
・5月11日に仙台で開催される応用地質学会東北支部主催のシンポジウムの発表¥者2名の推薦依頼があり、対応することになった。
・福島県安達町の一斗内松葉山遺跡の試掘確認調査を4月に実施するにあたって、調査指導委員会に協会から2名の委員の派遣依頼があり、対応することになった。
・前・中期旧石器問題調査研究特別委員会の設置要綱案を検討したが、継続審議となった。
■第5回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会および
東北日本の旧石器文化を語る会・宮城県考古学会との合同検討会の概要
日時:2001年4月14日(土)午後1時〜5時30分
4月15日(日)午前9時30分〜午後3時
場所:東北歴史博物館
出席者:(前・中期旧石器問題調査研究特別委員会)戸沢充則・稲田孝司・佐川正敏・
白石浩之・萩原博文・春成秀爾・松藤和人・矢島國雄
(総務)小笠原好彦・谷川章雄
(東北日本の旧石器文化を語る会)加藤稔・菊池強一・熊谷常正・渋谷孝雄
(宮城県考古学会旧石器発掘「ねつ造」問題特別委員会準備会)辻秀人・荒井格・佐久間光平・佐々木和博・柳澤和明
(東北旧石器文化研究所)鎌田俊昭
(東北大学総合学術博物館)柳田俊雄
欠席者:鶴丸俊明・馬場悠男・町田洋・山中一郎
・特別委員会準備会・東北日本の旧石器文化を語る会・宮城県考古学会のこれまでの活動について報告があった。
・山形県尾花沢市袖原3遺跡・福島県安達町一斗内松葉山遺跡の発掘調査について報告があった。
・藤村氏のコレクションを実見した(総点数約1300点)。
・上高森遺跡・座散乱木遺跡・馬場壇A遺跡・原セ笠張遺跡の出土資料を実見し、ガジリ・褐鉄鉱付着・摩滅・加熱痕など今後の検討が必要なものをピックアップした。
・出土資料の検討後、今後の方針等について意見交換が行われた。
■第6回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会準備会の概要
日時:2001年5月19日(土)午後2時30分〜4時30分
場所:駒澤大学大学会館2階2−1
・戸沢委員長より、特別委員会準備会のこれまでの活動を総括する見解が示され、その内容を含む文章を委員長が会報に執筆することになった。
・福島県安達町一斗内松葉山遺跡の発掘調査について報告があった。
・特別委員会の今後のスケジュールについて、以下のように決定された。
(1)第1回特別委員会は6月10日(日)に開催される。
(2)第1回特別委員会のメンバーは、委員就任を承諾した準備会委員に、総括部会のメンバーとなる予¥定の10人程度の委員を加えることになった。
(3)特別委員会委員の公募の〆切は6月末とする。
・特別委員会の立ち上げまでの間で緊急課題が生じた時には、戸沢委員長が中心となって対応することが承認された。
■前・中期旧石器問題調査研究特別委員会の設置要綱
1.設置の趣旨
2000年11月に発覚した、いわゆる「旧石器発掘捏造事件」の事実関係を解明し、この問題に対する社会的疑惑と不信を払拭するとともに、日本列島の人類文化の起源にかかわる前・中期旧石器時代研究の深化・発展を、全学界的立場で期するため、日本考古学協会会則第6条の規定に基づき、特別委員会を設ける。
2.名称
この特別委員会の名称を「前・中期旧石器問題調査研究特別委員会」とし、必要に応じて「旧石器問題特別委」と略称を用いることができるものとする。
3.委員の委嘱と委員長の選任
特別委員会委員は日本考古学協会会長が委嘱し、委員長は特別委員会委員の互選とする。
下記各部会の委員の補充等については、自薦、他薦をふくめて特別委員会の議を経てこれを行い、協会委員会にそれを報告し、会長が委嘱する。
なお、この特別委員会は課題の性格上、自然科学等関連諸科学の協力が不可欠なことから、日本考古学協会員以外の研究者を委員に加えることができるものとする。
4.特別委員会の組織
特別委員会は、同委員会が必要と認める調査・研究の課題に対応する「総括部会」と複数の「作業部会」をもって構¥成するものとする。
総括部会および各作業部会には、それぞれ1名の代表¥者をおく。
総括部会は、特別委員会委員長が委嘱する委員と各作業部会の代表¥者をもって構¥成する。
5.特別委員会の会議
総括部会をふくめた各作業部会は必要に応じて会議をもつ。
特別委員会の全体会議は年2回を目途に開催し、活動の経過や成果を総括し、会員および広く一般にそれを公開することとする。
6事業計画年度
本特別委員会の事業は、当面2001年(平成13)5月から2004年(平成16)4月までの3ヶ年とし、その年度計画終了時に特別委員会改廃をふくめて再審議するものとする。
■第1回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の開催(概要)
日時:2001年6月10日(日)午後2時〜4時30分
場所:早稲田大学文学部第1会議室
・開会にあたって、甘粕健会長から挨拶があった。
・戸沢充則準備会委員長より、準備会の活動の総括が行われた。
・本委員会設置要綱に基づき、戸沢充則氏を委員長に選出した。
・北海道・宮城・山形・岩手・埼玉・東京・福島など各地の動向について、関係する委員から報告があった。
・本委員会の組織案についての原案が検討され、総括部会の下に以下のような作業部会を設置することを決定した。第1作業部会(遺物検証)・第2作業部会(遺跡検証)・第3作業部会(検証技術の開発)・第4作業部会(型式研究)・第5作業部会(研究方法論の研究)
・なお、作業部会に新たに加えるべき委員は各部会で原案を作り、委員長が調整する。
・委員長を補佐する副委員長2名を置くことが承認された。副委員長には、小林達雄・春成秀爾両氏を選出した。
・作業部会の運営上の事務処理は各部会で行う。
・2002年度科学研究費の申¥請のために、各部会で研究課題を提出することになった。
・公募の委員については6月末に〆切、7月28日の委員会の議を経て、特別委員会で決定することにした。
2001年5月19日の第67回総会において「前・中期旧石器問題調査研究特別委員会」の設置が承認されました。今後、本委員会の活動の概要をお知らせすることに致します。なお、ホームページへの掲載はできるだけ迅速に行うつもりですが、議事録の確定や原稿の作成などにある程度時間がかかることをご了承ください。
■第2回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の概要
日時:2001年6月30日(土)・7月1日(日)
場所:山形県尾花沢市共同福祉施設
・6月30日に山形県尾花沢市袖原3遺跡を現地見学。その後宿舎にて、袖原3遺跡、北海道総進不動坂遺跡出土資料の検討を行う。
・7月1日は、袖原3遺跡現地見学の総括ならびに出土遺物観察結果の総括を行う。
・宮城県上高森遺跡の検証作業を早期に実現すべく、県教育委員会等との協議を進める。
・藤村コレクションのカタログ作りを実施すべく、特別委員会第1作業部会、宮城県考古学会、東北旧石器文化研究所との協議、調整を急ぎ進める。
・北海道総進不動坂遺跡の再発掘は8月下旬に実施の予¥定。
・各作業部会の構¥成と作業スケジュールの確認。
・日本考古学協会2001年度盛岡大会開催時に、各地の検証作業の報告を計画する。
■前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の構¥成
委員長:戸沢充則
副委員長:小林達雄・春成秀爾
委員:安蒜政雄・稲田孝司・小田静夫・小野昭・小畑弘己・菊池強一・菊池徹夫・
佐川正敏・佐藤宏之・渋谷孝雄・白石浩之・辻秀人・鶴丸俊明・萩原博文・
馬場悠男・町田洋・松藤和人・矢島國雄
前・中期旧石器問題調査研究特別委員会各作業部会の構¥成
(*は部会長)
第1作業部会
(遺物検証)*小野昭・大沼克彦・菊池強一・久保弘幸・佐藤宏之・佐藤良二・
佐川正敏・竹岡俊樹・鶴丸俊明・春成秀爾・御堂島正・山田晃弘
第2作業部会
(遺跡検証)*白石浩之・阿部祥人・稲田孝司・大竹憲昭・菊池強一・木村英明・
小林達雄・佐川正敏・渋谷孝雄・諏訪間順・辻秀人・戸田哲也・
藤原妃敏・山口卓也・山田晃弘・柳田俊雄
第3作業部会
(検証技術開発)*矢島國雄・小野昭・中村由克・藤田尚・町田洋
第4作業部会
(型式研究)*松藤和人・伊藤健・小畑弘己・角張淳一・砂田佳弘・竹花和晴・
中川和哉・西秋良宏・萩原博文・藤波啓容・藤野次史・麻柄一志
第5作業部会
(研究方法論研究)*安蒜政雄・石橋孝夫・植田真・岡安光彦・織笠昭・坂井隆・佐々木和博・清水宗昭・勅使河原彰・平口哲夫
■7月7日〜14日 第2作業部会委員8名が、各自で袖原3遺跡の現地検証を行う。
■7月18日 小野昭第1作業部会長が、仙台に赴き、宮城県考古学会、東北旧石器文化研究所等とともに、藤村コレクションの確認と、資料化作業の打ち合わせを行う。
■7月19日 第2作業部会委員11名が、埼玉県長尾根北遺跡、小鹿坂遺跡の現地検証を行う。
■7月27日 第1回委員長・副委員長・部会長会議(於明治大学)
・6月末までに応募のあった特別委員会委員応募者の、各作業部会への編成を検討する。
■7月28日 日本考古学協会7月定例委員会(於日本考古学協会事務所)
・北海道総進不動坂遺跡の再発掘にあたり、協会委員会に派遣要請があり、委員会から高橋正勝委員が、特別委員会から白石浩之委員・鶴丸俊明委員が加わることを了承する。
■8月28・29日 第2作業部会委員3名が、北海道総進不動坂遺跡の現地視察を行う。
■9月12日 第2回委員長・副委員長・部会長会議(於明治大学)
・宮城県考古学会より上高森遺跡の検証発掘についての協力依頼があった。
・各作業部会の進捗状況の報告および今後の予¥定について協議した。
■9月23・24日 第1作業部会が、東北歴史博物館において、藤村コレクションの調査ならびに上高森遺跡・馬場壇A遺跡・座散乱木遺跡の資料の検討を行う。
■第3回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の概要
日時:2001年9月29日(土)
場所:日本考古学協会事務所
・藤村新一元会員との面談結果について。
・上高森遺跡検証発掘調査団への調査委員ならびに指導・助言委員の派遣について協議。
・各作業部会の進捗状況の報告と今後の予¥定について。
・第1回全体会議および盛岡大会時の報告・展示について協議。
・2002年度科学研究費補助金申¥請の課題整理について。
■第1回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会全体会議の概要
日時:2001年10月6日(土)
場所:盛岡市民文化センター会議室
・5月以降の特別委員会の活動報告。
・各作業部会の活動状況と今後の課題等について協議した。
・藤村新一元会員の捏造の告白について報告された。
・捏造告白は検証のための一情報にすぎないと位置づけ、また告白の有無にかかわらず、今後とも必要な学術的検証を続けることを確認した。
■日本考古学協会2001年度盛岡大会前・中期旧石器問題調査研究特別委員会報告
・これまで検証作業を実施してきた総進不動坂遺跡・袖原3遺跡・一斗内松葉山遺跡の報告を行う。
・5月以降の特別委員会の活動報告。
・藤村新一元会員の捏造の告白について報告された。
■「旧石器問題」の検証はどこまで進んだか
−日本考古学協会2001年度盛岡大会での報告全文−
2001年10月7日
前・中期旧石器問題調査研究特別委員会委員長 戸沢充則
特別委員会、委員長の戸沢です。まずはじめに、非常によく計画され、準備された本大会のスケジュールの中に、この特別報告会を割り込ませていただき、大会実行委員会に、大変ご迷惑をおかけしたことと思います。関係者の皆様に心からお礼を申¥しあげます。ありがとうございました。
検証に向けた全学界的取り組み
早速、報告に入ります。特別委員会の一般経過報告に関しましては、お手元の冊子の15頁以下(ホームページに掲載済み)を参照していただくことにして、ここでは説明を省略させていただきます。
ただ、この間の特別委員会の活動をふくめて、昨年末以来のこの問題への取り組みの推移をみますと、全国の研究団体、研究者同士、さらに自治体や関係機関等々、相互の間で、協力、協調の関係が促進され、多くの場面でその成果が目に見えたことは、大変喜ばしいことであり、問題の正しい解決のためには、きわめて大事なことと考えます。
複数の団体や関係機関が、共同で、あるいは協力してシンポジウムを開いたり、今まで行われた遺跡の再発掘などには、実施主体の自治体の要請に応じて、特別委員会の委員を含む、多くの日本考古学協会員が調査に参画し、協力いたしました。
また会員諸氏においては、協会委員会の呼びかけに応じて、活動資金の募金に積極的に協力され、270万円以上に上る醵金をいただいております。
以上、概略を申¥しあげましたが、特別委員会委員長としては、すべてを併わせて、深く敬意を表¥すところであります。と同時に、今回の事件で大きく信頼を失した日本考古学の信頼を、一日も早く回復するためには、こうした学会内の結束、関係機関との緊密な協力関係を、ますます強化しなければいけないと痛感いたします。
検証発掘の結果と課題
次に、これまで行われた、検証のための再発掘調査についてふれておきたいと思います。
本日は、一斗内松葉山、袖原3、総進不動坂の3遺跡について調査の担当者から直接報告をしていただきました。その内容は繰り返しませんが、今日、報告のなかった東京都多摩ニュータウンNo.471-B遺跡、そして埼玉県秩父の遺跡群の再発掘を伴う検証の経過とその結果は、私達に貴重な体験として記憶され、また改めて、考古学の発掘調査のあり方という点でも、今後に生かすべき反省の素材を提供したものと思います。
これらの検証調査の結果全体をみれば、検証発掘を一つ進めれば、それだけ疑惑が強まるーわかりやすい表¥現を使えば、「グレー」の強さが増えることがあっても、「シロ」が新たに加わることは皆無であったという一予¥想を上回る厳しい現実を知らなければならなかったというのが、現状での認識です。
また、特に所見を加えるならば、たとえどんなに厳密に再発掘や検証を行っても、「クロ」か、「シロ」か、を100%実証することは、ほとんど不可能¥ではないかということを、改めて経験することになったという点も、率直に実感します。そのために今後はあらゆる可能¥な手段を活用して、目標をしぼった検証作業を行い、複合的・総合的に判断できるよう、早急に各作業部会等の活動を進めたいと考えます。
作業部会の活動状況
次に、作業部会のいままでの活動と、今後の取り組みの方向性について、概要を申¥しあげます。
○第1作業部会(石器検証)は、9月22・23両日、宮城県考古学会と合同で、藤村氏が昨年段階で捏造を告白した上高森遺跡の石器(展示中)をさらに厳密に検証し、その基礎データに基づいて他の疑惑遺跡のものと比較検証を拡げています。また、同じ検証会で、藤村コレクション、および座散乱木、馬場壇Aの石器などを検証し、それらに多くの疑惑の点が指摘できるという、報道発表¥をしたことは、周知の通りです。これについての、正式な報告は今後のことと承知しています。
○第2作業部会(遺跡検証)は、今までに行われた再発掘遺跡の視察や観察を独自の立場で、第三者的に公正な立場で行ってきましたが、そのレポートの作成を進めている段階です。そうした疑惑の遺跡の検証と並んで、今後の研究の基礎につながる可能¥性のある遺跡についての再検討、再評価に向けた作業を進める方向性も、具体的な検討に入っています。
○第3作業部会(自然科学との連携)は、いままで自然科学分野の研究者に依存してきたような自然科学的分析などを、考古学が主体的に構¥想し、検証のみならず、将来につながる研究の基礎を作るため、関係自然科学関連学会、研究者との検討を近くはじめることになっています。当面、明年度以降の研究基盤を確保するための科研費申¥請のためのプロジェクトの構¥想の策定を急ぎます。
○第4作業部会(型式学的検討)は、いままでの特にいま問題の前・中期旧石器の型式学的分析の不備を反省し、広い視野にたった方法論の再構¥築と、当面、疑惑石器の検証のための縄文時代のものをふくむ、ヘラ状石器の分析を進めているところです。
○第5作業部会(研究史・方法論)では、前・中期旧石器をふくむ、日本の旧石器研究の研究史と方法論の整理と総括を行い、今回の事件の背景となった研究体制や社会状況などを洗い出すための、いくつかのテーマを分担して、その作業に入ったところですが、あとで述べる今回の緊急事態を踏まえて、教科書や学校などの歴史教育の混乱に対応する、学会としての責任ある対応、見解を示すための検討を、早急に進めることとして、昨日の特別委で、各部会の協力も得て、そのことに取り組むことにいたしました。
以上が各部会の活動状況の概況報告ですが、そのそれぞれの成果については、来春の日本考古学協会総会において、各部会から詳細な報告がなされることになろうかと考えています。
藤村新一氏との面談の経過と内容
さて次に、今年5月以来、5回にわたって、私が藤村新一氏と面談を重ねてきた経緯とその内容について、その概要を報告いたします。
予¥め申¥しあげますが、藤村氏は現在も、「心身のバランスを崩すある病気」で、国内の某病院に入院加療中であります。当人の人権・人格を守るために、そのことに関わる内容については避けて報告することになります。また、報道の皆さんが、そのことについて、今日の私の報告以上のことを追求されること、藤村氏との接近をはかるようなことは、人道上の立場から、厳につつしまれるよう、私からこの場で強く要請しておきたいと存じます。
【面談の様態】
私と藤村氏との面談は、5月23日、5月30日、7月25日、9月13日、9月26日の5回行われました。面談時間は1時間ないし1時間半の範囲の短時間でした。面談には常に主治医と藤村氏の弁護士が立会い、私からも藤村氏に発言を強要するようなことはなく、特に病状の変化については、主治医の助言と指示を受けながら、細心の注意を払って面談を進めました。そのため、全体として、藤村氏の自由な発言を、こちらで聞き取るという形であり、重要な告白について、こちらで反問、確認するということも十¥分に行わない状態で今日まで経過しています。
【第1・2回面談】
第1回(5月23日)、第2回(5月30日)の面談は、昨年末以来の学会等での検証活動の経過や状況を、簡潔に説明した以外では、藤村氏の話を中心に聞き、彼の心を開かせ、私との面談のしやすい雰囲気を作ることに、ほとんどの時間が費やされたといっても過言ではありません。
しかしその中で、藤村氏は学界や社会、それに一緒に仕事をしてきた仲間たちに、自ら起こしたことの責任を詫び、私(特別委員会)の調査に協力したいということを、2回の面談のたびに明確に述べました。立ち会った主治医も、それは藤村氏の本心として受けとってもいいと思うという助言をされています。
【第3回面談】
7月25日の第3回面談は、ちょうど袖原3遺跡の再発掘の結果が調査団から発表¥された直後のことでした。私からもその結果を具体的に説明した後、ノートを手にしてまず、すべてを話したいという心境をるる述べました。そして、袖原3での捏造の証拠を認めた後、藤村氏はノート(あるいはメモ)を手にしながら、秩父の遺跡について、苦悶の表¥情で、捏造をボソ¥ボソ¥と話し始めたのです。しかし極度の緊張のためか、こちらの簡単な質問にも対応できぬ状態になったため、主治医の助言もあって、それ以上の話は進められなくなったのです。
【いわゆる「藤村メモ」】
その後、8月16日付で、主治医から、「藤村氏が第3回面談で話したかった遺跡名のメモだといって渡されたもの」という趣旨の説明の下に、一枚の手書きのメモが送られてきました。このメモは次回の面談(9月13日)のとき、ワープロに打ちなおされて、さらに数遺跡の追加が加わって、改めて直接、藤村氏から手渡されました。したがって藤村メモというのは、都合2件あるということになります。
【第4回面談】
第4回(9月13日)の面談は、前回の面談の際の後半の混乱を再現しないよう、予¥め文書で質問事項を藤村氏に示しておいてから、間をおいて逐次藤村氏の話を、やや時間をかけて聞いた方がよいという主治医の勧告に基づいて、私の方で質問事項を10項目にまとめ、それを直接手渡して、質問内容の趣旨を説明し、それへの回答を要請するという目的の面談でした。
その目的を達して、早々に引き上げるつもりのところ、藤村氏の方から、今日お話したいことがあるといわれて、私にとってはまことに突然、唐突という感じの中で、1981年の座散乱木遺跡のことが語られたのです。10〜15分ほどの話を一応聞きましたが、あまりのことに、私も冷静さを若干失い、ドギマギしましたが、今日渡した質問書にもあるから、次にきたとき、正確に聞きたいということで、その日の面談は終わりました。
【第5回面談】
そして、現在までのところ、最終にあたる第5回目の面談は、9月26日に行われました。今日からさかのぼって数えてもわずか11日前の、ごく最近のことだという点を、どうぞご記憶ください。
その日は、前回、2週間前に渡した質問事項の、一つ、二つについて話を聞ければよいという予¥測で行ったのですが、藤村氏は自分の作ったメモ(文章)を用意して、それを読み上げるという形で、かなり長時間に渡って、10項目全体に渡って、内容の精粗はありますが説明を行いました。
【新聞報道の波紋】
まことに、衝撃的で重大な告白でした。その聞き取りのこちら側の記録等もある程度整理して、ちょうど、今日の大会の特別報告会等の準備のため設定していた9月29日の本特別委員会総括部会に、この重大な告白の内容を報告し、事後の措置や、大会での報告の仕方などをはかる予¥定でいたところ、9月29日朝刊でのスクープ報道が流されてしまいました。
特別委員会としては、委員長名で、こうした混乱を巻き起こす報道に対して、きわめて遺憾であるとの緊急の見解を、報道各社に、即日配信したのですが、そのことを伝えた新聞、テレビ等は私の耳目には全くとまりませんでした。改めて遺憾の意を、今日ここで表¥明しておきます。
予¥想通り、報道をうけて、全国の関係機関、自治体、そして地域住民の皆さんに大変な混乱を引き起こし、多大な迷惑や怒りを引き起こしました。特別委員会に対するお叱りも耳に痛いほど承りました。委員長として、情報管理や委員会運営に甘さがあったことは私の責任であり、会員および今まで協会の検証作業等に全幅のご協力をいただいた全国の関係自治体等の皆様に深くお詫びします。
捏造告白遺跡名の公表¥
委員会としてはこの事態をふまえ、藤村氏告白の確認作業が不十¥分なままで、まことに不本意ながら、この大会直前の1O月5日までに、各道県教育委員会、発掘主体者、関係自治体のすべてに、藤村氏の告白で何らかの形で名が出た遺跡名を、協会および特別委員会の正式文書として、個別に通知を出したことも併わせてご報告しておきます。
ここで改めて、告白のあった全遺跡名を公表¥いたします。
北海道:計4遺跡総進不動坂、下美蔓西、天狗鼻、美葉牛
岩手県:計2遺跡ひょうたん穴、沢崎
宮城県:計14遺跡座散乱木、馬場壇A、高森、上高森、
中島山、高山館2、青葉山E、沢口、
薬莱山No.39、薬莱山No.40、安養寺2、
大谷地(II)、前河原前、蟹沢II
山形県:計6遺跡袖原3、袖原6、上ミ野A、山屋A、浦山、金沢山新堤2
福島県:計2遺跡原セ笠張、一斗内松葉山
群馬県:計3遺跡下川田入沢、赤見峠、中山峠
埼玉県:計11遺跡小鹿坂、長尾根、長尾根北、桧木入、
十¥三仏、並木下、音楽堂裏、中葉山?、
万願寺、寺尾I、寺尾II
公表¥内容等についての見解
以上の報告に関係して、学界として、また研究者として、最も重要と思われる、特別委員会および委員長の見解を付言しておきます。
1.今のわが国の法体系のもとで「自白は即証拠にならない」また「疑わしきは罰せず」という常識というか、法の精神があります。今回、特別委員会としてやむをえない事情の下に公表¥した遺跡名は、すべて、いわば自白にとどまるもので、学会として、それらを確実な証拠として提示できるものでないことを確認しておきたいと思います。
2.そのような認識に立つならば、全学界的に取り組んでいる検証は、これからが本番、正念場として、特別委員会は活動を強化したいと考えます。宮城県考古学会を主体とした上高森の発掘は当面の大きな取り組みだと捉えます。会員の積極的な参画と支援を心からお願いするところです。なお、この際、報道機関においても、協会の意とするところを理解され、冷静な取材、報道を通じて、ご協力くださるよう強く要望します。
3.最後に付け加えますが、今日にいたるまでのさまざまな形での検証作業に、特にお名前はあげませんが、今までの前・中期旧石器の発掘に藤村氏と共にもっとも深くかかわった方々から、これまで、学会、その他の検証作業に必要な資料の提供などの点で積極的、献身的ともいえる協力を受けていることを、特にここで申¥しあげておきます。
以下は、私の個人的な感想としてお聞き流しいただいて結構¥ですが、藤村氏もまた、人間同士の関係で、私にとっては検証作業の大切な協力者だったと思っています。
考古学は、あるいは考古学研究者は、人類数百万年の歴史の研究を通じて、明日のよりよい人類史を展望し、その新しい時代に一つの指針を与える学問的責務を持っています。
今回の未曾¥有の学問的危機をはらんだ問題を、みんなで一体となって、社会にも認知される正しい解決をはかり、この事件の反省をバネに21世紀への日本考古学存立の基盤を確固にすることを強く訴えて、私の報告を終わります。
■第4回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の概要
日時:2001年11月8日(日)
場所:宮城県築館町ホテルグランドプラザ浦島
・会議に先立ち、上高森遺跡の検証発掘の状況を現地見学した。
・盛岡大会およびこの間の自治体・関係機関・マスコミとの対応についての経過報告があった。
・上高森遺跡の検証発掘の状況報告と調査団の総括的な見解に対する意見交換が行われ、調査団の見解を基本的に了承した。
・座散乱木遺跡の発掘計画について、文化庁との協議のいきさつ、および協会が発掘調査を行うことについて持ち回り審議による委員会の承認を得たことが報告された。
・発掘調査の予¥算については、科学研究費の特別研究促進費を申¥請し、検証に関わる調査を来年4月末から約1ヶ月間、補足調査を夏休みに行うように準備をすすめ、調査団の編成案を総括部会で審議することになった。
・各部会長から今後の活動予¥定について報告があった。
・2002年度協会総会では、5月26日の午後に検証発掘の報告および各作業部会の報告をもとにしたシンポジウムを行う案が了承された。
・総会の前後約2〜3週間の期間で、明治大学考古学博物館において、前・中期旧石器問題関連資料の特別展示を、協会と明治大学の共催で開催するという案がだされ了承された(なお、この特別展示は、その後、諸般の事情により中止になった)。
・藤村氏が捏造を告白した遺跡に関して、関係自治体にその扱いについてアンケートを行うことが承認された。
■第5回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の概要
日時:2001年12月25日(火)
場所:日本考古学協会事務所
・座散乱木遺跡の発掘調査計画について審議が行われ、次のような方針に沿って、今後文化庁はじめ関係機関と調整した上で進めていくことを確認した。
・文化庁・地方自治体等の関係機関との緊密な協力関係を前提に、日本考古学協会と地域研究団体の研究者等を中心にした調査体制を確立し、当該遺跡の学術的真実を明らかにするための発掘調査を含む検証調査を実施する。
・発掘は当面、藤村氏の告白等に関する検証を目的として、2002年4月から5月にかけての日程で実施する。あわせてこれまでの出土資料・調査記録類などの詳細な点検も行う。
・調査指導委員会と調査団を併設する体制をとり、調査指導委員会は、日本考古学協会、地元研究団体が推薦する委員の他、関係機関、特に文化庁、宮城県、岩出山町の関係者が参画することを考慮する。
・調査団は地元の研究者を核として構¥成するが、全国の研究者、大学等諸研究機関の研究者、院生などの積極的な参加協力を求める。また、自然科学分野(特に地形、地質、土壌学等を含む)の研究者を調査指導委員会および調査団に加える。
・上記をサポートするための事務局体制の強化を考慮する。その場合、地元自治体の協力を十¥分受けられるようにする。
・委員からは、計画段階から関係機関と緊密な連絡を取る必要があること、調査指導委員会と調査団は、今回は特に日本考古学協会の責任体制を示す構¥成を考え、その点について、地元研究者との相互理解をはかる努力をすることなどの意見が出された。
・1月中旬を目途に調査指導委員会、調査団の人選を進めることとなった。
■第6回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会拡大総括部会の概要
日時:2002年3月24日(日)
場所:日本考古学協会事務所
・会議に先立ち、座散乱木遺跡発掘調査問題を検討するため、科研メンバーを加えた拡大会議とすることが了承された。
・前回の総括部会以降に行われた部会長会議、および座散乱木遺跡の発掘調査に関わる経過について報告があった。
・以下のような座散乱木遺跡発掘調査の計画案が説明され、了承された。
(1)調査指導委員会を設置し、委員長は戸沢充則特別委員会委員長、副委員長は委員の互選とする。
(2)調査指導委員会の下に調査団を置き、団長は小林達雄特別委員会副委員長、副団長は佐川正敏特別委員会委員・矢島國雄同委員とし、調査員は特別委員会・宮城県考古学会・宮城県教育委員会等から派遣する。また、調査にあたっては、文化庁記念物課、過去の調査関係者から協力を得る。
(3)調査期間は4月下旬から約1ヶ月半とする。
(4)調査は過去の発掘調査の検証を第一の目的とするが、遺跡全体の内容の評価のために未調査部分へ調査区を拡張する。
(5)関連分野の協力を得て、自然科学分析を実施する。
・2002年度総会における特別委員会報告の基本的な考え方、および各部会の活動経過および総会における特別委員会報告の概要、総会における特別委員会報告の予¥稿集の体裁、刊行スケジュール、総会時の特別委員会のスケジュールが提案され了承された。
・捏造事件の関係者の説明責任をめぐって議論が行われ、委員長・副委員長で協議することが了承された。
・今後、日本考古学協会に「倫理綱領」を制定するかどうかをめぐって、議論が行われ、この件については、協会委員会の議論をまつことになった。
・岩手県ひょうたん穴遺跡・金取遺跡をめぐる状況について報告があった。
■第2回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会全体会議の概要
日時:2002年5月24日(金)午後1時〜5時
場所:東京都立大学人文学部棟地下1階大会議室
・第1回全体会議(盛岡大会)以後の特別委員会の活動について、総括的な報告があった。
・進行中の座散乱木遺跡の発掘調査について、小林団長、佐川・矢島副団長より経過および直前までの調査結果について報告があった。
・26日の特別委員会報告として行う、各作業部会の中間総括について、各作業部会長から報告が行われ、翌日の報告内容等について確認した。
・特別委員会の今後の活動とその進め方等について若干の意見交換を行った。
■第7回前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括部会の概要
日時:2002年5月26日(日)午前10時〜12時
場所:東京都立大学人文学部棟1階134演習室
・前日の全体会議を受け、報告内容等の最終確認を行った。
・終了後の記者会見、および会長声明等に関して協議した。
■日本考古学協会第68回総会前・中期旧石器問題調査研究特別委員会報告
・2000年11月の発掘捏造発覚以来の日本考古学協会の、この問題に対する取り組みの報告を行う。
・埼玉県の検証作業結果報告・上高森遺跡の検証発掘調査報告ならびに、発掘調査中の座散乱木遺跡の経過報告を行う。
・各作業部会による、検証調査の中間報告を行う。
・2001年度の特別委員会活動の総括を行う。
■前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括報告
−日本考古学協会第68回総会「旧石器問題特別委報告」での口頭発表¥全文−
2002年5月26日
前・中期旧石器問題調査研究特別委員会委員長 戸沢充則
はじめに
これより、前・中期旧石器問題調査研究特別委員会(以下、特別委)の2001年度活動報告に関するまとめを行います。
いうまでもなく、この報告は、一年有余にわたる特別委委員55名の共同作業の結果によるものであり、その点で、終始献身的な努力を惜しまれなかった委員諸氏に委員長として、心からの感謝と敬意を表¥します。
それと同時に、本特別委の活動を物心両面で支援された日本考古学協会の全会員、さらに、具体的な調査活動のそれぞれの局面で、多大のご協力とご理解を賜った地域住民の皆さん、関係自治体や行政機関、また関連学会の関係者等に、この場を借りて厚くお礼申¥し上げます。
未曾¥有の事件で、我々の活動も試行錯誤の繰り返し、幾多の紆余曲折がありましたが、今日、この一年の総括の中で、全学界員、関係諸機関が、互いの信頼関係のもとで、一致して取り組む体制を持つことができた、ということを確認できるのを、委員長としては、最も大きな喜びとするところであります。みなさん、本当にご協力ありがとうございました。
1.検証調査の内容について
この一年間の、特別委を中心として行われた活動は、旧石器発掘捏造という疑惑について、その事実関係を明らかにするという、いわば「検証調査」に、活動の重点がおかれてきました。
その経過、あるいは結果につきましては、この前に行われた3件の検証発掘の報告、そして特別委各作業部会の報告、そして、このたび公刊された『日本考古学協会前・中期旧石器問題調査研究特別委員会報告(II)』(予¥稿集)掲載の資料によって、その詳細を知っていただけるものと思います。かなり膨大で多岐にわたる報告内容のうち、いくつかのポイントになる点を、以下、要約し、若干の説明を加えます。
(1)遺跡の検証発掘
このことについては、今までに、福島県一斗内松葉山、山形県袖原3、埼玉県秩父の遺跡群、北海道総進不動坂、宮城県上高森、同座散乱木の6ヶ所で実施されています。座散乱木のように、調査継続中のものもありますが、すでに報告書が発表¥されている遺跡については、前・中期旧石器遺跡としての評価といいますか、最終判断といいますか、その点の見解は、その表¥現にそれぞれニュアンスの違いはありますが、特別委第2作業部会が述べておりますように、それらの検証発掘の結果では、確実な前・中期旧石器時代の遺物や遺構¥は全く発見されず、捏造の痕跡のみが明瞭に認められた、というのが厳然たる結果であります。
藤村新一氏が関与して発掘された遺跡は33遺跡(文化庁調べ)といわれています。そのうち検証発掘が実施されたのは、全体の中の一部に過ぎませんが、その多くは、今までの研究の中で重要な位置付けをされてきた遺跡であること、特に藤村氏告白のあった遺跡で、捏造が実証されたという点を加えれば、今までの検証発掘の結果は、決定的に重大なものと受け取るべきものだと理解します。
(2)石器の検証調査
本特別委の第1作業部会、および関係の機関・個人(調査担当者等)が調査の対象とした資料は、藤村氏の告白したものを主に28遺跡、検討した石器は、その当該遺跡出土のほとんど全資料にあたる1,100点以上にのぼります。この数字も藤村氏関与の資料の全部には当たりませんが、いわゆる「重要遺跡」といわれたものの多くを含んでいます。
その結果、検証された遺跡単位の資料群の中には、どの遺跡の例でも非常に高い割合で、正常な出土状態の遺物にはありえない不自然な傷などがついた石器が含まれていることが明らかとなりました。その点についての評価の表¥現は、それぞれの調査者によって違いがありますが、総じていえば、第1作業部会が示したように、「検討した資料は学問的資料としての要件を根本的に欠くといわざるを得ないと判断される結果」というものでした。
これに加えて、第4作業部会が行った前・中期旧石器の指標とされてきた3種の石器と縄文時代の石器との型式学的な比較研究では、まだ中間報告とはいえ、量の多少を問わず、いずれも東北地方の縄文時代の石器の中に類品を見出すことが可能¥という結論を示している点も、重要な検証の視点といえます。
なお、第1作業部会が実践した石器検証の基準は、他の機関等による検証にも適用され、すべての石器の検証は、同一基準で実施されましたが、これは今後、旧石器、縄文、それ以降の時代の遺跡発掘現場等で活用されるべきマニュアルのひとつとされても良いと考えられます。
(3)藤村氏捏造行動の検証
第5作業部会は古い記録、メモ、証言などの情報を収集して、1970年代前半からの長期にわたる藤村氏の捏造行為があった可能¥性を指摘しました。それに加えて本予¥稿集に収録した東北旧石器文化研究所による同じ方法でのレポートでは、遺跡の発掘現場における不審な行動を調査参加者などの証言を加えて捏造の状況証拠として示し、さらに栗島氏のレポートは秩父の遺跡での、いわば藤村氏の驚くべき巧妙な捏造の手口を、記録等に基づいて再現しました。
これらの報告は、現在では、現場で実際には実証できない状況証拠というべきものですが、憶測とか、推測という以上の、相当に真実性を持った証言として受け止めてよいと思っております。
2.検証調査にもとづく判断
特別委が、昨年5月の総会時に、「向後1ヵ年を目途に、一定の判断を示すことがで