皆様ご存じのこの件である。
スマイリーキクチのブログ炎上19人検挙! by 朝日新聞
以前見た記事では、「義憤にかられて」とか「犯罪者が芸能¥活動してるなんて許せない」とか、そういった感じの言葉が載ってました。
ソ¥ースが見つからなかったので、記憶が頼りなのですいませんm(__)m
さて、ここからは仮定の話である。
噂¥を信じて、「犯罪者を許せない」と良心的に考えて、行動(批判・非難)した人がいます。
逆に噂¥を信じず、「批判者の非難を許せない」と良心的に考えて、行動した人がいます。
当然のことながら、両者は衝突しました。
双方とも良心から発した行動です。
この場合、『良心>法』の社会では、どのように解決するのでしょうか?
かの大先生に是非ともお聞きしたいところ(*ΦωΦ)y―¥‾‾
解その1 裁判所の判断に委ねる。
問題点:裁判所は当然ながら法に基づいて審判をします。
つまり、裁判所の審判を受けた時点で、どちらかの良心が法で裁かれることとなります。
『良心>法』の社会では、許されない行為ですので、これは不可。
解その2 第三者の判断を求める。
問題点:他人の判断、良心的な判断を求めたいところですが、この社会は「良心が最上のもの」です。
当然ながら、他者の良心も尊重されなければいけません。
なのに、第三者の裁定となると、どちらかの良心が間違っているとされます。
といわけで、「良心が最上のもの」とされなくなるので、この社会ではアウトです。
解その3 決闘・じゃんけん・くじetc
良心的に考えて、こんな方法はダメだろう(*ΦωΦ)y―¥‾‾
ウリ的には良心が衝突した場合、『良心>法』(良心が最上とされる)社会では、解決法がないと思いますが、いかがでしょうか?
そういや誰から聞いたのか知らないが、最近結果責任という言葉が好きな模様。
良心から出た行動で、結果として罰を受けると言いたいのでしょうが、良い心から発した行動は当然良い行動であるべきで、罰を受けるというこは悪い行動となり、結果的に良心ではないということになる。
ああ、わかりづらい(*ΦωΦ)y―¥‾‾
結果責任であろうが何だろうが、法で裁かれる以上『良心>法』の社会では許されないこととなります。
そこで、『良心>法』が成り立つ社会を考えてみました。
まず大前提が、その社会に暮らす人間は全員同一の良心を持っていることです。
詳しく言うと、「すべての者が、ある現象に対し、どのような立場から見ても、同一の感想・同一の感情を持ち、同一の行動を取ることができる社会」です。
また、良心が統一されなければなりません。
誰か一人、絶対的良心を定めて、すべての人間がその良心を持たなければいけません。
詳しく言うと、「すべての人間が絶対手的良心の持ち主と同じ考え方・同じ感情を持って行動する社会」です。
まとめると、「すべての人間の感情を禁止し、ひとつの事象に関して、絶対者からの感情・感想・思考を即座に受け取り、絶対者の思う通りに行動する社会」ですね。
ここまでやれば良心の衝突は決して起こりません。
…………………………これ、なんてファミコンRPG?(*ΦωΦ)y―¥‾‾
個人的感想を言えば、『良心>法』などという主張なぞ、「法を守りたくない」・「他人に従いたくない」という厨二病的な考え方に過ぎない。
子供が言ってるのならまだしも、いい大人がこういうことを言ってるなら、ただの精神異常者か犯罪者である。
もし真剣に信じているなら、無政府主義者の無法者ということだ。
社会不適格者として、社会が存在しない場所で暮らせばいいと思う(*ΦωΦ)y―¥‾‾
小話が着々と絶筆中で、のほほんとしている黒猫でした(*ΦωΦ)y―¥‾‾