「12歳」発言
民主主義の成熟度について「アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだある」と述べた。これは成熟した民主主義をもちながらファシズムに走ったドイツのケースと日本のケースを比較し、新生日本を擁護した文脈であった。しかしながら、“12歳”という部分だけが取り出され、現在に至るまで“日本の未熟さ”について「日本人の精神年齢が12歳程度」と侮辱したかのような解釈を受け続けている。
そもそも、上記「12歳」発言は、1951年5月5日に米上院軍事外交委員会において上院議員R・ロングが行った「日本とドイツの占領の違い」に関する回答として行われたものである。マッカーサーは次のように回答した。
1.科学、美術、宗教、文化などの発展の上からみて、アングロ・サクソ¥ン民族が45歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人もそれとほぼ同年齢である。
2.しかし、日本人はまだ生徒の時代で、まだ12歳の少年である。
3.ドイツ人が現代の道徳や国際道義を守るのを怠けたのは、それを意識してやったのであり、国際情勢に関する無知のためではない。ドイツが犯した失敗は、日本人の失敗とは趣を異にするのである。
4.ドイツ人は、今後も自分がこれと信ずることに向かっていくであろう。日本人はドイツ人とは違う。
前後の文脈を総合すると、ドイツ人は十¥分に成熟していながら確信犯的に戦争を起こしたが、日本人は未熟であったため戦争という過ちを犯したという趣旨の発言であり、新生日本を擁護する意味合いを含むものであった。しかしながら5月16日にこの発言が日本で報道されると、日本人は未熟であるという否定的意味合いのみが巷間に広まり、このため日本におけるマッカーサー熱は一気に冷却化した。政府が計画していた「終身国賓待遇の贈呈」「マッカーサー記念館の建設」はいずれも先送りになり、三共、日本光学、味の素の三社が「12歳ではありません」と銘打ち、タカジアスターゼ、ニッコール、味の素の三製品が国際的に高い評価を受けている旨を宣伝する共同広告を新聞に出す騒ぎになった。
上記に関連して、戦争放棄を謳った日本国憲法についても、アメリカでは実現不可能¥な理想を、日本において実現しようという目論見があったと言われる。
マッカーサーのアメリカ議会証言録
引退後の1951年5月3日、上院軍事外交共同委員会で朝鮮戦争における中華人民共和国へ対しての海上封鎖戦略についての証言の中で、
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.と答弁した。
この発言に関して小堀桂一郎は「これらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです」と訳している
【私見】
まあ、科学、美術、宗教、文化などの発展の上からみて、
白人社会と差が12歳と45歳ほどもあったのならば、
日本が多方面作戦という愚を犯しているのにも関わらず、
真珠湾から約3年半も継続できないだろうに。
ドイツの降服が3ヶ月も日本より速いんだけどね。
(地理的に、ドイツのほうを終わらせる必要があったんだろうけどね。)
すくなくとも、日本人を軽く見てたとは思うがな。