悲劇的運命をたどった7人の朝鮮王妃
http://www.chosunonline.com/news/20090705000004
【新刊】ユン・ジョンラン著『朝鮮王妃毒殺事件』(茶山草堂)
朝鮮第9代国王・成宗7年(1476年)の8月、淑儀・尹氏が王妃に選ばれた。「かつて徳行により選り抜かれ、長らくの間宮内で暮らし、貞淑・信実・勤勉・質素を心がけ振る舞いは慎ましく、恭しい」というのがその理由だった。尹氏はその後王子(後の燕山君)を出産し、立場は磐石のように見えた。しかし、わずか3カ月後には廃妃の議論が巻き起こった。後宮の者たちに嫉妬(しっと)し、ひ素の粉やひ素を塗った干し柿を準備していたというのがその理由だった。結局、尹氏は「妬忌」の罪で廃庶人とみなされ、成宗13年8月に賜死。「廃妃尹氏はもとより性格が悪く危険で、人倫に反する行いが多かった」という罪目が付けられた。
ここまでは歴史的事実だが、著者はこのように解釈する。「成宗は、(息子の)燕山君を政治的背景とする尹氏の兄弟と自分の臣下が結託し、もしかすると自分の権力を凌駕するのではないか、と気をもんでいた。尹氏の表¥向きの罪目は妬忌だが、実際の罪目は王の権力を凌駕しかねない、ということだった」
同書には、第15代国王・光海君代に廃位され、次の仁祖代に復位されたものの反逆者とのそしりを受けた仁穆大妃、義父・仁祖によって殺害された昭顕世子嬪・姜氏、下級身分から王妃にまで上りつめたが、最後には夫の第19代国王・粛宗の命により死薬を下された禧嬪・張氏など、7人の王妃の物語が盛り込まれている。史実と解釈の間で適度な緊張が維持されているかを判断する必要はあるが、どれも興味深い事件ばかりだ。
【傍観】
この書評には悲劇的運命を辿ったとされる4人の王妃の名前が挙がっているので、
残り3人の名前が気になる所です。具体的には、閔妃が入っているかどうかが気になります。
尹氏に対する著者の解釈は、裏づけとなる資料があるのかどうかが一寸気になる所。
王の外戚である尹氏の兄弟達が、権勢を乱用していたという資料があるのなら、
そういう解釈ができるのだが、この書評の表¥記だけでは、流石に判断がつかない。