日韓併合 編
朝鮮では近代化は『小中華主義』に反する
(今まで未開の島国の倭猿、弟だと思っていた国に支配されるのは儒教の教えから我慢ならなかった)
蛮行と捉え反日活動が続出
韓国皇帝は日本に全面協力する態度
を装いながら、ロシアなど列強国に
蜜史を送るという裏切り事件を起こした
伊藤はこの有様に失望しこのように述べた
かくの如き陰険な手段を似て
日本保護権を拒否せんとするよりは
むしろ日本に対して
堂々と宣戦を布告せらるるのは
捷径なるにしかず
(上記の要約)
こんな陰険な方法で日本を拒否するなら
日本に宣戦布告して来い。
「明治日本の対韓政策」(著:深谷博治)から、伊藤博文の言葉を抜き出してみよう。「韓国人の誰が、自ら、その独立を主張したのだろうか?そして、韓国人の誰が、自ら、韓国の独立を承認したのだろうか?あるならば聞きたい。韓国人は、数千年来、固有の独立を有していたと主張するが、私はこれを認めることは出来ない。」
「日本は出来るだけ、韓国を独立させようとしてきた。しかし韓国は遂に独立できなかった。そのため、日本は、日清・日露の二大戦役を開く羽目となった。その結果として、日本は韓国を保護国とした。これを日本の侵略だと言うなら言うがいい。日本は自衛上、本当にやむを得ず韓国を保護国としたのである。」
「そして、世界の大勢を見るがよい。どんな大国も、今日まで一国で世界の平和を維持できる物ではない。僅かに、地域ごとに平和を維持しつつあるだけだ。これは、つまり、同盟国の必要な所以であって、もし一衣帯水(距離が近い事を示す)の韓国に外国勢力が影響力を行使するような自体になれば、日本はその独立を危うくするものである。日本は、絶対に韓国が日本に背くことを許すことができない。」
「しかし、日本は非文明的、非人道的な行為をしてまでも韓国を滅ぼそうとするものではない。韓国の発展は大いに日本の望むところであって、韓国自身が国力を身につけ、発展するためならば、韓国は自由に行動してよい。ただ、ここに一つの条件がある。すなわち、韓国は日本と提携するべきであるということだ。日章旗と巴字旗(韓国旗)が並び立てば、それで日本は満足である。日本は何を苦しんで韓国を滅ぼすことがあるだろうか?」
「自分は、本当に日韓の友好を深めるために、誠心誠意尽くそうとしている。しかし、日清・日露の両大戦の際に、韓国は一体何をしたのか?陰謀以外の何をしたというのか?戦争中は傍観者に徹していたではないか?君たち(韓国人)は、日本が、突然やってきて韓国を滅ぼそうとしていると思うのは、一体どのような根拠に基づくものか聞いてみたい。」
「日本は韓国の陰謀を断ち切るため、韓国の外交権を日本に譲れと主張した。だが、日本は韓国を併合する必要はない。併合は甚だ厄介である。韓国は自治を要する。しかも日本の指導監督が無ければ、健全な自治を遂行し難いと考える。」
朝鮮は近代化を拒否しかつ
独立や自立という概念がなかった
あるのは中華文明の誇りと事大主義だった
もう日本を守るには朝鮮併合しかないというときに
併合反対論者の伊藤博文を
独立運動家の安重根が暗殺
流れは一気に朝鮮併合へ進んだ
朝鮮併合 反対派⇒朝鮮併合 賛成派
(安重根が暗殺)
(1910年に曽祢統監は胃ガンで倒れ、
同年解任)
山県有朋
(伊藤亡き後、最長老として
軍政両界に権勢を振う)
寺内正毅陸軍大臣
(第三代朝鮮統監に任命される)
「朝鮮銀行」 多田井喜生 2002年 PHP新書
明治42(1909)年10月26日、伊藤博文は、ハルビン駅頭で韓国人の独立運動家の安重根にピストルで暗殺された。『馬鹿な奴じゃ』これが伊藤の最後の言葉になった。捕えられて旅順に送られた安は、検察官の訊問に対して、『人の国を取り、人の命を取らんとする者あるを、袖手傍観するということは罪悪でありますから、その罪悪を除いたのです』と陳述した。
伊藤遭難の報せを聞いたドイツ人医学者エルビン・ベルツは、「伊藤博文をしのぶ」と題した一文をすぐドイツの新聞に発表した。ベルツは東京医学校に招かれて明治9年に来日して肺臓ジストマを発見し、宮内省御用掛として明治天皇の侍医をつとめ、明治38年に帰国していた。
『伊藤が、人もあろうに韓国人に暗殺されたことは、かれが日本における韓国人の最上の知己であっただけに、いっそう悲劇である。日露戦争の後、日本が韓国に干渉の手を差しのべたとき、思いがけない抵抗に突きあたった。暴動と日本人殺害は、いつ果てるともみえなかった。そこで東京の軍部と新聞は、思い切った処置と、武力による圧制を要求した。しかし伊藤は、穏便な出方を支持したのである。かれは、腐敗し切っていた韓国の国家制度に有益な改革を加えることにより、日本の統治下にある方が優っていることを、韓国民に悟らせることができると信じていた。……ヨーロッパでは、韓国における日本側の過酷な仕打ちについてのみ聞かされているが、学校を建てたり、合理的な農業や養蚕を教えたり、鉄道や道路や港湾を設けたり、勤勉で熟練した日本の職工や農夫の手本を示したりして、日本側の挙げた業績については、何も知らされていない。しかし筆者は、3回この韓国を訪れて、親しくその事実を確かめたのである。……いつか韓国民自身が、恐らくこの暗殺を悔やむことだろう。――だが、日本にとっては、伊藤博文は掛替えがない。その老練無比の政治家を、国家は失い、無二の信頼すべき顧問を、天皇は失った』
世界中から暴徒を非難する声■ドイツ人の言葉韓国人が伊藤を暗殺した事は、とても悲しい事である。
何故なら、伊藤は韓国人の最も良い友であったからだ。
日露戦争後、日本が厳しい態度で韓国に対応すると、意外の反抗に逢った。
陰謀や日本居留民の殺傷が連続して起こった。
その時、日本の強硬派と言論機関は、「もっと厳しい手段を行おう」と絶叫した。
しかし、伊藤は穏和方針を固持して動かなかった。
当時、韓国の政治は、信じられない程、腐敗していた。
伊藤は時代を理解し、正しい改革によって、日本統治が幸福である事を理解させようと勤めた。
その為に、60歳を超えた高齢で統監という多難の職を引き受けたのだ。
※エルウィン・ベルツ博士「伊藤博文の思い出」
■ロシア人の言葉
考えれば考えるほど「恥ずかしさの極限」である。
最後の大戦争(日露戦争)以前に伊藤が言った事を、もし、ロシアが聞いていたら、あの悲惨な戦争も、ロシアの敗戦という不名誉もなかった。
(中略)
伊藤は「ロシアは満州から去れ」という、強引な主張をする人ではない。
尊敬すべき「年老いた大偉人」の逝去は、日本の損失だけではない。
我がロシアの損失である。
韓国の大損失である。
※ホルワット少将「ハルピン・ウェストニツク紙」
■イギリス人の言葉
伊藤を西洋の政治家と比較してみよう。
伊藤はビスマルクのような武力主義ではなかった。
平和的であり、グラッドストーンと同じタイプだった。
財政の知識が豊富であった事はビール(政治家の名前)に似ている。
政策を行う時の機敏と大胆さはビーコンスフィールドに似ている。
伊藤は西洋全ての偉大な政治家の特徴を抜粋して合体させた様な人だった。
そして彼は驚嘆に値する将来の見識を持っていた。
このような人が40年間の長期間に渡って、国家の指導的役割を担っていたのは、本当に「人類史に残る偉大な光景」と言うべきだろう。
※「伊藤の性格」ブリンクリー主筆 イギリス紙「ジャパーン・メール」
■韓国皇帝の言葉
伊藤を失った事で、東洋の偉人がいなくなった。
伊藤は我が国に忠実と正義の精神で尽くしてくれた。
自分の骨を長白山に埋める覚悟で、韓国の文明発達に尽くすと言っていた。
日本に政治家はたくさんいるだろう。
しかし伊藤のように国際政治を理解し、東洋の平和を祈った者はいない。
本当に伊藤は韓国の慈父だった。
その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事を理解できない流浪人だろう。
10月27日 韓国皇帝(高宗)
伊藤を失った事は、我が国だけの不幸ではない。
日本だけの不幸ではない。
東洋の不幸である。
その暴徒が韓国人である事は、「恥ずかしさの極限」である。
10月28日 韓国皇帝(高宗)
逮捕直後の安重根
国債報償期成会と安重根安重根と断指血盟伊藤公を暗殺した理由らしいです。一体どこから独立するつもりだったんですか?伊藤博文が韓国人の実力者とパーティーを開いた時の言葉 1908年6月19日私は韓国を立派な国にする為に韓国に来た。
韓国を滅ぼす為に来たのではない。
独立運動家を自称する暴徒達の心は理解できる。
しかし、彼らは国の滅亡に怒りを抱いているだけだ。
この国を存続する為の方法、展望を全く持っていない。
だから、彼らが「独立」を達成しても結局は国を滅すだろう。
韓国の事を愛する気持ちは、私も彼らも同じだ。
ただ、その為の手段が異なる。
NAVERより伊藤博文が韓国の新聞記者を招いたパーティーでの言葉 1907年7月29日私の考えを理解できない人間は「日本は伊藤を使って韓国の独立を奪った」と言って独立運動家を名乗り、一般人に馬鹿な考えを宣伝し、
「内容が無い、名前だけの独立」を達成しようとしている。
日本は韓国から搾取をする事を考えた事は無い。
韓国人は日本の考えを直ぐに誤解する。
また、今回の事件(ハーグ密使事件)が起こった事で「韓国を併合するべき」と主張する日本人がいると言う。
私はその必要は無いと考えている。
併合は問題を増加させてしまう。
それよりも韓国政府の統治能力を高める方が日本と韓国に有益である。
日本の指導、支援の結果として韓国が「強く、豊かな国」になっても、日本の脅威にはならないと信じる。
日本は韓国が「強く、豊かな国」になる事を望む。
その為の日本の努力、支援の見返りとして日本が韓国に求める事は1つだけだ。
それは韓国が日本と友好国であり、信頼できる同盟国である事だ。
それは、きっと日本の利益になるだろう。
NAVERより↓
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そして1910年日韓併合
先ず、併合は韓国側の請願によって合法的に進められた。
また、原因は朝鮮王朝に国家を運営する能力が無く、
日本との信頼関係を裏切り、国際的な信用を無くしたあげくの併合であった事実を忘れてはならない。
国を治める力が無く、陰謀と裏切りと変節の果てに国を失った朝鮮王朝の自業自得である。
世界が日韓併合をどのように捕らえたか。日本は思いやりの態度で韓国に接していると思う。今度こそ、韓国を中国からの呪縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と繁栄と文明開化をもたらすことによって、力の弱い隣国韓国を安定した独立国にしようと考えている。こうした日本の動機は韓国知識層で ある官僚の多くが歓迎している。アメリカにも異存はないと思われる。
1 904年10月4日 ロンドンタイムズ紙
「十二月八日- 日本が米英に宣戦布告した1941年、昭和十六年十二月八日 大東亜戦争勃発の 日(後世、太平洋戦争と呼称されている)
1910年、日本が韓国を併合したのは(韓国の)新皇帝が 「請願」したからであっ た。パールハーバー以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本が欧米列強から 教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。そして、・・・宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである。」
事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手段を踏んでいなかった。
アメリカの鏡・日本ー ヘレ ン・ミアーズ
朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、、頑迷な朋党は、人民の財を略奪して い る.その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、進んだ文明と経済力 を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。
伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。
アメリカ人の朝鮮外交顧問 ドーハム・スティーブンソン

↑南大門の前に新たな門が立てられ、その上に大韓帝国の旗と日本の国旗が。門にも日本の併合を強力に推し進めた一進会の文字。「韓日合邦を要求する声明書」一進会日本は日清戦争で韓国を独立させてくれた。
日露戦争でロシアに食べられる寸前の韓国を救ってくれた。
それなのに韓国はこれを感謝しなかった。
あの国に着き、この国に着き・・・結局は外交権を奪われる事になった。
しかし、これは我々が自ら招いた事態である。
丁未条約を締結する事になったのも、やはりハーグ事件を起こした我々に責任がある。
伊藤博文が韓国の国民を見守ってくれ、皇太子を導いて韓国の為に尽くしてくれた事は忘れられない。
それなのに暗殺事件が起こってしまった。
今後、どんな危険が到来するのかわからない。
これもまた韓国人が自ら招いた事態である。
(中略)
だから劣等国民として保護されるよりも、日本と合邦し大帝国を作ろう。
世界の1等国民として日本人と全く同じ待遇を受けながら暮らしてみよう。
※1909年 12月4日「韓日合邦を要求する声明書」一進会(百万の朝鮮人会員)
当時の朝鮮の外交官 李成玉 の言葉現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、
とても独立国家としての体面を保つ事はできない。
亡国は必至である。
亡国を救う道は併合しかない。
そして併合相手は日本しかない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、
日本は違う。
日本人は日本流の道徳を
振り回してうるさく小言を言うのは気に入らないが、
これは朝鮮人を同類視しているからである。
そして日本は朝鮮を導き、
世界人類の文明に参加させてくれる
唯一の適任者である。
それ以外に我が朝鮮民族が、
豚の境遇から脱して、
人間としての幸福が受けられる道はない。
そして朝鮮は日本の善政の元、急激に近代化へ
一方、日本が1945年の敗戦までに
朝鮮半島につぎ込んだ資本・資産は現在の価値になおして
80兆円以上のとんでもない額になってしまった。
結局、黒字になることのない赤字経営であった。
(日本国は世界でただ一国、植民地に対して国家予算を持ち出した国)
↑
伊藤公の先見性は正しかった。まさに優れた政治家であった。
伊藤公が暗殺されたのは日本はもちろん、朝鮮にとっても不幸だったのではないだろうか?