親愛なるしゃおこー様へ(好きです)
(以下、「>○○○」はしゃおこーさん発言)
いつも親身の御指摘、ありがとうございます。
>しかし「おもへらく」は「考えるには、思うには」という意味ですよ。
>「言われた」ではありません。読み下しと訳が乖離してます。
とてもしゃおこーさんの発言とは思えないですね。
「謂へらく(いへらく)」=「(誰それの)言ったこと」(名詞化用法)ですね。
>「貿」で既に「買う、取引する」なの。
>「貿む:もとむ」と「市ふ:かふ」で「買う」がかぶるやん。
「貿」・・・交易する。取引する。やり取りする。売買する。
「市」・・・買う。
貿(ボウ)して買う・・・つまり取引して(交易して)買うですね。
「貿」を「貿む:もとむ」と解するからかぶるんで(笑)。
違う国の人の言いがかりですねw
その他「必貿燕市」関係のご指摘は話にならないので無視します。
民族学校の読みで突き通せばよろしいのではと思いますw。
>たしかに「称」には「挙げる」という意味があります。
>ですが、その場合は「称する」と読んでおけばいいわけです。
>「称」を「となふ」と読んだ場合、「広く言う。号する」という
>意味になってしまいます。
なってしまいますw、って。
あたしはそう読んじゃうよ、
としか読めませんね。
んなら、そう読んどけや、カス、で終わりますね。
これも採用せず。
>「曾」の場合は「経験」ではなく「一度」というニュアンスがあります。
ほうほう、ニュアンスがあるんですか、ほー(ぷ。
「曾」は「積み重ね=層」のコアイメージを有しますね。
単純な過去の一時点を示す言葉じゃないですね。
これも不採用。
>朝鮮に於いては「燕」とは「北の国」すなわち「中国」を意味する言葉です。
んー、確かにこれはおっしゃる通りです。
ですが「燕」のまま含みを持たせて使います。
なぜなら、鄭東愈が中国全土を示したいなら「必貿清市」と言えばいいのに
と思うわけです。なのに「必貿燕市」と書いてある。
当時の朝鮮人は今の中国の方を意味するとき慣習的に「燕」と言っていた
のでしょうけどね。「燕行使」ってのも確かにありますね。
鄭東愈の時代の朝鮮人からすると中国といえば今の北京あたりとか
渤海の西とか北を主に示していたとかその時代のニュアンスが
あるのかと思いますね。
そういうニュアンスを残すために敢えて「燕」をそのまま使うことにします。
今回の御指摘は、何か必要に迫られて無理やり、みたいな感がありますねw
しゃおこーさんが「貿」の字を指摘してしまったがために、
ジョン_が窮地に立たされることになった、あたしの責任だ、
にこたんをぎゃふんと言わせなきゃジョン_に申し訳ないし・・・
みたいな感じがありますね。
ま、重ね重ね言いますが、
私の訳に文句があるなら、
自分なりに原文・書き下し文・現代語訳をupすればいい。
なぜ、そうしないのか?
なぜですか?
なぜ、
自分なりに
原文・書き下し文・現代語訳を
upしないの?
「しない」んじゃなくて
「できない」んでしょ?
自分は臆病で無能で何もできないくせに、
稚拙でもそれなりにやってるヤツのことは
ここぞとばかりに叩く、
これって違う国の人wのやり方ですね。
そんな民族学校の教えみたいなもんは相手にしませんよ。
悔しかったら原文・書き下し文・現代語訳をセットでupしてみ?
というしかないですね。
というか、しゃおこーさんはそういう人じゃないと思ってますけどね。
ちょんこと付き合ってると白くなったイカみたいに腐ってきますよw。
親愛なるしゃおこーさんがちょんこと付き合って
腐ってく姿は見たくないですね。
(その他コメント欄にある指摘は見るべきものがないので無視します)
今後も有意義な御指摘なら喜んでお待ち申し上げております。