1月の前半、遅れ馳せながら(まあ、混んでいる中で、初詣(hatsumoude)をするのは、あまり好きではないので、故意に遅らせたのですがw)、初詣(hatsumoude)に行って来た時の物です。なお、今年は、この他にも、初詣(hatsumoude)に行って来たのですが、その時の事については、また、後日、投稿する予定です。
初詣 (hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。
この日は、まず、大國魂(ookunitama)神社(shrine)(後で、説明します)に、初詣 (hatsumoude)をしに行きました。
大國魂(ookunitama)神社(shrine)は、府中(fuchu)市にあり、府中(fuchu)市の中心的な、電車駅である、府中(fuchu)駅(周辺は、府中(fuchu)市の中心繁華街となっています)から、歩いて5分程度の場所(府中(fuchu)駅周辺の繁華街の外れ辺り(府中(fuchu)駅周辺の繁華街の周辺))にあります。
府中(fuchu)は、東京の西の郊外に位置する中都市(中位の人口規模の都市)で、東京の都心部から近くも無ければ遠くもない、中位の距離の、東京の西部郊外に有ります(府中(fuchu)市の、中心的な電車駅である府中(fuchu)駅は、新宿(東京最大級の繁華街の一つ、且つ、東京の、主要な、ビジネス(business)地区の一つ)から、特別料金は不要の(特別料金を支払う必要のない)、通勤電車(電車)の、特急(express)で、20分から30分位です)。府中(fuchu)市は、基本的には、東京都心部に通勤する人々が、多く暮らす、東京の西の郊外の、静かで落ち着いた住宅地域となっています。
この日の昼食は、府中(fuchu)駅周辺(府中(fuchu)市の中心繁華街)にある、庶民的な、饂飩(うどん)食堂で食べました。
日本は、とても、大雑把に、分けると、東日本(higashinihon)と西日本(nishinihon)に分かれます。東日本(higashinihon)と西日本(nishinihon)が、どこを境にして分かれるかは(東日本(higashinihon)と西日本(nishinihon)の境界については)、人によって、意見が分かれますが(統一された、基準はありませんが)、概ね、東日本(higashinihon)は、東京を中心とした、日本の、東半分・北半分、西日本(nishinihon)は、関西(kansai)大都市圏(大坂・京都(kyoto)・神戸(kobe)を中心とした大都市圏。東京圏に次ぐ、日本、第二の人口を有する、大都市圏)を中心とした、日本の、西半分・南半分となっています。
ちなみに、古い時代の、日本の中心地であり、比較的、古くから栄えていたのは、西日本(nishinihon)です(例えば、東日本(higashinihon)の中心地である、東京が、日本最大の人口を有する都市・日本の中心都市として、発展して行ったのは、17世紀以降の事です)。
日本は、例外もありますが、基本的には、大坂を中心とした、西日本(nishinihon)が、うどん文化圏、東京を中心とした、東日本(higashinihon)が、蕎麦文化圏となっています。
したがって、一般的には、うどんの味の質は、東京を中心とした、東日本(higashinihon)よりも、大坂を中心とした、西日本(nishinihon)の方が、高く、蕎麦の味の質は、大坂を中心とした、西日本(nishinihon)よりも、東京を中心とした、東日本(higashinihon)の方が高くなっています。
したがって、韓国の方は、日本を旅行する際には、うどんを食べるのならば、大坂を中心とした、西日本(nishinihon)で食べる事を(まあ、大坂で食べれば、間違いはない)、蕎麦を食べるのならば、東京を中心とした、東日本(higashinihon)(まあ、良質な蕎麦食堂を選んで、東京で食べれば、間違いはない)で食べる事が、お勧めです。
うどんの、スープ(soup)は、基本的には、大坂を中心とした、関西(kansai)大都市圏(大坂、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とする大都市圏。東京圏に次ぐ、日本、第二の人口を有する大都市圏)が、薄い色の、上品な味の、スープ(soup)、東京圏は、粗野な(垢ぬけない・田舎臭い)、濃い味の、濃い色の、スープ(soup)となっています。私は、基本的に、うどんは、垢ぬけない、濃い味の、スープ(soup)の、東京圏の、うどんよりも、薄い、上品な味の、スープ(soup)の、大坂を中心とした、関西(kansai)大都市圏の、うどんの方が、好きです。
一方、蕎麦に関しては、例えば、(私は、京都(kyoto)(日本の伝統文化の中心都市)は、洗練された、日本料理の、中心都市として畏敬の念を抱いていますが)、京都(kyoto)で、下手な、手打ち蕎麦食堂で、蕎麦を食べる位ならば、鰊蕎麦(京都(kyoto)の蕎麦料理。間違っていたら申し訳ありませんが、一般的に、手打ち蕎麦ではない)を食べた方が、余程、良いと言った印象です。
前述の通り、日本は、基本的には、大坂を中心とした、西日本(nishinihon)が、うどん文化圏、東京を中心とした、東日本(higashinihon)が、蕎麦文化圏となっていますが、例外もあります。
東京の、西部郊外、及び、埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)の西部は、大きくは、蕎麦文化圏に含まれ、蕎麦も、よく食べられているのですが、独自の、うどん文化圏も形成しており、古くから、うどんが、よく食べられて来ました。東京の、西部郊外(府中(fuchu)も、含まれます)、及び、埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)の西部で、伝統的に食べられている、うどんは、武蔵野(musashino)うどんと呼ばれます。
前述の、通り、この日の昼食は、府中(fuchu)駅周辺(府中(fuchu)市の中心繁華街)にある、庶民的な、うどん食堂で食べました。この、うどん食堂(この日、昼食を食べた、うどん食堂)は、前に利用した事があった、うどん食堂なのですが、この、うどん食堂の、うどんは、まあまあ、美味しいです。この、うどん食堂は、武蔵野(musashino)うどんの、食堂です。
この、うどん食堂で、この時、私が食べた物。うどんと、小さなサイズ(size)の、掻き揚げ(kakiage)(天麩羅の一つで、魚介類(seafood)や野菜等を数種類組み合わせ、衣とともに油で揚げた天麩羅)丼の、組み合わせメニュー(menu)。うどんの、スープ(soup)は、(東京圏らしく)、濃いスープ(soup)です。ちなみに、彼女は、この時、この、うどん食堂で、肉と茸の具の、温かい、うどんを食べました。
昼食を食べた後は、大國魂(ookunitama)神社(shrine)で、初詣 (hatsumoude)をしました。初詣 (hatsumoude)とは、前述の通り、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。
大國魂(ookunitama)神社(shrine)は、前述の通り、府中(fuchu)市の中心的な、電車駅である、府中(fuchu)駅(周辺は、府中(fuchu)市の中心繁華街となっています)から、歩いて5分程度の場所(府中(fuchu)駅周辺の繁華街の外れ辺り(府中(fuchu)駅周辺の繁華街の周辺))にあります。
大國魂(ookunitama)神社(shrine)は、111年創建の、1900年以上の歴史を有する、非常に、歴史が古い(ただし、神社(shrine)の建物は、時代に合わせて、建て替えられている)、規模の大きな、神道(Shinto)の、神社(shrine)で、その歴史も含めて、東京の西部郊外を、代表する、神社(shrine)となっています。大國魂(ookunitama)神社(shrine)で、毎年、春に行われる、長い伝統を誇る、くらやみ(kurayami)祭と言う、祭りは、東京圏で行われる多くの祭の中でも、かなり規模が大きな有名な祭となっています。個人的に、父方の伯母が府中(fuchu)市に住んでおり、私は、子供の頃、いとこ(cousin)、伯母、伯父、私の両親等と共に、くらやみ(kurayami)祭に、遊びに行ったりしました。
写真以下6枚。大國魂(ookunitama)神社(shrine)の、風景例。
写真以下3枚。中心となる建物である、本殿(honden)・拝殿(haiden)。大國魂(ookunitama)神社(shrine)の、本殿(honden)・拝殿(haiden)は、(大國魂(ookunitama)神社(shrine)の)、敷地面積の、広さからすれば、それ程、大きな建物ではありません。
大國魂(ookunitama)神社(shrine)で、初詣 (hatsumoude)をした後は、電車で、大宮八幡宮(oomiyahachimangu)に移動し、大宮八幡宮(oomiyahachimangu)で、初詣 (hatsumoude)をしました。
大宮八幡宮(oomiyahachimangu)は、杉並(suginami)区に位置しています。杉並(suginami)区は、世田谷(setagaya)区等と供に、東京中心部(東京23区)の西端に位置する区で(世田谷(setagaya)区の北に位置する)、世田谷(setagaya)区同様、基本的には、東京都心部に近い、東京の西部郊外に繋がる、静かで落ち着いた住宅地となっています。
大宮八幡宮(oomiyahachimangu)は、1063年に創建された(ただし、神社の建物は、時代に合わせて、建て替えられています)、規模の大きな、神道(Shinto)の、神社(shrine)で、東京中心部(東京23区)の西端部地域を、代表する、神社(shrine)の一つであり、地域の人々の、人気の、初詣 (hatsumoude)場所となっています。
写真以下6枚。大宮八幡宮(oomiyahachimangu)の風景例。大宮八幡宮(oomiyahachimangu)は、中々、雰囲気のある(趣のある)、神社(shrine)です。
写真以下5枚。大宮八幡宮(oomiyahachimangu)の、本殿(honden)・拝殿(haiden)(神社の、中心となる建物)です。
写真右側に、神社(shrine)に勤務する女性が、写っていますが、日本で、神社(shrine)に勤務する女性は、伝統的に、一般的に、この様な、服装をしています。女性向けの、着物(日本の、伝統衣装)としては、とても、動き易い、服装となっています。日本の女性の学生の服装としての、女袴(onnabakama)・女子(女性)袴(bakama)(19世紀後期から広まった)は、日本の、神社(shrine)に勤務する女性の、伝統的な服装と、共通性の有する物となっています。
女袴(onnabakama)・女子(女性)袴(bakama)は、現代の、日本においては、女性の大学生が、卒業式において、一般的に着る服装となっています。
女袴(onnabakama)・女子(女性)袴(bakama)については、この投稿を、参照して下さい→
http://www.kjclub.com/kr/exchange/theme/read.php?uid=35052&fid=35052&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_8&number=8&f=name&word=jlemon
ちなみに、日本の、神道(Shinto)の、神社(shrine)に勤務する女性は、巫女(miko)と呼ばれます。巫女(miko)は、大学生・専門学校生等の、学生の、アルバイトの女性も多いですが(初詣 (hatsumoude)時期等の、特に、神社(shrine)が忙しくなる時期の短期のアルバイトも、多い。ちなみに、巫女(miko)は、アルバイトであっても、一般的に、巫女(miko)の、伝統的な衣装を着用します)、本職の(神社(shrine)に、正式に勤務する)、巫女(miko)であっても、一般的に、恋愛・sexは、自由となっています(おそらく。。。)。昔(申し訳ありません。昔は、遊んでいました)、東京都心のバー(bar)で知り合った(率直に言ってしまえば、(私は、女性の体形は、胸の大きな女性が、好みであるので)、胸の大きさが気になってw、声を掛けて、ナンパした女性の職業が、偶然、巫女(miko)であった)、本職の(東京都心の神社(shrine)に、正式に勤務する)、巫女(miko)(当時、20代の中頃(24歳位)であった)と、後日、何度か、デート(date)して、仲良くなった事がありますw。
宗教と言うよりも、生活文化として、日本人の生活の中に自然と溶け込んでいる、日本古来の宗教である(日本の、縄文(jomon)時代(約16000年前から2300年前)の、自然崇拝・多神教宗教を起源とする)、神道(Shinto)自体が、元々、おおらかな宗教です。神道(Shinto)は、多神教の宗教であり、八百万の神がいると言われています(八百万は、実際に、神道(Shinto)に、八百万の神がいると言う意味ではなく、非常に数が多い事の、例え。。。)。神道(Shinto)は、少し極端に言えば、キリスト(Jesus Christ)や釈迦(Buddha)でさえも、神道(Shinto)の神の一つとして受け入れる程の包容力を有する宗教です(キリスト教の人達からすれば、信じられない事かもしれませんが。。。)。
現代の日本は、非常に、多くの、伝統的な祭りを受け継ぐ一方で、クリスマスも、ハロウィーン(Halloween)も、楽しい、お祭りとして、日本の文化に取り入れています。この様な、宗教に関係がある、外国の行事さえも、あまり抵抗感がなく、自国の文化に取り入れて、自国に合わせた物にしてしまうと言う、日本人の気質や、日本の文化の多様性や豊かさは、上で説明した、神道(Shinto)に、関係していると思います。
アメリカや西ヨーロッパの国々では、どの街でも、少なくとも一つの、キリスト教の教会があると思いますが、それと同様に、日本では、どの街にも、一般的には、少なくとも、1つの、神道(Shinto)の神社(shrine)又は、仏教の寺、もしくは両方が存在します。こうした、神道(Shinto)の神社(shrine)と仏教の寺、(特に、神道(Shinto)の神社(shrine))は、宗教と言うよりも、生活文化として、街の人々の生活の中に自然と溶け込んでいます。もちろん、東京都心部の、私の街にも、神道(Shinto)の神社(shrine)も、仏教の寺も、存在します。日本では、非常に多くの伝統的な祭りが行わていますが、日本の伝統的な、祭りの多くが、神道(Shinto)の神社(shrine)で行われています。
話しが、脱線してしまいましたが、写真以下2枚、初詣 (hatsumoude)をした後は、大宮八幡宮(oomiyahachimangu)の、ラウンジ(lounge)で、おやつを食べながら、少し、のんびりとしました。
この時、大宮八幡宮(oomiyahachimangu)の、ラウンジ(lounge)で、食べた物。抹茶(green tea)と、わらび(warabi)餅の、組み合わせ(二人共、同じ物(抹茶(green tea)と、わらび(warabi)餅の、組み合わせ)を食べました。写真は、一人分)。わらび(warabi)餅は、日本伝統菓子の一つで、素朴な、お菓子です。
大宮八幡宮(oomiyahachimangu)で、初詣 (hatsumoude)をした後は、電車で、下北沢(shimokitazawa)に移動し、下北沢(shimokitazawa)で、親しい、友人の、coupleと待ち合わせて、この日の、夕食は、私と彼女と、親しい、友人coupleの4人で食べました。
写真以下3枚。参考に、前に、kjで、アップ(upload)した写真の、再利用。春の、桜の時期の、井の頭(inokashira)線の風景。桜の花は、おそらく、日本人に最も親しまれている花で有り、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と供に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花は、有りませんが、桜の花は、(菊と供に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で桜の花が咲きます。
井の頭(inokashira)線は、渋谷(shibuya)(東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)と吉祥寺(kichijyoji)(東京の西部郊外最大の繁華街。東京都心部に近い、東京の西部郊外に位置する)を結ぶ通勤電車路線です(1933年に開業。路線距離12.7km)。渋谷(shibuya)も、吉祥寺(kichijyoji)も、若者に人気が高い、繁華街となっています。井の頭(inokashira)線の通勤電車車両は、伝統的に、7色(7つの色)に、塗り分けられています(7色(7つの色)の色の物があります)。ちなみに、私が通っていた高校(東京都(日本の47の都道府県(prefecture)の一つ。主として、東京中心部(東京23区)と、東京の西部郊外・近郊から成る)が運営する、公立の高校の一つ)は、井の頭(inokashira)線の沿線にあります(私が、通っていた(卒業した)高校の、最寄り駅は、渋谷(shibuya)から、井の頭(inokashira)線で3分程です)。



大宮八幡宮(oomiyahachimangu)の、最寄り駅である、西永福(nishieifuku)駅から、下北沢(shimokitazawa)までは、井の頭(inokashira)線で、10分程です(参考に、下北沢(shimokitazawa)から、渋谷(shibuya)までは、井の頭(inokashira)線で、5分程です)。
我が家の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、下北沢(shimokiazawa)(下の補足説明参照)までは、通勤電車で、2分から3分程です。ちなみに、実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が引き継いで暮らしている)は、近所にあり、私は、私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area)で、生まれ育ったのですが、高校の時、実家から高校に通う際の、電車の乗り換え駅が、下北沢(shimokiazawa)でした(下北沢(shimokiazawa)で、電車を乗り換えてから、私が、通っていた高校の、最寄り駅までは、電車で2分位)。
下北沢(shimokitazawa):私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area)の、西の隣街の(西に隣接する)、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)の中北東部(中北東端部)areaに有る、学生等の、若者に人気が高い繁華街。
前述の通り、この日の夕食は、下北沢(shimokitazawa)で、親しい、友人の、coupleと待ち合わせて、私と彼女と、親しい、友人coupleの4人で食べました。
写真以下11枚。この日の夕食は、下北沢(shimokitazawa)で、個人的に、お気に入りの、タイ(Thailand)料理レストランで食べました。この、タイ(Thailand)料理レストランは、安くて、中々、美味しいです。前述の通り、下北沢(shimokitazawa)は、学生等の、若者に人気が高い繁華街ですが、このタイ(Thailand)料理レストランも、安くて、若者に人気が高い、タイ(Thailand)料理レストランです。
写真以下9枚。この、タイ(Thailand)料理レストランで食べた、この日の、夕食等。
写真以下2枚。この時、この、タイ(Thailand)料理レストランで、私が飲んだ、飲み物の一部。この時、私は、飲み物は、この他、定番の(日本の、タイ(Thailand)料理レストランでは、必ず置いてあって、(日本の、タイ(Thailand)料理レストランの飲み物としては)、一番、よく飲まれている(おそらく。。。))、シンハー(Singha)・ビール等を、飲みました。
チャーン(Chang)ビール。
Hong Thong(糖蜜・米等を、原料にした、タイ(Thailand)式の、ウイスキー(whiskey)。アルコール(alcohol)度数は、35%程)の、ロック(on the rocks)。チープな(安っぽい)味の、飲み物ですが、私は、割と、好きですw チープな(安い)飲み物だからと言うのもあるのか、ウイスキー(whiskey)系の飲み物(まあ、あくまで、タイ(Thailand)式の、ウイスキー(whiskey)ですが。。。w)の、ロック(on the rocks)の割には、一杯の量の、気前が良いw(一杯の量の、量が多いw)。
写真以下7枚。この時、この、タイ(Thailand)料理レストランで食べた、食べ物の一部。これは、この時の、前半に食べた物で、この時、この、タイ(Thailand)料理レストランでは、4人で、全部で、この倍(2倍)位の、種類・量の食べ物を食べ、腹が、かなり一杯になりました。
以下は、おまけです。。。
前述の通り、アメリカや西ヨーロッパの国々では、どの街でも、少なくとも一つの、キリスト教の教会があると思いますが、それと同様に、日本では、どの街にも、一般的には、少なくとも、1つの、神道(Shinto)の神社(shrine)又は、仏教の寺、もしくは両方が存在します。こうした、神道(Shinto)の神社(shrine)と仏教の寺、(特に、神道(Shinto)の神社(shrine))は、宗教と言うよりも、生活文化として、街の人々の生活の中に自然と溶け込んでいます。
写真以下19枚。おまけ1。参考に、前に、kjで、アップ(uplaod)した写真の再利用で、東京都心部の、私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area。基本的に、静かで、落ち着いた住宅地となっている)の、神道(Shinto)の神社(shrine)です。この神社(shrine)の歴史は、1212年まで遡りますが、神社(shrine)の建物自体は、時代を経る毎に建替えられており、それ程、古いものでは、ありません。東京中心部(東京23区内)ですが、神社(shrine)の敷地内は、背の高い木々に覆われ、森の様な雰囲気となっており、静かで、神聖な雰囲気となっています(この神社(shrine)から、それ程遠く無い場所にある、明治神宮(meijijingu。東京中心部で最大の神社(shrine))ともなると、本当に都心にある深い森と言った感じです)。普段は、とても静かな、私の街の神社(shrine)の境内(敷地内)ですが、毎年9月に、行われる、秋祭りの日は、たくさんの屋台が建ち並び、賑やかとなります。私は、子供の頃は、この神社(shrine)の秋祭りを、毎年楽しみにしていました(前述の通り、実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が引き継いで暮らしている)が、近所にあり、私は、私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area)で、生まれ育ちました)。



















写真以下。おまけ2。我が家の、新聞の、折り込みチラシ広告(定期購読している新聞に挟まれて来る広告)、又は、郵便受け(mailbox)に入っていた広告等から。。。
すぐ下は、私の街の(勤務地が、私の街の)、ベビーシッター(babysitter)の募集の広告です(この、ベビーシッター(babysitter)の募集の広告の写真は、何故か、韓国側からは、見られない様なので、この写真だけは、日本側から、ご覧下さい)。(我が家の近所の)私の実家は、富裕層ではなく、平凡な(普通の・並みの)中流層であり(私の父は、会社員です)、また、私の母は(ちなみに、私の母は、一人っ子です)、結婚してからは、ずっと主婦であり、さらに、結婚してからも、両親(私の母方の祖父母)と同居していたので(前述の通り、私の実家(現在は、両親が引き継いでいる)は、元々、私の、母方の祖父母の家です)、子育てに、ベビーシッター(babysitter)は必要はなかったので、ベビーシッター(babysitter)を雇った事がありませんし、また、私自身も、学生時代に、ベビーシッター(babysitter)のアルバイトはした事がなかったし、子供がいないので、ベビーシッター(babysitter)を雇った事もないので、分からなかったのですが、(東京都心部の相場ですが)、ベビーシッター(babysitter)の、賃金・給料の、水準は、だいたい、こんな感じなのかと思いました。
東京中心部(東京23区内)の、静かで、落ち着いた住宅地は、私の様な、庶民も暮らしていますし、中流層の人々も、多く暮らしていますが、比較的、立派な、一戸建て住宅や邸宅に暮らしている、富裕層・金持ちも、たくさん暮らしており(こうした富裕層・金持ちは、中小企業の社長・大企業の社長等も多いが、東京都心部に、無数に存在する(非常に多く存在する)、小規模の商業用のビル等の、東京都心部に保有する、不動産(土地等を、先祖や、親から、受け継いだ物も多い)から得られる家賃等の、不動産収入で暮らしている人々も、たくさんいます)、また、低層の高級マンション(高級アパート)等に暮らしている、赤ちゃん(baby)や、小さな子供がいる、夫婦共働きの、若い・比較的若い、大企業の会社員や、弁護士・会計士(accountant)・税理士(tax advisor・tax consultant)等の専門職の夫婦も多い事から、ベビーシッター(babysitter)の需要は、ある程度あります。
朝の6時から朝の8時までの、早朝の、短時間のアルバイトは、時給、2,500円(約2万5,000won)。通常のアルバイトは、一週間に、3日から、1日当たりの、勤務時間は、朝の6時から、夜の8時半までの間の、3時間以上で、時給、1,600円(約1万6,000won)以上。労働時間は、長いが、アルバイトよりも、安定した、高収入を求める人向けの、正社員(正式な社員)は、一週間に、5日の、勤務、(拘束時間は、やや長いですが)、朝8時30分から夕方6時までの勤務で(実質的な労働時間は、8時間)、月給(一か月の給料)、30万円(約300万won)以上で、賞与(月給(通常の給料)以外の、特別な、給料)の支給は、1年間に1回(金額は、業績に応じて)、社会保険を完備。通勤に、電車等が必要な場合は、通勤の為の交通費は、アルバイトでも、全額支給(全て、ベビーシッター(babysitter)の、派遣会社が、従業員に支払い)。
ベビーシッター(babysitter)の、アルバイトは、この募集広告を見る限り、大学生・専門学校生等の、学生、又は、若い・比較的若い、主婦の、お小遣い稼ぎには、中々、良い仕事であると思います。また、正社員(正式な社員)は、例えば、シングルマザーの家庭で(母親1人、子供1人の家庭で)、母親が、ベビーシッター(babysitter)として働きながら、子育てをするのは、東京都心部は、家賃等が高いので、東京都心部では、この収入では、生活は、苦しくなると思いますが(まあ、低所得者層の家庭になると思いますが)、実家に暮らしている(実家で、両親と共に暮らしている)、20代の、若い女性が、結婚前に(結婚して、主婦になる前に)、一時的に、働く仕事としては、十分な収入の仕事であると思います。
Pilatesの教室の、チェーン(chain)の広告。よく分かりませんが、このチェーン(chain)の本部は、アメリカにある様です。
ピザ(pizza)の宅配(delivery)のチェーン(chain)の、広告・メニュー(menu)。Domino’sのような、アメリカ式の、ピザ(pizza)ではなく、イタリア式の釜焼きのピザ(pizza)の宅配(delivery)のチェーン(chain)です。私は、宅配(delivery)のピザ(pizza)と言えば、基本的に(一番多く)、このチェーン(chain)を利用しています。
寿司の、宅配(delivery)のチェーン(chain)の、広告・メニュー(menu)。写真上側は、年末年始(基本的に、12月31日から1月3日)用の、特別に、上質な素材を使った寿司である様です(1月31日までの限定メニュー(menu))。写真下側は、期間限定の(季節の具を使った)、寿司メニュー(menu)である様です(3月15日までの、限定メニュー(menu))。