以下、基本的に、2017年の12月に行った、「東京国立博物館4」と言う投稿です。投稿文の情報は、2017年12月時点の情報を前提としています。
以下の4つで一つの投稿です。以下の4つの投稿を纏めて、ご覧下さい。
東京国立博物館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3822765?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3822763?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3822762?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館4(当該投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3822761?&sfl=membername&stx=nnemon2
10月の後半の土曜日(以下、この日と書きます)、東京国立博物館に訪れた時の事です。
この日は、彼女と休みが合わなかった為、一人で、東京国立博物館に訪れました。
東京国立博物館は、東京都心部の北東部に位置する、上野(ueno)公園にあります。上野(ueno)公園は、東京中心部にある公園の中では、最大級の公園の内の一つであり、また、美術館・博物館等の文化施設が集まっています。
東京国立博物館は、19世紀末からの歴史を有する(起源は、1872年まで遡るが、現在の場所に、恒久的かつ立派な博物館の建物(現存はしない)が建てられたのは、1881年。現在の本館(mainの建物)は、1938年に完成したもの)、東京のみならず、日本最大級の美術館・博物館です(日本を、代表する、美術館・博物館です)。
東京国立博物館の、収蔵作品(collection)の中心は、日本の伝統美術品で、東京国立博物館には、膨大な量の、日本の伝統美術品が、収蔵、展示されています(東京で、日本の伝統美術品を見るならば、まず、この博物館と言った感じです)。また、日本のみならず、世界中の伝統美術を対象とした、展覧会(exhibition)も、日本最大級の博物館ならではの、規模と質を誇っています。
日本の国土の約70%が森林(森)に覆われており、日本の国土に占める森林(森)の割合は、フィンランド(Finland)、スウェーデン(Sweden)と並び、先進工業国の中だけでなく、世界でも、最高水準に有ります(世界平均は、約30%)。国土に占める森林(森)の割合は、カナダでも、30%台半ば(日本の約半分の割合)位、アメリカ、ドイツ、イタリア、スイス、ニュージーランド、ノルウェーは、世界平均(約30%)程となっています。また、先進国の中でも、イギリスや、オーストラリアは、国土に占める森林(森)の割合が、非常に低い(世界平均を、はるかに下回る)国となっています。ちなみに、韓国の、国土に占める森林の割合は、日本と、一部の北欧諸国(フィンランド(Finland)とスウェーデン(Sweden))に次ぐ水準にあります。
東京近郊にも、多くの森(森林)があります。
森(森林)を散歩し、リラックス(relaxation)する効果や、気分転換の効果を得る事を、日本では、森林浴(shinrinyoku)(森林(木(木々))の、シャワー(shower)を浴びる。森林(木(木々))の風呂の中に浸かっている気分になる)と言います。
美術館や、美術館における、展覧会(exhibition)において、質の高い、芸術作品(art)を鑑賞し、芸術(art)の、シャワー(shower)を浴びる事も、森林浴(shinrinyoku)と同様に、リラックス(relaxation)する効果や、気分転換の効果を得る事が出来ます。
東京国立博物館は、東京のみならず、日本最大級の美術館・博物館ですが(日本を、代表する、美術館・博物館ですが)、日本全国には、非常に多くの、公営(公立)の美術館と、非常に多くの、私営の、美術館があり、日本人にとって、美術館は、とても身近な(とても日常的な)、存在であり、また、日本人にとって、美術館や、美術館における、展覧会(exhibition)において、質の高い美術(art)を鑑賞する事は、とても身近な事(とても日常的な事)となっています。
前述の通り、東京国立博物館は、世界中の伝統美術を対象とした、展覧会(exhibition)も、日本最大級の博物館ならではの、規模と質を誇っています。
この日は、東京国立博物館で、この時、開催されていた、運慶(unkei)の、展覧会(exhibition)を見ました。この日、東京国立博物館を訪れた目的は、この展覧会(exhibition)を見る事にありました。
運慶(unkei)(生まれた年は不詳。1224年に亡くなる)は、日本の中世(12世紀から13世紀)の、(仏像の)、彫刻家です。
東京国立博物館で、この時、開催されていた、運慶(unkei)の、展覧会(exhibition)については、「東京国立博物館2」を参照して下さい。
前述の通り、この日、東京国立博物館を訪れた目的は、東京国立博物館で、この時、開催されていた、運慶(unkei)の、展覧会(exhibition)を見る事にありましたが、ついでに、東京国立博物館の、東洋館(日本以外のアジアの美術品を展示)以外の、常設展示も見ました。
前述の通り、東京国立博物館の、収蔵作品(collection)の中心は、日本の伝統美術品で、東京国立博物館には、膨大な量の、日本の伝統美術品が、収蔵、展示されています(東京で、日本の伝統美術品を見るならば、まず、この博物館と言った感じです)。また、日本のみならず、世界中の伝統美術を対象とした、展覧会(exhibition)も、日本最大級の博物館ならではの、規模と質を誇っています。
以下、「東京国立博物館3」からの続きです。
以下、東京国立博物館の、収蔵・展示作品例の続きです。
個人的に、近代以降(19世紀後期以降)、日本が、西洋の文化を違和感なく取り入れて、自国の文化に組み入れてしまう事が出来たのは、日本は、近代化前の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、既に文化的には、同時代のヨーロッパと同程度(場合によっては、それ以上に)洗練され、完成されていたからであると思います。極端に、表現すれば、日本の伝統的な文化と西洋の文化は、(少なくとも、表面的には)、異質な物であるのにもかかわらず、近代化の前の、19世紀の半ばにおいて、日本は、既に、文化的には、当時の、ヨーロッパと同程度か、場合によっては、それ以上の水準にあった為、日本は、ヨーロッパの国が、他のヨーロッパの国の文化を取り入れるのと同様の感覚で、西洋の文化を取り入れる事が可能であったのだと思います。
また、日本が、西洋以外の国々の中で、早い時期に、近代化に成功した理由としては、近代化前の、19世紀中期において、(当時としては)基礎的な教育の普及により、女性を含めて、当時の、ヨーロッパに比べて、遥かに(ずっと)識字率が高かった事、近代化前の、19世紀中期において、当時の、近代化していない社会としては、商業が、とても発達しており、都市において、大衆が消費をすると言う、文化が出来ていたと言った事があると思います。
以下、「」内。Rutherfo・rd Alcock(1809年生まれ。1897年に亡くなる。イギリスの外交官。1859年に、日本に赴任)が、19世紀中期当時の、日本について書いた文です。
「すなわち、彼等の(日本人の)文明は高度の物質文明であり、全ての産業技術は、蒸気の力や機械の助けによらずに到達することが出来る限りの完成度を見せている」。
「全ての職人的技術においては、日本人は問題なしに、非常な優秀さに達している。(日本人は)、磁器・青銅製品・絹織り物・漆器・冶金一般や、意匠と仕上げの点で精巧な技術をみせている製品に関しては、ヨーロッパの最高の製品に匹敵するのみならず、それぞれの分野において、我々(ヨーロッパ人)が模倣したり、肩を並べる事が出来ないような品物を製造することが出来ると言う事をなんのためらいもなしに言える」。
以下「」内、1870年から1874年に日本に滞在した、William Elliot Griffis(1843年生まれ。1928年に亡くなる。アメリカ人の、牧師・東洋学者)が、1870年代当時の、日本の女性について書いた文です。
「日本の男性は、他のアジア諸国ほど、女性に横柄でなく、女性に対して、むしろ、鄭重である(扱い等が、心がこもっていて、礼儀正しく、手厚い)」。
「アジア的生活の研究者は、日本に来ると、他の国と比べて、日本の女性の地位に、大いに満足する。ここでは(日本では)、女性が、東洋の(アジアの)他の国で観察される地位よりも、ずっと尊敬と思いやりで待遇されているのがわかる。日本の女性は、より大きな自由を許されていて、そのため、より多くの尊厳と自信を持っている」。
「欧米諸国の女性と比べ、標準的に見て、日本の女性は美しい物への、あの優雅な趣味では、全く同等の資格があり、服装や個人の装身具においても、よく似合って見える。また、礼儀作法が女性らしく上品である事でも引けを取らない。美(美しさ)、秩序、整頓、家の飾りや管理、服装や礼儀の楽しみを、生まれながらにして愛する事では、一般に、(世界で?)、日本女性に、勝る女性はない」。
日本の文化は、過去と現在で、変化する一方で、ある程度、強い、連続性も有しています。日本においては、変わる物と、変わらない物が、自然と調和しながら、日本の個性を形成しています。日本の文化は、例外もありますが、基本的には、古い物の否定の上に、新しい文化が成り立つのではなく、古い伝統的な文化と先端的な文化が、同程度の洗練性と価値を持って(まあ、洗練されているかしないかと判断するのは、個人の主観の問題ですが。。。)、時には、調和しながら、自然と(違和感なく)、並列的に存在していると言う点に特徴があると思います。まあ、ヨーロッパとアメリカも似たような部分がありますが、日本の場合、そのような傾向が、より顕著なような気がします。
日本人は、西洋の近代的な文化を受け入れたものの、(西洋の近代的な文化は、機能的・実用的で、便利であり、現代の生活文化には、一番、適していると考えているものの)、心の底では(潜在的な意識としては)、西洋の近代的な文化よりも、日本の、伝統的な文化の方が、優れており、洗練されていると言う意識があると思います。
18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)です。
1794年の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)です。
18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。琴(koto)を、演奏する、一般人の(おそらく)、女性を描いた物です。琴(koto)は、日本の伝統楽器の一つで、伝統的に、女性に好まれる、楽器です。
写真以下2枚。18世紀の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
19世紀初期から中期の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
1857年の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
19世紀初期から中期の、日本の、浮世絵(ukiyoe)(大衆、版画・大衆、絵画)。
18世紀から19世紀初期の、日本の、絵画。
18世紀から19世紀初期の、日本の、絵画。
18世紀の、日本の、着物(女性向けの、伝統衣装)です。
写真以下11枚。19世紀初期から中期の、日本の、女性向けの、櫛(comb)と髪飾り(髪に付ける飾り)。
19世紀初期から中期の、日本の、地方領主の妻等の、上流階級の女性が、城(castle)や邸宅が火事になったら、避難する際に、着る、火の粉等から身を守る、頭巾(衣装の上に、頭から被る物)です。
写真以下4枚。19世紀初期から中期の、日本の、印籠(inrou)(外出する際や旅行する際に、薬等、小さな物を入れて、携帯する容器)です。
日本人は、世界で最も初期の頃から、漆(lacquer)を生活用品・工芸品の装飾の為に利用してきた人々の一つであり、日本における、装飾の為の漆(lacquer)の利用の歴史は、縄文(jomon)時代(約16,000年前から2,300年前)の内の、比較的、古い時代まで遡ります。
写真以下2枚。17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。おそらく、女性が使う物です。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
17世紀の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
1672年の、日本の、漆(lacquer)工芸品。
写真以下3枚。18世紀の、日本の工芸品。
1758年の、日本の、鏡。
写真以下2枚。1713年の、日本の工芸品。
日本は、16世紀までは、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術においては、世界最高水準の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術を有していた、中国と朝鮮半島(韓国)に比べて、全般的に、遅れていました。個人的に、特に、中世(12世紀から14世紀)の韓国の高麗青磁(Goryeo
celadon)は、当時、世界最高水準の完成度を有していた、陶器(pottery)・磁器(porcelain)工芸品であると思います。
前述の通り、日本は、16世紀までは、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術においては、世界最高水準の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術を有していた、中国と朝鮮半島(韓国)に比べて、全般的に、遅れていました。
日本は、16世紀の終わりに、2回、韓国に侵攻しましたが(この事が、原因で、日本に対して、良い印象・感情を持っていない韓国人が少なくない事は、十分に、理解が出来ます)、その際に、韓国から、優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達が、日本に連れて来られました。
この時、韓国から、日本に連れて来られた、韓国の優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達、及び、その子孫、また、韓国の優れた陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達の作品等に影響を受けた、日本の、他の、陶工(陶器(pottery)職人・磁器(porcelain)職人)達等によって、16世紀の終わりから江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)にかけて、日本の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術は、日本国内の需要、及び、日本人の美意識に合わせて、大いに(たくさん)発展し、日本の、陶器(pottery)・磁器(porcelain)の制作技術は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、世界最高水準に達しました。
17世紀の、日本の、茶碗(cup)。
17世紀の、日本の、茶碗(cup)。
18世紀の、日本の、茶碗(cup)。
17世紀から18世紀の、日本の、皿。
1695年の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
18世紀の、日本の皿。
17世紀の、日本の皿。
18世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
17世紀の、日本の食器。
この日の夕食は、東京都心部の西部の、私の街(基本的に、静かで、落ち着いた住宅地となっています)の、居酒屋で、彼女と、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)等を)飲みながら、食べました。