先週の日曜日(以下、この日と書きます。ちなみに、この前日(先々週の土曜日)は、彼女は、我が家に泊まりました)の昼食は、日比谷(hibiya)area(東京都心部の中でも中心的な地域に位置する)のレストランで、私と彼女、私と彼女共通の、男女の友人同士グループでの、のんびりと、2時間程かけて、会話と、お酒を楽しみながらの、しっかりとした内容の食事の、食事会でした。ちなみに、この時もそうでしたが、私と彼女が参加する食事会の飲食代は、彼女の分も、私が出しています。
この日は、昼食の食事会を終えた後、彼女と、日比谷(hibiya)・丸の内(marunouchi)area(東京都心部の中でも中心的な地域に位置する)にある、国際(kokusai)ビルに入っている、出光(idemitsu)美術館を訪れました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
帝国劇場(1911年に開館。日比谷(hibiya)・丸の内(marunouchi)areaに位置します)は、間違っていたら申し訳ありませんが、おそらく、日本で、最初の、本格的な、西洋式の劇場です。
1966年に建てられた(建て替えられた)、帝国劇場の2代目の建物(1966年に完成)は、国際ビルと言う名前のビルで、出光(idemitsu)美術館も入っているビルです。設計は、谷口
吉郎(taniguchi
yoshiro)(1904年生まれ。1979年に亡くなる。日本の有名な建築家。息子は、日本の世界的に有名な建築家、谷口 吉生(taniguchi
yoshio)(1937年生まれ))が行いました。
(現在の)国際ビル(帝国劇場・出光(idemitsu)美術館)(1966年完成)は、新しい建物への建て替えの為、来年の2月に閉館する予定です。私は、建物・建築(特に、古い、建物・建築)に興味がある為、この日、出光(idemitsu)美術館を訪れた、主目的は、新しい建物への建て替えの為、もうすぐ、失われてしまう予定の、(現在の)国際ビルの建物を(じっくり)見納めと写真に収めて置く事にありました。出光(idemitsu)美術館は、今回、かなり久しぶりに訪れました。
参考に、以下「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、女性に、結構合わせているようでいて、その一方において、実は、女性に結構、自分の趣味に付き合って貰って来てもいます。今の彼女も含み、相手の女性は、それはそれで、私色に染まって、私の影響を受けて、私と共に、楽しんで来てくれました(楽しんでくれてます)。」
ちなみに、私も私の今の彼女も、好奇心は旺盛な性格です。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。帝国劇場、及び、国際ビルに関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
国際ビル(歴史的建造物)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3864677?&sfl=membername&stx=nnemon2
出光(idemitsu)(1911年創業)は、日本の主要な石油会社の一つです。帝国劇場・出光(idemitsu)美術館が入る、国際ビル(1966年完成)は、元々、出光(idemitsu)の、先代の、本社ビルとして建てられたビルでもあり、オフィス(office)用のビルとしての機能も持ち、現在も、出光(idemitsu)と出光(idemitsu)の関連会社の、東京のオフィス(office)の一つとしても使われています。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「日本には、もちろん公営美術館も全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には、中々、質の高い、美術品を、収蔵、公開している私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。」
出光(idemitsu)美術館は、国際ビルの最上階(9階)にある、小規模な、私営の美術館です。出光(idemitsu)美術館は、眺望が良く、出光(idemitsu)美術館からは、現在は、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されている、旧(かつての)江戸(edo)城(castle)の中心部分の、景色が広がります。現在は、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されている、旧(かつての)江戸(edo)城(castle)の中心部分に関しては、すぐ上でリンクを付けた、前回の投稿、及び、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
江戸城跡(2024年桜)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3799525/page/11?&sfl=membername&stx=nnemon2
江戸城跡(2024年桜)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3799524/page/11?&sfl=membername&stx=nnemon2
出光(idemitsu)美術館は、出光(idemitsu)の創業者である、日本の、実業家、出光
佐三(idemitsu sazou)(1885年生まれ、1981年に亡くなる)が、長年に渡り収集した、美術品・工芸品を収蔵、公開する為に、1966年に開館した、私営の美術館です。出光(idemitsu)美術館は、国際ビルに入っている、東京の美術館の他、出光(idemitsu)の創業地である、北九州(kitakyusyu)市(九州(kyusyu)(日本の南部)の北端に位置する、大都市と中都市(中規模程度の人口を有する都市)の中間の規模の人口を有する都市)にも美術館があり、又、関連施設として、東京の西部郊外にある、中近東(中東)文化センター等があります。
中近東(中東)文化センター→
http://www.meccj.or.jp/
以下、出光(idemitsu)美術館の補足説明に関しては、wikiを参考にしました。
出光(idemitsu)美術館:日本や中国の、絵画・陶磁器等の、日本と東洋(日本以外のアジアの国)の、古い、美術品・工芸品を中心とした、幅の広い、充実した、コレクション(収蔵品・(collection))を有している。幅の広い、充実した、コレクション(collection)を有しているが、特徴あるコレクション(collection)としては、唐津(karatsu)焼(九州(kyusyu)(日本の南部)の、伝統的な陶器の一つで、日本の、有名な陶器の一つ)の陶器の名品、仙厓
義梵(sengai gibon)(後で説明します)の作品の、とても充実した、コレクション(collection)を有している。出光
佐三(idemitsu sazou)の、膨大な(とても、たくさんの)、美術品のコレクション(collection)の一部は、出光
佐三(idemitsu sazou)が亡くなった後、海外(日本国外)に流失する、憂き目にあっている。2003年5月に、出光
佐三(idemitsu sazou)のコレクション(collection)であった、セザンヌ(Paul
Cezanne)の自画像がニューヨーク(New York)のオークション会社(auction house)にて競売され、ラスベガス(Las
Vegas)のカジノ(casino)経営者に、約20億5000万円(当時の為替相場は、1$=120円弱位)の価格で落札された。この売却は、出光(idemitsu)の株式上場をにらんだ資産圧縮の為に2001年に約145億円分の美術品を売却処分した内の一点である。
ちなみに、出光(idemitsu)美術館は、質・量共に、世界最大級のルオー(Georges
Rouault)の作品のコレクション(collection)を有していますが、出光(idemitsu)美術館のルオー(Georges
Rouault)の作品のコレクション(collection)は、出光(idemitsu)美術館の、幅の広い、充実した美術品コレクション(collection)の内の一部に過ぎません。日本には、ルオー(Georges
Rouault)の作品の、充実したコレクション(collection)を有している、美術館は、Panasonic、汐留(shiodome)美術館(東京都心部にある、私営の美術館)等、他に、複数あります。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、Panasonic、汐留(shiodome)美術館に関する、参考の投稿。
加賀象嵌(金沢の伝統工芸)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818056/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
パナソニック汐留美術館 テルマエ展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3818065/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
前述の通り、出光(idemitsu)美術館の東京の美術館(以下、単純に、出光(idemitsu)美術館と書きます)は、建物(出光(idemitsu)美術館が入居する国際ビル)の建て替えの為、来年の1月から、新しい建物が完成するまで、休館となります。
出光(idemitsu)美術館は、4月23日から10月20日(昨日)まで、建物の建て替えに伴う、休館前の、展覧会(exhibition)として、テーマ別に、4回に分けて、出光(idemitsu)美術館の、コレクション(collection)を紹介する展覧会(exhibition)を行っていましたが、この日は、4月23日から10月20日(昨日)まで、テーマ別に、4回に分けて行われた、出光(idemitsu)美術館の、コレクション(collection)を紹介する展覧会(exhibition)の内、最後の(最後に行われた)展覧会(exhibition)で、9月7日から10月20日(昨日)にかけて行われていた、出光(idemitsu)美術館の、コレクション(collection)の中から、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)以前の、日本の、絵画及び書(calligraphy)に関する、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て来ました。
この展覧会(exhibition)は、伊藤 若冲(ito jyakuchu)の「鳥獣花木図(鳥と動物と花と木の図)屏風」や、江戸(edo)名所風俗図(別名、江戸(edo)名所図屏風)(下の補足説明を参照)が、面白くて(興味深くて)、良かったです。
江戸(edo)名所風俗図(別名、江戸(edo)名所図屏風):以下、wikiを参考にしました。17世紀前半から中期頃。当時(1640年代から1650年代中期頃)の、東京を、描いた絵。作者は、不明。当時の東京の繁栄を、庶民的・卑俗的に描き出している事が特徴。上野(ueno)(東京都心部の北東部に位置する)の、不忍(shinobazu)池に、ペリカン(pelican)(元々、日本には生息していなかった鳥)が描かれており、これは、日本でペリカン(pelican)を描いた、最古の作品だと考えられている。
江戸(edo)名所風俗図に関しては、このsiteを参照して下さい→
https://www.museum.or.jp/report/1084
この展覧会(exhibition)の、パンフレット(leaflet)。
出光(idemitsu)美術館の館内の、この展覧会(exhibition)の、看板(記念撮影用の場所)。上側、伴大納言(bandainagon)絵詞(ekotoba)(1170年代頃の、日本の、絵巻物(emakimono)(下の補足説明を参照))の部分。下側、伊藤
若冲(ito jyakuchu)の「鳥獣花木図(鳥と動物と花と木の図)屏風」(18世紀)の部分。写真、左下端、仙厓 義梵(sengai
gibon)(1750年生まれ。1837年に亡くなる。日本の、仏教の僧侶(僧)・画家。現代の、日本の漫画に繋がる様な、個性的で、楽しい絵が特徴)の作品の一部。
絵巻物(emakimono):説明は、wikiを参考にしました。日本の絵画形式の一つ。平安(heian)時代(794年から1185年)において、発展した。横長の紙(または絹)を水平方向に繋いで、長大な画面を作り、情景(風景)や物語などを連続して表現した物(終端に巻き軸をつけ、収納時には軸を中心にして巻き収めることが出来る)。この様な形式の、伝統的な、書物・経典・絵画は、東アジアにおいては、割と、一般的な物であり、同様の絵画形式は、中国、韓国等にも存在する。
伊藤
若冲(ito
jyakuchu)(1716年生まれ。1800年に亡くなる。18世紀の、日本の、有名な画家)に関しては、以下の(すぐ下でリンクを付けた)投稿を参照して下さい。以下の(すぐ下でリンクを付けた)投稿では、(出光(idemitsu)美術館所蔵の)「鳥獣花木図(鳥と動物と花と木の図)屏風」に類似した、伊藤
若冲(ito jyakuchu)の作品、樹花鳥獣図(木と花と鳥と動物の図)屏風も紹介しています。
伊藤 若冲(ito jyakuchu)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3864660?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下9枚。出光(idemitsu)美術館で、11月2日から12月25日まで開催される予定の、トルコ(Turkey)の、トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館、トルコ・イスラム美術博物館(Turkish and Islamic Arts
Museum)、日本の、出光(idemitsu)美術館所蔵の、工芸品の名品の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)の、チラシ(leaflet)。この展覧会(exhibition)は、出光(idemitsu)美術館の、建物の建て替えに伴う、休館前の、最後の展覧会(exhibition)です。この展覧会(exhibition)は、今の所、訪れるつもり(訪れる予定)はありません。
写真上側、トプカプ宮殿(Topkapu Palace)博物館。写真下側、トルコ・イスラム美術博物館(Turkish and Islamic Arts Museum)。何れも、トルコ(Turkey)の、イスタンブール(Istanbul)に位置しています。
以下、トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館とトルコ・イスラム美術博物館(Turkish and Islamic Arts
Museum)に関する補足説明は、この展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)の説明やwikiを参考にしました。
トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館:トプカプ宮殿(Topkapu Palace)は、1467年に建造され、1856年まで、オスマン帝国(Ottoman
Empire)の君主の城(castle)・宮殿として使用されました。建物は、よく保存修復され、現在は、博物館(トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館)として公開されていますが、15世紀に建設されて以来、増改築を繰り返しており、創建当初の姿を保ち続けている訳ではありません。トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館は、世界有数の、宮殿博物館となっており、収蔵品(collection)は、宮廷のコレクション(collection)としては、質・量共に、世界有数となっています。
トルコ・イスラム美術博物館(Turkish
and Islamic Arts Museum):1914年に開館。オスマン帝国(Ottoman
Empire)時代(1299年から1922年)に開館した、最後の博物館であると同時に、トルコ(Turkey)とイスラムの美術品を収集した、トルコ(Turkey)で、最初の博物館。現在の博物館の建物は、16世紀の、オスマン帝国(Ottoman
Empire)の建築の中で、最も重要な建物の一つであるとされる、イブラヒム・パシャ(Ibrahim Pasha)宮殿を活用しています。
写真以下6枚。この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
何れも、トルコ(Turkey)の工芸品で、上から、19世紀、16世紀、16世紀、17世紀の物(上2つは、トプカプ宮殿(Topkapu Palace)博物館の所蔵。下2つは、トルコ・イスラム美術博物館(Turkish and Islamic Arts Museum)の所蔵)。
右側、トルコ(Turkey)の工芸品(16世紀末)で、トプカプ宮殿(Topkapu Palace)博物館の所蔵。左側は、何れも、出光(idemitsu)美術館の所蔵で、上、トルコ(Turkey)の工芸品(16世紀後半)、右下、中国の工芸品(景徳鎮(Jingdezhen porcelain)。1368年から1398年)。左下、中国の工芸品(14世紀)。
トルコ(Turkey)の工芸品(トプカプ宮殿(Topkapu Palace)博物館又はトルコ・イスラム美術博物館(Turkish and Islamic Arts Museum)の所蔵)。上側、18世紀。下側、右上から時計回りに、19世紀、16世紀、18世紀、17世紀。
中国の工芸品(トプカプ宮殿(Topkapu Palace)博物館又は出光(idemitsu)美術館の所蔵)。真ん中の一つ(14世紀後半から15世紀初め)を除き、全て、景徳鎮(Jingdezhen porcelain)。右上から時計回りに、1403年から1423年、15世紀後半、14世紀、15世紀から16世紀、14世紀、14世紀。
有田(arita)焼(九州(kyusyu)(日本の南部)の、伝統的な磁器の一つであり、日本の、有名な、磁器の一つ)。トプカプ宮殿(Topkapu
Palace)博物館又は出光(idemitsu)美術館の所蔵。右側、1700年から1730年。左上、17世紀。左下、1700年から1730年。
トルコ(Turkey)の工芸品(何れも、出光(idemitsu)美術館の所蔵)。左から、16世紀後半、16世紀末から17世紀初め、16世紀後半。
以下、参考の投稿。
東京国立博物館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766590?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766588?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766587?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766586?&sfl=membername&stx=nnemon2
出光(idemitsu)美術館を訪れた後は、地下鉄で移動し、学士会館を訪れました。
学士会館(東京都心部の中でも中心的な地域に位置しています)は、現在は、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されている、旧(かつての)江戸(edo)城(castle)の中心部分の周辺にある東京国立近代美術館と神保町(jinboucho)の間に位置しています。ちなみに、後述する、東京大学は、神保町(jinboucho)ではなく、東京都心部の中でも、比較的中心部に近い北部(やや北東寄り)の本郷(hongo)areaにあります。
神保町(jinboucho):5以上の大学及び、多くの専門学校、予備校(大学受験準備学校)が集まる、神田(kanda)・御茶ノ水(ochanomizu)area(東京都心部の中でも中心的な地域の北部に位置する)は、古くからの学生街であると共に、東京最大の学生街となっています。神田(kanda)・御茶ノ水(ochanomizu)areaは、世界最大の書店(本屋)街・古本屋(古書店・古本店)街である神保町(jinboucho)、sports用品店街である小川町(ogawamachi)、楽器店街である御茶ノ水(ochanomizu)と言った、個性的な街を有しています。
東京国立近代美術館に関しては、以下の(すぐ下でリンクを付けた)投稿を参照して下さい。ちなみに、東京国立近代美術館も、出光(idemitsu)美術館同様、現在は、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されている、旧(かつての)江戸(edo)城(castle)の中心部分の景色の、眺望が良い美術館です。
東京国立近代美術館 ピーター・ドイグ展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3730700/page/14?&sfl=membername&stx=nnemon2
学士会は、東京大学、京都(kyoto)大学、東北大学、九州(kyusyu)大学、北海道(hokkaido)大学、大阪大学、名古屋(nagoya)大学(各、大学に関しては、投稿のコメント欄の投稿の補足を参照して下さい)の卒業生達の、大学の枠を超えた、同窓会組織です。
学士会館は、学士会の社交施設(社交の為の施設)の建物で、現在の建物は、1928年に建てられた、旧館(kyukan)の建物と、1937年に増築された、新館(shinkan)の建物から成ります。学士会館は、宴会場(party会場)、会議室、宿泊施設(ホテル)、レストラン、バー(bar)・ラウンジ(lounge)等から成ります。
レストラン、バー(bar)・ラウンジ(lounge)は、学士会の会員でなくても利用出来ます。
ちなみに、私は、東京の私立大学を卒業しています(彼女は、私立の、女子大学を卒業しています)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
東京六大学チアリーダー・東京六大学応援歌メドレー他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3617910/page/52?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、すぐ上でリンクを付けた投稿の関連投稿。
大國魂神社(1900年以上の歴史を有する神社)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658684/page/42?&sfl=membername&stx=nnemon2
小津 安二郎映画「晩春」他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_2/view/id/3580708?&sfl=membername&stx=nnemon2
学士会館は、新しい建物への建て替えの為、今年の12月29日を以って、(一時)閉館となります。1928年に建てられた、旧館(kyukan)の建物部分は、場所を移動した上で、保存される予定の様ですが、1937年に増築された、新館(shinkan)の建物部分は、取り壊されてしまう様です。したがって、学士会館は、現在の建物の姿は、間もなく、失われてしまいます。私は、建物・建築(特に、古い、建物・建築)に興味がある為、新しい建物への建て替えの為、もうすぐ、失われてしまう予定の、(現在の)学士会館のビルの建物を(じっくり)見納めて置く為と写真に収めて置く為に、この日、学士会館を訪れました。
写真以下。学士会館の建物の外観。この日は、雲一つ無い快晴と言う訳ではなく、ある程度、雲はあったのですが、天気は良かったのですが(この投稿、上の方で、リンクを付けた、前回の投稿を参照)、学士会館に着いた時は、既に、夕方となり、日が陰って、少し暗くなり始めていました。
写真以下8枚。1928年に建てられた、学士会館の旧館(kyukan)部分。
写真以下10枚。右側、1928年に建てられた、学士会館の旧館(kyukan)の建物部分。左側、1937年に増築された、学士会館の新館(shinkan)の建物部分。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
学士会館(歴史的建造物)他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3864675?&sfl=membername&stx=nnemon2