( -∇-) エンジョイからの転載である。
( -∇-) 日本史上最も政治が腐敗した時代。
それは平安時代である。
( -∇-) というような話を書いた本『日本型革命の哲学』(山本七平著)を、いま読んでいる。昨日も少し話したが・・・
( -∇-) 要約すると
当時、公地公民制は崩れ、
国司に任命された役人は任地に赴かず、代理人を送った。
だから利権だけの役職になり、売官も盛んだった。
寺社や貴族へ土地を寄進することは法律上出来ないはずなのに、
盛んに行われ、公地はどんどんと有力者の荘園になっていった。
さらに朝廷に物を献じたり、寺社の造営に協力すると、
官職に任じられる場合があり、
これを『成功joukuou』と言った。
また、税を保管した正倉がよく火事になった。
これは、横領が発覚しそうになった役人が火を付けて、ごまかしたと言われている。
国司になれば、「その楽、余りあり、金絹、倉に満ち、酒肉、机にうずたかし」いわれていた。
( -∇-)b まさに利権国家。
(・_・?) これではまるで李氏朝鮮のようではないかな?
( -∇-) 藤原道長があれほどの栄華を誇った背景には、
こういう事情があったのである。
( -∇-) ちなみに藤原道長の死因は糖尿病であった言う説がある。
当時の日本の食事で糖尿病になれるとは、
(・_・?) ?どれほどの贅沢な食事をしていたのだろうか?
( -∇-) この腐敗の原因を山本七平はこう説明している。
自己伝統的な「自然的秩序」を無視した継受法(外国から導入した法律)には、いかに神権的権威でこれを施行しても「名存実亡」となり同時にその間隙を縫って利権が発生し、いかんともしがたい様相を呈する。
( -∇-) つまり、当時の律令は日本の国内事情を無視した外国の法律だからそもそも無理があった。だから、その無理の隙間を付いて、利権が発生するために、腐敗してどうしようもなくなる、ということである。
このような堕落した日本をまともにしたのが、日本初の固有法(継受法の反対語、その国独自の法律)である北条泰時の定めた『御成敗式目』である。そして、この法律は日本の自然的秩序に即して作られていたため、日本人の意識に深く浸透した。
( -∇-) 要約するとこのような内容であった。
( -∇-) つまり、日本の支配層の意識が大きく変わり、腐敗が激減したのは、
北条泰時の『御成敗式目』によるところが大きいという話である。
( -∇-) 山本七平はこの「御成敗式目」の発布を以て、『日本型革命』と呼んでいるようだ。
( -∇-) これがおそらく、半島と日本が決定的に異なる国になった瞬間かもしれないね。
( -∇-) 固有法を定めた偉大なる北条泰時に注目。
( -∇-) b