( -∇-) そろそろエンジョイの過去スレも消える時期なので、ペースを上げる。
( -∇-) 1230年に飢饉があった。
( -∇-) その年は旧暦六月に雪が降る異常気象だった。
でも、米がないわけではない。定家は「西国ではたいした被害がないのに、百姓が大げさに言っている」と記している。
その時の執権だった北条泰時は全国の富者から自らが保証人となり、米を借り受け、飢えている人々に貸し与えた。
そして、利子は自分が負担するから、元本だけ返してくれと言って借用書を自分が預かった。しかも、百姓が返せないときは返済を免除し、自分が負担した。
そのため、貧乏になった。
2年後には利子の返済と肩代わりが、9000石になってしまった。
家の塀が破れて中が見えるので、「堀を掘ったらどうか」と勧める人がいたが「人夫を集めてそのようなことをするのはわずらわしい」と断ったと伝えられている。
( -∇-) こういうようなエピソ¥ードが、
今読んでいる『日本型革命の哲学』(山本七平)という本に書いてあった。
(この逸話はこの本の主題とはあまり関係ないのであるが・・・)
( -∇-) これほどの人物だったので、
加持祈祷しかしない朝廷よりも
人望を集めても当然だね。
( -∇-) でも明治以降、泰時は一般には注目されていない。
( -∇-) 残念である・・・