母から、お礼メールが届いた。
梅の花を見た驚きの報告も添えてあった。
何年前になるだろうか?
春の彼岸に、祖母と末の妹と、墓参りに行った。
祖父が眠る墓は、赤城山の裾野に広がる公園墓地にある。
前橋市が広い敷地を管理し、綺麗に整備された、まだ新しい墓地だ。
祖父のお墓がある区画は、周囲に何本もの梅の木が植えてあり、春彼岸の頃には、梅の見頃となる。
祖父の墓へ着いた私たちが見たのは、一本の梅の枝だった。
5箇所ある花器の1つに、一本の梅の枝が手向けてあった。
私たちは、この花の意味を考えた。
「誰が、手向けたのだろう?この一本の梅の花は、どういう意味??」
考えた結果、「母と離婚した父が、この梅を手向けたのだろう」という結論に至った。
祖母は、私と妹に言った。
「T(母)には、梅のことは言うな。入院してるのに、具合が悪くなる」
「あれじゃ、私たちが、公園の梅を折って供えているみたいで、恥ずかしい」
私は、この後も何度か、春の彼岸になると、一本の梅の枝を目撃した。
秋の彼岸には、手でちぎってきた跡のある、ケイトウの花が一本あるのも目撃。
母を除いた親族も、一枝の花を目撃したが、墓参りのタイミングがずれていた母だけは、一度も、謎の一 輪挿しを見ることはなかった。
この謎の一輪挿しの存在は、母の耳にも届き、母は憮然とした。
「お父さんしか、そんなことをする人はいない。私が、『花をありがとう』と連絡するのを待っている」
「公園の花を折って供えてくれたって、迷惑なだけ。花を買うのは嫌だけど、来た跡は残したいから、花泥 棒をする」
「もし、花や線香を買うお金がないのなら、ただ拝んでくれた方が、よっぽど有難い」
そして、一年前の春彼岸、ついに母は謎の梅を目撃した。
「そんな梅は、見たら捨てる!!!」と言っていた母は、実際に、怪しい梅の枝を捨てたそうだ。 「梅の花に罪はないのだから、捨てることはないのに・・・。お父さんが梅を供えていると決定した訳でもない し・・・」と私は思った。 同時に、人を嫌い、疑うという行為は、こういうことなのだと痛感した。 私も、数え切れないくらい、母と同じことを繰り返しているのだと。 東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主なしとて 春な忘れそ
折られた上に、捨てられたのかも知れない梅の枝に、もののあはれを感じた1日。 また、梅の季節がやってくる。
◎飛梅 / さだまさし