以下、この投稿の前提として、Sharpについて説明します。Sharp(1912年創業)は、日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つで、大阪(東京に次ぐ、日本、第二の都市圏人口を有する都市)の、電気製品・電子製品会社です。Sharpは、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社です。
Sharpは、前述の通り、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社であり、また、業績の悪化により、最近(2016年に)、台湾(Taiwan)の、Hon Hai 精密工業(1974年創業。世界最大級の、EMS会社)に買収される事が決定しましたが(Hon Hai 精密工業の、資本的な、支配下に置かれる事が、決定しましたが)、中々、侮れない技術を有する、電気製品・電子製品会社です。
Sharpは、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社ですが、Panasonic(matsushita)(1917年創業。日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つ。本社は、大阪)や、Sony(1946年創業。日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つ。本社は、東京)と言った、巨大な、電気製品・電子製品会社に対し、革新的・個性的な製品を、多く、開発・販売する事により、生き残って来た、電気製品・電子製品会社です。

写真は、借り物。Sharpの創業者である、早川 徳次(hayakawa tokuji)(東京生まれの、日本の実業家・発明家。1893年生まれ。1980年に亡くなる)。家庭環境には、恵まれず、子供の頃・少年期は、大変(とても)、苦労した様です。教育についても、養子に出た家(東京で、肥料店を営んでいた家)の、継養母(養父の再婚した女性)に、意地悪され、当時の義務教育は、小学校の4年間であったが、その内の半分の2年で、中退させられています。1901年、7歳の時に、金属加工職人の家に預けられ、仕事には、厳しいが、情には厚い、主人(その金属加工職人)の下で働きながら、金属加工に関する技術を身に着け、後に、一人前の(立派な)、金属加工職人となりました。早川 徳次(hayakawa tokuji)は、1912年、18歳の時、世界初の、ベルト(belt)に穴を開けずに使えるバックル(buckle)を発明し、多くの受注を得た事を、きっかけに、独立しました(Sharpの、始まり)。

これも、おまけで、写真は、借り物。江木 欣々(egi kinkin)(東京の、芸者(geisha )。1877年生まれ。1930年に亡くなる)。美人として知られ、当時の、日本の、三大、美人の一人とも呼ばれていた様です。この写真では、よく分かりませんが(残されている写真は、少ない様です)、大きな目に、小さい鼻の、どちらかと言えば、美しいと言うよりも、可愛らしい(可愛い)顔立ちの(日本の、アニメ(anime)・漫画に出てくる女の子の様な顔立ちの?)、女性であった様です。早川 徳次(hayakawa tokuji)の、異父姉(父親が、異なる姉です)。1877年に、愛媛(ehime)県(日本の西南部に位置する県の一つ)の知事(日本の、政治家)が、当時、雇っていた、女中(maid)の一人(後に、東京で、日本の、商人・職人と結婚し、その男性との間の、3番目の子供として、1893年に、早川 徳次(hayakawa tokuji)を産む)と、不倫(furin)し(結婚しているのに、妻、又は、夫以外の人と、性的な関係を持つ(sexする)事をし)、生まれた子供です。(可哀相ですが)、望まれない子供であった為、養女(養子)に出されましたが、養女(養子)に出された家が、困窮した為(とても、貧しくなった為)、とても、若くして、芸者(geisha )の、見習いとなりました。おそらく、可愛らしい(可愛い)顔立ちで、客の間で、人気がある、芸者(geisha )の、見習いであったのでしょう。16歳の時に、日本の、貴族(男爵)の男性に、見初められ(愛され)、結婚します。しかしながら、夫(その男性)は、結婚後、わずかに1年で、病気で亡くなり、江木 欣々(egi kinkin)は、再び、芸者(geisha )の世界に戻り、芸者(geisha )となります。その後、日本の法学者(法律学者)と結婚し、日本の、社交界において活躍しました(その頃が、江木 欣々(egi kinkin)の、人生の、絶頂期であったと思います)。しかしながら、1925年に、夫が亡くなり、未亡人となりました。その後、どの様な心情で(夫の死が原因か?)、自殺に至ったのかは、分かりませんが、1930年に、(その時、遊びに訪れて、滞在していた)、大阪の、早川 徳次(hayakawa tokuji)(江木 欣々(egi kinkin)の、異父弟(父親が、異なる弟))の邸宅で、首吊り自殺をしました。
Sharpの経営理念は、以下の通りとなっています。
いたずらに(むやみに)規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって(誠意と独自の技術によって)、広く、世界の文化と福祉の向上に貢献する。
会社に働く人々の、能力開発と生活福祉の向上に努め、会社の発展と、一人一人の幸せとの一致をはかる。
株主、取引先をはじめ、全ての協力者との、相互繁栄を期す。
Sharpの創業者である、早川 徳次(hayakawa tokuji)(東京生まれの、日本の実業家・発明家。1893年生まれ。1980年に亡くなる)は、いつも、Sharpの、研究・開発者達に、「(他社に)真似される商品を造れ」と言っていた様です。
以下、Sharpが、開発・販売した、世界初、又は、日本初の製品の例です(この他にも、多くあります)。
1915年、(早川 徳次(hayakawa tokuji)が開発した)、世界で、最も、初期の頃の、現代の、シャープペンシル(mechanical pencil)に通じる、広く、実用に耐えうる、シャープペンシル(mechanical pencil)の販売を開始(ちなみに、ほぼ同時期に、アメリカのCharles Rood Keeran (アメリカの発明家・実業家)が、同様に、現代の、シャープペンシル(mechanical pencil)に通じる、広く、実用に耐えうる、シャープペンシル(mechanical pencil)を開発し、販売を開始して、成功しています)。このシャープペンシル(mechanical pencil)の、市場における成功は、後の、Sharpの基礎となりました。
日本の国産で、初めての、(一般販売向けの)テレビを開発し、1952年に、販売を開始。1953年には、日本の会社で、初めて、テレビの量産を開始。販売が開始された頃の価格は、175,000円(約175万won)。現在の価格に直すと、500万円(約5,000万won)位。高級車(高級自動車並みの)値段ですが、単なる、家電製品で、500万円(約5,000万won)位ですw。参考に、現在の、日本での、Mercedes-Benz C-ClassとBMW 3 Seriesの、販売価格は、420万円台(約4,200万won台)から、BMW 5 Seriesの、販売価格は、500万円台(約5,000万won台)の終わり位からとなっています。Sharpは、日本の、全ての家庭(世帯)に、1台の、テレビを、普及させる事を目標に、大量生産による、価格の引き下げを進め、1950年代において、日本における、テレビの価格の引き下げを、リード(先導)しました。ちなみに、日本では、テレビ放送は、1953年に始まり、当初は、テレビは、庶民にとっては、中々手が届かない贅沢品でしたが、1950年代末には、テレビが、庶民の家庭にも普及する様になりました。
日本で初めての、量産型の、電子レンジ(microwave oven)を開発し、1962年に販売(量産)を開始。
1964年。世界で初めて、オールトランジスタの(完全に、transistorを用いた)、電卓(electronic calculator)の販売を開始。これは、画期的な事であった様です。
1966年。当時、世界最大の出力の、太陽電池を、日本の、灯台に納入。ちなみに、Sharpは、2000年から2006年まで、太陽電池・太陽光発電の設備の、生産量、世界一の、会社でした。
1969年。世界で初めての、LSIの、電卓(electronic calculator)の販売を開始。
1972年。世界で初めて、テレビのチャンネル(channel)の番号が、テレビ画面に表示されるテレビを発売。現在では、当たり前の事になっていますが、これは、Sharpにより始められました(単純な事ですが、Sharpによる、画期的な革新の一つであると思います)。
1973年。世界初の、液晶画面(LCD)の、小型の電卓(electronic calculator)を発売。現在の、一般的な、電卓(electronic calculator)の元祖。Sharpによる、画期的な革新の一つです。
1976年。世界初の、太陽電池を搭載した、電卓(electronic calculator)を発売。
1979年。世界初の、仕上がりセンサーの付いた(料理の仕上がりを自動的に制御する)、電子レンジ(microwave oven)を発売。
1981年。レコード(record)を裏返す必要がない、世界初の、両面、自動演奏、レコードプレーヤー(record player)を発売。まあ、この頃の、Sharpの、何でも、思い付いた物を開発し、発売して見ようと言う精神が表れた商品の一つであると思います。
1981年。当時、世界で、最も、小さく、最も、軽い、普通紙の、複写機(photocopier)を発売。
1982年。世界初の、パソコン(PC)とテレビを、一体化した、パソコン(PC)テレビを発売。これも、この頃の、Sharpの、何でも、思い付いた物を開発し、発売して見ようと言う精神が表れた商品の一つであると思いますw。
1992年。世界で初めて、液晶モニター(LCD)が付いた、家庭用、ビデオカメラ(camcorder)を発売。Sharpによる、画期的な革新の一つです。
2000年。世界で初めて、カメラ(camera)機能が付いていて、撮影した写真を、メール(e-mail )で送る事が出来る、携帯電話(mobile phone)を販売。現在は、当たり前(現在は、スマートフォン(smartphone))となっていますが、Sharpが始めた事です。これにより、携帯電話(mobile phone)のカメラ(camera)で撮影した写真を、メール(e-mail )に添付し、友人や家族に送ることが一般的になりました(日本では、世界に先駆けて、携帯電話(mobile phone)のカメラ(camera)で撮影した写真を、メール(e-mail )に添付し、友人や家族に送ることが一般的になりました)。ちなみに、世界で初めての、カメラ(camera)機能が付いた、携帯電話(mobile phone)は、京セラ(Kyocera)(日本の、大規模、電子機器、情報機器、通信機器、太陽電池、セラミック(industrial ceramics)等の会社)が、1999年に販売しています。
2000年。世界で初めて、プラスとマイナスのイオンで、浮遊する菌等を、空中で、分解・除去する、プラズマクラスター(plasmacluster)、空気清浄器(air purifier )を発売。
2004年。世界で初めて、家庭用の、火熱水蒸気式(水で焼く)、オーブン(oven)を発売。
2000年代中期以降は、Sharpは、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産への経営資源の集中を、さらに加速させて行きました。Sharpは、少なくとも、テレビの分野においては、SonyやPanasonicと並ぶ、一流の、ブランド(brand)となりましたが、(大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社であるSharpは)、他の分野の製品の、開発・生産が、おろそかになりました。
ちなみに、我が家の、居間(living room)の、現在のテレビは、2009年に、6万円台(約60万won台)後半で、購入した、亀山(kameyama)工場(Sharpの、日本国内にある工場の一つ。2004年に操業を開始。当時、世界最先端の、液晶(LCD)テレビの工場であった)製の、Sharpの、手頃な値段の、液晶(LCD)テレビです。
Sharpの業績が、大きく悪化した理由は、他の分野への投資を犠牲にしてまで、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に投資をした(経営資源を集中させた)のにも関わらず、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビに関する、世界市場の、好み・需要の見極めと、投資・経営戦略おいて、韓国の企業(SamsungとLG)と台湾(Taiwan)の企業に敗れた事にあります。
かつて、従来の(伝統的な)、ブラウン管型(箱型)の、テレビの時代においては、Sharpは、SonyやPanasonicに比べて(従来の(伝統的な)、ブラウン管型(箱型)の、テレビにおいては、Sonyが、販売量においても、総合的な技術力においても、世界最強であった)、2流の企業のイメージが付きまとっていましたが、従来から、液晶(LCD)については、(世界最高水準の)高い技術を有していた、Sharpは、液晶(LCD)テレビの時代の到来は、Sharpが、テレビの分野において、SonyやPanasonicを逆転し、1流の、電気製品・電子製品会社となる、チャンス(chance)であると捉えて、他の分野への投資を犠牲にしてまで、また、多くの借金をしてまで(それまで、Sharpは、実質的に、借金をしない、堅実な経営を行っていました)、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に投資をしました(経営資源を集中させました)。この事は、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社である、Sharpにとっては、賭けであり、成功すれば、見返りは、大きな物であるが、失敗すれば、その損失は、Sharpの経営に、大きな影響を及ぼす物でした。この事は(Sharpの、企業規模からすれば、巨額の借金をしてまで、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に、大胆に、投資した事は)、(Sharpの創業者である)早川 徳次(hayakawa tokuji)(1980年に亡くなる)が定めた?、Sharpの経営理念である、「いたずらに(むやみに)規模のみを追わず」と言う事を、少し逸脱していたのかもしれません(当時、Sharpは、液晶(LCD)テレビの成功を原動力として、将来的には、SonyやPanasonicと、肩を並べる規模の、電気製品・電子製品会社に成長する野望を抱いていた可能性も、少なくないと思います)。そして、結果としては、SonyやPanasonic同様、Sharpは、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビに関する、世界市場の、好み・需要の見極めと、投資・経営戦略おいて、韓国の企業(SamsungとLG)と台湾(Taiwan)の企業に敗れ、その事は、Sharpの業績に、深刻な影響を及ぼす事となりました。
前述の通り、Sharpは、業績の悪化により、最近(2016年に)、台湾(Taiwan)の、Hon Hai 精密工業(1974年創業。世界最大級の、EMS会社)に買収される事が決定しました(Hon Hai 精密工業の、資本的な、支配下に置かれる事が、決定しました)。これにより、Sharpは、日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の中で、初めて、外国の資本の手に渡る(外国の資本の傘下)になる事となりました。日本は、ドイツ、イタリアと同様、イギリス、アメリカ等の、英語圏の国に比べて、民族主義的、愛国主義的な傾向が強い事から(ちなみに、日本と、ドイツ、イタリアは、大企業も、もちろんあるが、中小企業が、非常に多く、中小企業が、経済を支えている事、伝統的に、職人が大切にされる(職人が、尊敬され、大事にされる)事、アメリカ、イギリス、フランス等に比べると、お金を回す業種(金融業・保険業等)は、弱いが、物を作り出す業種(製造業)は、強いと言った、共通点を有しています)、Sharpが、日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の中で、初めて、外国の資本の手に渡る(外国の資本の傘下)になる事について、ショック(衝撃)や不安を感じている人々も、少なくない様です(特に、電気産業・電子産業は、1960年代から1990年代まで、長い間、日本の経済の原動力となって来た事から、尚更。。。もっとも、この事に関して、若者を中心に、無関心な人々も、少なくない様ですが。。。)。ちなみに、自動車産業においては、既に、日産(nissan)自動車(1911年創業。1910年代に乗用車の生産を開 始。日本の、大規模、自動車会社の一つで、日本の、三大、自動車会社(トヨタ(Toyota),日産(Nissan),本田(honda)の一つ)が、業績の悪化により、1999年に、フランスのルノー(Renault)(フランス、最大の、自動車会社。フランス政府の影響力が強い会社)の資本の、傘下に入っています。
動画は、you tubeから借りて来た物。「robohon」。Sharpが、今年の、5月26日から、日本国内で販売を開始する予定の、世界初の、携帯電話(mobile phone)とロボット(robot)が融合した、モバイル(mobile)型、ロボット(robot)電話です(ちなみに、日本は、世界最先端の、ロボット(robot)技術を有する国の一つです)。価格は、20万円(約200万won)位(やや高いですね)。Sonyの、AIBO(下の補足説明参照)と同様、新しい物(新しい製品)が好きな、中流層を狙った(新しい物(新しい製品)が好きな、中流層を、主要な購入者層と想定した)、製品の様です。私は、電気製品・電子製品に関しては、保守的で、つましく、新しい製品には、あまり手を出さず(新しい、製品を、積極的に、購入する事はせず)、むしろ、電気製品・電子製品は、だいたい、一度買ったら、壊れるまで使う気持ち(壊れたら、やっと買い替える位の気持ちw)で使うので(仕事では、スマートフォン(smartphone)(iPhone)を使っていますが、私的な利用専用の、携帯電話(mobile phone)は、未だに、7年前位に、替えた、Panasonicの、チープな(安物の)、昔ながらの、携帯電話(mobile phone)を使っていますw)、この製品を買うつもりは、全くありませんが、中々、面白そうな製品ですね。
AIBO:Sonyが、1999年から2006年にかけて販売していた、家庭用の、犬型の、ペット(pet)ロボット(robot)。おそらく、子供用のおもちゃ(toy)ではなく、大人向けの、本格的なペット(pet)となり得る事を想定して、本格的に開発された、世界初の、一般家庭用の、犬型の、量産、ペット(pet)ロボット(robot)。当時の、日本国内での販売価格は、7万円(約70万won)位から25万円(約250万won)位。発売当初は、日本3,000体、アメリカ2,000体の限定販売でしたが(前に、kjの投稿で、「当初、日本とアメリカで、500体限定で、発売された」と書きましたが、間違えでした。済みません)、2000年からは、本格的に、量産されました(通常生産品となりました)。