日本人が喜ぶ、世界が賞賛する日本の実体
まさに、名実ともに、ネトウヨ文化人の仲間入りという感じだが、しかし、そもそもケント・ギルバート氏といえば、1980年代に人気クイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』へ出演、お茶の間の人気者となったいわゆる“外タレ”だ。カリフォルニア州弁護士の肩書もあり、インテリ風のキャラクターを売りとしていたが、当時は、いまのように改憲タカ派的な言動はほぼなかったように思う。
むしろ、『関口宏のサンデーモーニング』のレギュラーを務めていたときは、“外国人”という立ち位置を十分に活用したうえでバランスよくコメントするイメージだった。
実際、当時の著書『ボクが見た日本国憲法』(PHP研究所、1988年)を読む限り、現在のギルバート氏とは180度異なる印象を受ける。たとえば、外国人に対する指紋押捺に関してはこう語っている。
〈いま日本に韓国人が大勢いるのは、日本と韓国の過去の不幸なつながりの結果ですね。僕らは自由意志で来ているけど、何代も何代も日本にいる韓国人は、最初から来たくて来たんじゃないだろうし、帰ろうと思っても、そう簡単に帰れません。(中略)
自分たちにはちゃんと祖国があるのに、祖国でないこの国になぜいるのか、そのことを日本国政府は無視している〉
また、かつてケント氏自身が半年間居住したことのある沖縄については、“日本の防衛は沖縄の犠牲のうえでなりたっている”とはっきり述べている。
〈しかし何よりあれだけ軍事施設があると、万が一戦争があった場合、またまた沖縄が日本全国の犠牲になる可能性が高い。このことが一番大きな迷惑ではないかと思います。(中略)
大都会にいて、安保がどうのこうのとか、自衛隊が憲法違反とか、議論しても、実際にはそういうことが言える平和で安全な生活は、沖縄県民の我慢と忍耐の上にのっかってきたんですからね。
なんで沖縄だけが日本の犠牲にならなくちゃいけないのかって、沖縄の人はおこっているけど、僕もそう思いますよ〉
さらに同書では、日本国憲法についても「僕は改正する必要はないと思うな」とすら発言し、憲法9条は「理想」とした上で、「理想は変えない方がいい」と語っている。
〈日清戦争から日露戦争、第二次世界大戦にかけて、どのような歴史的経緯があったにせよ、日本が朝鮮半島や中国大陸、東南アジア諸国を「侵略」し、悲惨な戦争を繰り広げたことは事実である。(中略)
また、その当時の日本人の多くが中国人や朝鮮人を差別し、彼らを民族的に見下しながら虐げていた事実を、一部の日本の年配者は否定していない。
第二次世 界大戦の終戦までに日本が行っていたことは国家として、そしてその国の国民である日本人として、歴史の必然であったとしても、負の遺産として顧みることは 無駄ではないと思う。(中略)
また私が推測するに、「自分が生まれる遥か昔の出来事なのに、なぜ自分が日本人として反省しなければならないのだ!と、憤慨する人も多いと思う。現代では、そのような考えを持つ日本人の方が多数派かも知れない。
彼らに対して私がひとつだけ伝えたいのは、「世界の人々は決してそのような考え方をしない」ということだ。つまり、「そんなことはずいぶん昔の話で しょ。オレには関係ないもん!」といった日本の若者的な考え方は、かつて日米貿易摩擦の時代によくいわれた、「日本の常識は世界の非常識」の典型例なので ある。〉
〈「自分が直接関わっていないから反省などできない」と反発するのは、未熟な子どものいい分である。二十代の若者ならまだ大目に見るとしても、三十代以上の「分別のある大人」であるなら、私はそのような人には時間を掛けて諭したい。
(中略)
祖先が残した遺産はありがたく頂戴するが、歴史問題という負の遺産は相続したくないという考えは、ただのワガママである。そして困ったことに、今の日本にはワガママな大人が少なくない。〉
http://lite-ra.com/2015/12/post-1761.html