https://youtu.be/Be955EMr13o?si=LzESB-0kLj3_xK_Q
動画は、借り物。AIカラー化した?(元々、白黒の映画です)、「メトロポリス(Metropolis)」(1927年の、ドイツのSF映画)の、ダンス(踊り)の場面。音楽は、現代において、後からつけた物です(元々、サイレント映画(音のない映画)です)。
以下、基本的に(一つ、参考の投稿を足しています)、2017年の2月に行った投稿から抜粋して来た物で、Sharp(下の補足説明参照)に関する説明です。
大阪(東京に次ぐ、日本、第二の都市圏人口を有する都市)は、古くから、日本の、商業の中心都市で、明るく、庶民的で、権威的な物や堅苦しい事を嫌う、自由商人の、気質を持つ都市です(大阪(osaka)は、人々が、明るく、気さく(気取りがなく、親しみ易く)・陽気で、権威を嫌う、自由商人の気質を持つ都市です)。大阪(osaka)は、日本料理のみならず、世界中の料理の、庶民的・大衆的な店から、高級な店まで、非常に多くの、質が高い飲食店がある事から(大衆的な店から、高級店まで、外食全般の、質が高い事から)、食の都(日本の、美味しい食事の中心都市)としても知られています。
Sharp:1912年創業。日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つで、大阪の、電気製品・電子製品会社。Sharpは、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社です。Sharpは、業績の悪化により、最近(2016年に)、台湾(Taiwan)の、Hon
Hai 精密工業(1974年創業。世界最大級の、EMS会社)に買収されましたが(Hon Hai
精密工業の、資本的な、支配下に置かれましたが)、中々、侮れない技術を有する、電気製品・電子製品会社です。ちなみに、Sharpの業績が、大きく悪化した理由は、他の分野への投資を犠牲にしてまで、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に投資をした(経営資源を集中させた)のにもかかわらず、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビに関する、世界市場の、好み・需要の見極めと、投資・経営戦略おいて、韓国の企業(SamsungとLG)と台湾(Taiwan)の企業に敗れた事にあります。
Sharpは、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社ですが、Panasonic(matsushita)(1917年創業。日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つ。本社は、大阪)や、Sony(1946年創業。日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の一つ。本社は、東京)と言った、巨大な、電気製品・電子製品会社に対し、革新的・個性的な製品を、多く、開発・販売する事により、生き残って来た、電気製品・電子製品会社です。

写真は、借り物。Sharpの創業者である、早川
徳次(hayakawa
tokuji)(東京生まれの、日本の実業家・発明家。1893年生まれ。1980年に亡くなる)。家庭環境には、恵まれず、子供の頃・少年期は、大変(とても)、苦労した様です。教育についても、養子に出た家(東京で、肥料店を営んでいた家)の、継養母(養父の再婚した女性)に、意地悪され、当時の義務教育は、小学校の4年間であったが、その内の半分の2年で、中退させられています。1901年、7歳の時に、金属加工職人の家に預けられ、仕事には、厳しいが、情には厚い、主人(その金属加工職人)の下で働きながら、金属加工に関する技術を身に着け、後に、一人前の(立派な)、金属加工職人となりました。早川
徳次(hayakawa
tokuji)は、1912年、18歳の時、世界初の、ベルト(belt)に穴を開けずに使えるバックル(buckle)を発明し、多くの受注を得た事を、きっかけに、独立しました(Sharpの、始まり)。
Sharpの経営理念は、以下の通りとなっています。
いたずらに(むやみに)規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって(誠意と独自の技術によって)、広く、世界の文化と福祉の向上に貢献する。会社に働く人々の、能力開発と生活福祉の向上に努め、会社の発展と、一人一人の幸せとの一致をはかる。
株主、取引先をはじめ、全ての協力者との、相互繁栄を期す。
Sharpの創業者である、早川 徳次(hayakawa tokuji)(東京生まれの、日本の実業家・発明家。1893年生まれ。1980年に亡くなる)は、いつも、Sharpの、研究・開発者達に、「(他社に)真似される商品を造れ」と言っていた様です。
以下、Sharpが、開発・販売した、世界初、又は、日本初の製品の例です(この他にも、多くあります)。
1915年、(早川
徳次(hayakawa tokuji)が開発した)、世界で、最も、初期の頃の、現代の、シャープペンシル(mechanical
pencil)に通じる、広く、実用に耐えうる、シャープペンシル(mechanical
pencil)の販売を開始(ちなみに、ほぼ同時期に、アメリカのCharles Rood Keeran
(アメリカの発明家・実業家)が、同様に、現代の、シャープペンシル(mechanical
pencil)に通じる、広く、実用に耐えうる、シャープペンシル(mechanical
pencil)を開発し、販売を開始して、成功しています)。このシャープペンシル(mechanical
pencil)の、市場における成功は、後の、Sharpの基礎となりました。
日本の国産で、初めての、(一般販売向けの)テレビを開発し、1952年に、販売を開始。1953年には、日本の会社で、初めて、テレビの量産を開始。販売が開始された頃の価格は、175,000円(約175万won)。現在の価格に直すと、500万円(約5,000万won)位。高級車(高級自動車並みの)値段ですが、単なる、家電製品で、500万円(約5,000万won)位ですw。参考に、現在の、日本での、BMW
3 Seriesの、販売価格は、約400万円(約4,000万won)から、Mercedes-Benz
C-Classの、販売価格は、430万円台(約4,300万won台)から、BMW 5
Seriesの、販売価格は、500万円台(約5,000万won台)の終わり位からとなっています。Sharpは、日本の、全ての家庭(世帯)に、1台の、テレビを、普及させる事を目標に、大量生産による、価格の引き下げを進め、1950年代において、日本における、テレビの価格の引き下げを、リード(先導)しました。ちなみに、日本では、テレビ放送は、1953年に始まり、当初は、テレビは、庶民にとっては、中々手が届かない贅沢品でしたが、1950年代末には、テレビが、庶民の家庭にも普及する様になりました。
以下、参考の投稿。
日本最古のテレビCM他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3775642?&sfl=membername&stx=nnemon2
日本で初めての、量産型の、電子レンジ(microwave oven)を開発し、1962年に販売(量産)を開始。
1964年。世界で初めて、オールトランジスタの(完全に、transistorを用いた)、電卓(electronic calculator)の販売を開始。これは、画期的な事であった様です。
1966年。当時、世界最大の出力の、太陽電池を、日本の、灯台に納入。ちなみに、Sharpは、2000年から2006年まで、太陽電池・太陽光発電の設備の、生産量、世界一の、会社でした。
1969年。世界で初めての、LSIの、電卓(electronic calculator)の販売を開始。
1972年。世界で初めて、テレビのチャンネル(channel)の番号が、テレビ画面に表示されるテレビを発売。現在では、当たり前の事になっていますが、これは、Sharpにより始められました(単純な事ですが、Sharpによる、画期的な革新の一つであると思います)。
1973年。世界初の、液晶画面(LCD)の、小型の電卓(electronic calculator)を発売。現在の、一般的な、電卓(electronic calculator)の元祖。Sharpによる、画期的な革新の一つです。
1976年。世界初の、太陽電池を搭載した、電卓(electronic calculator)を発売。
1979年。世界初の、仕上がりセンサーの付いた(料理の仕上がりを自動的に制御する)、電子レンジ(microwave oven)を発売。
1981年。レコード(record)を裏返す必要がない、世界初の、両面、自動演奏、レコードプレーヤー(record
player)を発売。まあ、この頃の、Sharpの、何でも、思い付いた物を開発し、発売してみようと言う精神が表れた商品の一つであると思います。
1981年。当時、世界で、最も、小さく、最も、軽い、普通紙の、複写機(photocopier)を発売。
1982年。世界初の、パソコン(PC)とテレビを、一体化した、パソコン(PC)テレビを発売。これも、この頃の、Sharpの、何でも、思い付いた物を開発し、発売してみようと言う精神が表れた商品の一つであると思いますw。
1992年。世界で初めて、液晶モニター(LCD)が付いた、家庭用、ビデオカメラ(camcorder)を発売。Sharpによる、画期的な革新の一つです。
2000年。世界で初めて、カメラ(camera)機能が付いていて、撮影した写真を、メール(e-mail)で送る事が出来る、携帯電話(mobile
phone)を販売。現在は、当たり前(現在は、スマートフォン(smartphone))となっていますが、Sharpが始めた事です。これにより、携帯電話(mobile
phone)のカメラ(camera)で撮影した写真を、メール(e-mail)に添付し、友人や家族に送ることが一般的になりました(日本では、世界に先駆けて、携帯電話(mobile
phone)のカメラ(camera)で撮影した写真を、メール(e-mail)に添付し、友人や家族に送ることが一般的になりました)。ちなみに、世界で初めての、カメラ(camera)機能が付いた、携帯電話(mobile
phone)は、京セラ(Kyocera)(京都(kyoto)を拠点とする(京都(kyoto)に本社を置く)会社。日本の、大規模、電子機器、情報機器、通信機器、太陽電池、セラミック(industrial
ceramics)等の会社)が、1999年に販売しています。
2000年。世界で初めて、プラスとマイナスのイオンで、浮遊する菌等を、空中で、分解・除去する、プラズマクラスター(plasmacluster)、空気清浄器(air purifier)を発売。
2004年。世界で初めて、家庭用の、火熱水蒸気式(水で焼く)、オーブン(oven)を発売。
2000年代中期以降は、Sharpは、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産への経営資源の集中を、さらに加速させて行きました。Sharpは、少なくとも、テレビの分野においては、SonyやPanasonicと並ぶ、一流の、ブランド(brand)となりましたが、(大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社であるSharpは)、他の分野の製品の、開発・生産が、おろそかになりました。
Sharpの業績が、大きく悪化した理由は、他の分野への投資を犠牲にしてまで、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に投資をした(経営資源を集中させた)のにもかかわらず、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビに関する、世界市場の、好み・需要の見極めと、投資・経営戦略おいて、韓国の企業(SamsungとLG)と台湾(Taiwan)の企業に敗れた事にあります。
かつて、従来の(伝統的な)、ブラウン管型(箱型)の、テレビの時代においては、Sharpは、SonyやPanasonicに比べて(従来の(伝統的な)、ブラウン管型(箱型)の、テレビにおいては、Sonyが、販売量においても、総合的な技術力においても、世界最強であった)、2流の企業のイメージが付きまとっていましたが、従来から、液晶(LCD)については、(世界最高水準の)高い技術を有していた、Sharpは、液晶(LCD)テレビの時代の到来は、Sharpが、テレビの分野において、SonyやPanasonicを逆転し、1流の、電気製品・電子製品会社となる、チャンス(chance)であると捉えて、他の分野への投資を犠牲にしてまで、また、多くの借金をしてまで(それまで、Sharpは、実質的に、借金をしない、堅実な経営を行っていました)、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に投資をしました(経営資源を集中させました)。この事は、大規模、電気製品・電子製品会社としては、規模の小さな会社である、Sharpにとっては、賭けであり、成功すれば、見返りは、大きな物であるが、失敗すれば、その損失は、Sharpの経営に、大きな影響を及ぼす物でした。この事は(Sharpの、企業規模からすれば、巨額の借金をしてまで、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビの、開発と生産に、大胆に、投資した事は)、(Sharpの創業者である)早川
徳次(hayakawa
tokuji)(1980年に亡くなる)が定めた?、Sharpの経営理念である、「いたずらに(むやみに)規模のみを追わず」と言う事を、少し逸脱していたのかもしれません(当時、Sharpは、液晶(LCD)テレビの成功を原動力として、将来的には、SonyやPanasonicと、肩を並べる規模の、電気製品・電子製品会社に成長する野望を抱いていた可能性も、少なくないと思います)。そして、結果としては、SonyやPanasonic同様、Sharpは、液晶パネル(LCD)と液晶(LCD)テレビに関する、世界市場の、好み・需要の見極めと、投資・経営戦略おいて、韓国の企業(SamsungとLG)と台湾(Taiwan)の企業に敗れ、その事は、Sharpの業績に、深刻な影響を及ぼす事となりました。
前述の通り、Sharpは、業績の悪化により、最近(2016年に)、台湾(Taiwan)の、Hon
Hai 精密工業(1974年創業。世界最大級の、EMS会社)に買収されました(Hon Hai
精密工業の、資本的な、支配下に置かれました)。これにより、Sharpは、日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の中で、初めて、外国の資本の手に渡る(外国の資本の傘下)になる事となりました。日本は、ドイツ、イタリアと同様、イギリス、アメリカ等の、英語圏の国に比べて、民族主義的、愛国主義的な傾向が強い事から(ちなみに、日本と、ドイツ、イタリアは、大企業も、もちろんあるが、中小企業が、非常に多く、中小企業が、経済を支えている事、伝統的に、職人が大切にされる(職人が、尊敬され、大事にされる)事、アメリカ、イギリス、フランス等に比べると、お金を回す業種(金融業・保険業等)は、弱いが、物を作り出す業種(製造業)は、強いと言った、共通点を有しています)、Sharpが、日本の、大規模、電気製品・電子製品会社の中で、初めて、外国の資本の手に渡る(外国の資本の傘下)になる事について、ショック(衝撃)や不安を感じている人々も、少なくない様です(特に、電気産業・電子産業は、1960年代から1990年代まで、長い間、日本の経済の原動力となって来た事から、なおさら。。。もっとも、この事に関して、若者を中心に、無関心な人々も、少なくない様ですが。。。)。ちなみに、自動車産業においては、既に、日産(nissan)自動車(1911年創業。1910年代に乗用車の生産を開始。日本の、大規模、自動車会社の一つで、日本の、三大、自動車会社(トヨタ(Toyota)、日産(Nissan)、本田(honda)の一つ)が、業績の悪化により、1999年に、フランスのルノー(Renault)(フランス、最大の、自動車会社。フランス政府の影響力が強い会社)の資本の、傘下に入っています。
以上、基本的に、2017年の2月に行った投稿から抜粋して来た物で、Sharp(下の補足説明参照)に関する説明でした。
CASIO(1946年創業。本社は、東京)は、日本の大規模、電子会社・時計会社の一つです。世界的には、頑丈な腕時計の、G-SHOCKで有名です。
おそらく、CASIOは、SHARPと並ぶ、世界最大級の、電卓(electronic calculator)会社(SHARPと共に、世界の、2大、電卓(electronic calculator)会社)です。

写真は、借り物(写真の作者:Momotarou2012)。日本の、東京国立科学博物館に展示してある、CASIOが、1957年に、世界で初めて開発した、商用の、リレー式(継電式)の計算機。14-A。以下、14-Aに関する説明は、このsiteから借りて来ました→
https://www.yamahaku.pref.yamaguchi.lg.jp/gallery/storage_sae/2022-01-004/
CASIO 14-Aが登場するまでは、歯車をモータで動かす等の電動式の計算機が主流でしたが、CASIO 14-Aは、演算素子にリレー(継電器)(当時、電話交換機等で使われていた)を採用し、演算処理すべて電気回路でおこなった画期的な計算機です。

写真は、借り物、CASIOの、卓上型電子計算機(electronic calculator)の広告(1967年)。

写真は、借り物(写真の作者:Yagshi)。CASIOが、1972年に販売した、世界初の、パーソナル(企業向けではなく、個人の、一般家庭向けの)、電卓(electronic calculator)、「カシオミニ」。電卓(electronic calculator)を、個人でも、手軽に入手出来る時代を切り開いた。
写真以下2枚。CASIOが、1981年に販売を開始した、世界初の、VLSI化された電子楽器、CASIO VL-1。

写真は、借り物(写真の作者:Dontpanic)。

写真は、借り物。オーストリアの、ウィーン(Vienna)産業技術博物館(Vienna Technical Museum)に展示されている、CASIO VL-1。
以下、「」内。CASIO VL-1に関する説明は、基本的に、wikiから抜粋して来た物です。
「VL-1は、CASIOのVL-Toneシリーズの最初の楽器であり、VL-Toneとしばしば呼ばれる。電卓やシンセサイザー、ミュージックシーケンサーの機能を持ち
、1981年に数万円程度で販売された。VL-1は、電子楽器奏者からその安っぽい作りと、元になった楽器とは全然似てない音色に、キッチュ(kitsch)な価値を見出されている。
音は、ほぼ矩形波をさまざまなパルス幅でフィルタしたものから作られている。そのピアノ、ヴァイオリン、フルート、ギターの音色は全く元になった楽器と似ても似つかないものであった。「ファンタジー」という音色もあり、また発振器の波形とADSRのエンベロープを定義した音色を出すことも出来た。」
https://youtu.be/xqTBlft8gQA?si=j9HopW-CuC3CHWlr
動画は、借り物。CASIOのVL-Toneを使用した、ドイツの、バンド(band)、トリオ(Trio)の曲、「Da Da Da」(1982年)。ヨーロッパ各国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等で、大ヒット(とてもhit)した。
以下、最近の投稿。
池田 亮司(ikeda ryouji)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3790830?&sfl=membername&stx=nnemon2