基本的に(参考の投稿を足す等しています)、2017年の3月の下旬に行った投稿の再掲です(投稿文は、2017年の3月の下旬の投稿を前提としています)。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
日本の近代の船の歴史前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3877778?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、近代の日本の豪華客船についてです。
三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、1994年に開館した、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町)にある、三菱(mitsubishi)重工業の技術を中心とした、科学技術に関する資料館です。主として、子供を対象にした施設と言った感じですが、大人でも、十分楽しめます。
三菱(mitsubishi)重工業(1884年創業)は、日本最大級の重工業会社の一つであり、日本を代表する重工業会社の一つです。
写真以下4枚。前に、アップ(uplaod)した写真の、再利用。三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示物を、解説する、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の、子供向けの、チラシ(leaflet)。。。これは、カラースキームに関する解説です。
カラースキームは、客船の製造においては、建築家やデザイナー(designer)等がデザイン(design)した、客船の内装の、デザイン(design)画の事を言います。カラースキーム(特に、カラースキームの、最終決定版は)、カラー写真が、一般的でなかった頃の、客船の内装を知る上で、重要な資料となっています

写真以下3枚。三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館に、収蔵・展示されている、昔の、カラースキームの例。この、解説チラシ(leaflet)より。。。
写真以下2枚。記憶が曖昧ですが、確か、何れも、1900年から1940年頃までの、日本の豪華客船の内装の、カラースキームです。


写真左側は、客室の、カラースキーム。

橿原丸(kashiharamaru。1939年建造開始、1942年完成予定。27,700トン(GT))の1等(first
class)社交室のカラースキーム(設計・デザイン(design)は、中村 順平(nakamura
jyunpei)(日本の建築家。1887年生まれ。1977年に亡くなる。日本の客船のインテリア(内装)の設計の第一人者で、日本の建築家達の中で、第二次世界大戦以前において、日本の大型客船のインテリア(内装)の設計を、最も多く手がけた)が、行いました)。橿原丸(kashiharamaru)は、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社(下の補足説明参照)が、(1936年にドイツのBerlinで開催された夏季オリンピックに引き続き)1940年に開催されるはずだった、東京オリンピック(Olympics)(夏季Olympics)(第2次世界大戦により中止)の前後に合わせる様に、次々と投入する予定であった、(三菱(mitsubishi)重工業が、建造する予定であった)、新しい豪華客船の一つで、日本の客船史上、最高の豪華客船となるはずが(橿原丸(kashiharamaru)の2等(second
class)が、新田丸(nittamaru。日本の客船史上、最も豪華な客船の一つ)の1等(first
class)と同じ水準になるように設定された)、戦争の影響により、就航する事なく、空母、隼鷹(jyunyou)へと改造されました。正面舞台は、古代の雅楽(gagaku。中国や韓国から伝わった音楽を基にした日本の伝統的音楽)が表現されており、電灯の、すぐ下には、舞楽の面、竪琴の右には、装束を着た楽人が見えます。その下、中央は、翁、千歳三番叟の一組で、中世の能楽(noh・kyogen。日本の伝統的な演劇の一つ)を表現しています。正面の扉部分には、桜と馬を引く、男の図。また、部屋の四隅には、日本の城(castle)を描いたレリーフ(relief)が見えます。これは、漆工芸の工芸家が、乾漆に金箔、銀箔、そして岩絵具を用いて彩色する予定であったと言います。橿原丸(kashiharamaru)は、完成していたら、日本を代表する豪華客船となっていた事でしょう。
日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社:日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つ。第2次世界大戦前、日本は、イギリス、アメリカに次ぐ、世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国でした。日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、その世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社は、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つであると共に、世界有数の海運(shipping・marine
transportation)会社となっています)。
1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社も、当時、太平洋航路向けの主要な豪華客船としては、6隻の豪華客船を保有し、日本と北米を結んでいました。当時の、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の、太平洋航路向けの主要な豪華客船は、日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、比較的小さな豪華客船3隻と、日本と、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ、比較的大きな豪華客船3隻です。この6隻の中で、代表的な、1929年に完成し、運航を開始した、横浜とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ浅間丸(asamamaru)は、他の同社の日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ豪華客船同様に、日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ豪華客船よりも一回り大きく、約17,000トン(GT)あり、また、同社の日本と北米を結ぶ豪華客船の中でも取り分け豪華で、「太平洋の女王」と呼ばれたそうです。
。
前に、アップ(upload)した写真の再利用。日本郵船(Nippon Yusen)歴史博物館(横浜にある、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社が運営する、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の歴史に関する資料館)のパンフレット(booklet)から。。。浅間丸(asamamaru)の模型。

写真は、借り物。1929年に完成し、運航を開始した、三菱(mitsubishi)重工業製の、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ、日本の豪華客船、浅間丸(asamamaru)(約17,000トン(GT))。食堂(dining room・レストラン)の内装には、贅沢に、イタリア産の大理石が使われ、客室内には、当時最先端の設備が使われていました。当時、「太平洋の女王」と呼ばれました。以下、浅間丸(asamamaru)に関する説明は、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の、展示解説を参考にしました。浅間丸(asamamaru)は、主要な部分の内装の、設計・デザイン(design)・製作は、イギリスの装飾会社に依頼され、客室全体は、イギリスの、クラシック(伝統)調で纏められていました。
写真、すぐ下。浅間丸(asamamaru)、又は、浅間丸(asamamaru)と同じく日本とSan Franciscoを結んだ、浅間丸(asamamaru)と同級の、約17,000トン(GT)の、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の豪華客船、龍田丸(tatsutamaru)(どちらか分からない)の、2等(second class)客用の食堂(dining room)。

写真以下8枚。前に、アップ(upload)した写真の再利用。三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))に関する、テーマ展示より。。。
写真以下2枚。鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、模型等。以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))についての説明は、展示の解説文等を参考にしました。鎌倉丸(kamakuramaru)(約17,500トン(GT)))は、1930年に完成し、運航を開始した、三菱(mitsubishi)重工業製の、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ、日本の豪華客船です。鎌倉丸(kamakuramaru)(当初、秩父丸(chichibumaru)と命名されたが、後に、鎌倉丸(kamakuramaru)と改名された)は、1930年代において、浅間丸(asamamaru)と共に、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ航路で活躍していた、浅間丸(asamamaru)と姉妹船の、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の豪華客船の一つです。外観は、浅間丸(asamamaru)が、煙突が2本であったのに対し、鎌倉丸(kamakuramaru)が、1本であったのが特徴です。客室は、フランス及び、イギリスの、近代様式を取り入れて、モダンで、洒落た雰囲気で飾られ、浅間丸(asamamaru)とは、対照的な、華やいだ、雰囲気でした。鎌倉丸(kamakuramaru)は、その豪華さ等から、浅間丸(asamamaru)と共に、「太平洋の女王」と呼ばれていました。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))。この、テーマ展示の、チラシ(leaflet)より。。。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)食堂(dining room・レストラン)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)食堂(dining room・レストラン)の、写真。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)プール(swimming pool)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)プール(swimming pool)の、詳細なデザイン(design)画、又は、写真。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、二等(second class)食堂(dining room・レストラン)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、二等(second class)喫煙室(smoking room)の、カラースキーム。
写真以下2枚。参考に、横浜にある、日本郵船(Nippon
Yusen)歴史博物館(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社が運営する、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の歴史に関する資料館)の展示より。。。前にenjoyでアップ(upload)した写真の再利用。

1937年の、ある日の、日本の(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の夕食を、(蝋で)、再現したものです。

これも、1930年代の、日本の(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の食事を、(蝋で)、再現したものです 。盛り付けは、やや、古臭い(古典的な)感じですが、食事は、現在と、それ程は、変わらないかも知れません。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1933年の1月1日の、しっかりとした、日本料理の、献立表(menu)。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1939年の、ある日の(6月8日の)、昼食メニュー(menu)。間違っていたら、申し訳ありませんが、おそらく、食事の代金は、乗船の代金に含まれていて、大食な人(たくさん、食べる人)は、これを、全部食べても良いし、こんなに、たくさん食べられないと言う人は、この中から、好きな物を選んで、注文しても良いと言う、方式になっていると思います。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1939年の、6月8日の、昼食メニュー(menu)の内容。
スープ(soup):澄んだスープ(soup)。濃厚なスープ(soup)。
魚料理:鰈の、焼き物(蒸し焼き)。鯛の、焼き物(網焼き)。
玉子料理:ポーチドエッグ(poached egg )。松茸(matsutake)(香の良い、高級な茸)入りの、オムレツ(omelette)。
煮込み(煮物)料理:厳選された肉、豚肉、牛タン(牛の舌)の煮物、野菜添え。鳩肉(鳩の肉)の、蒸し焼き。ドライカレー(日本の、カレー(curry)料理の一つ)。
野菜料理:様々な野菜の天婦羅。茹でた、ジャガイモ(potato)。サツマイモ(sweet potato)の揚げ物。丸ごと焼いた、焼き林檎(林檎の焼き物)。
焼き物料理:フィラデルフィア (Philadelphia)風、鶏肉の焼き物。ハムステーキ(ham steak)、玉葱の、天婦羅添え。
冷たい肉:厳選された肉の、ロース(loin)。ハム(ham)。牛タン(牛の舌)の燻製。仔牛(子牛)(veal)の、ロース(loin)。羊肉の、ロース(loin)。鵞鳥肉(鵞鳥の肉)の、ロース(loin)。モルタデッラ(mortadella)。
サラダ(salad):様々な、野菜。
デザート(dessert):様々な果物が入った、ゼリー(jelly)。桃のパイ(pie)。アイスクリーム(ice cream)。小菓子(クッキー(cookie)、チョコレート等)。果物、シチュー(stew)。
パン:様々なパン。
果物、その他:林檎。バナナ(banana)。マスクメロン(muskmelon)。様々な、ドライフルーツ(dried
fruit)。様々な、ナッツ(nuts)。 クラッカー(cracker)。緑茶(green
tea)。紅茶。ウーロン(oolong)茶。コーヒー(coffee)。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1930年の、11月13日の、夕食メニュー(menu)の、内容。
前菜:西瓜、ホイップクリーム(whipped cream)添え。生ハム(ham)。ニシン(鰊)(魚)の、酢漬け。ox palate のピクルス(pickled ox palate)。ピーナツ(peanuts)。オリーブ(olive)。
スープ(soup):チキン(chicken)スープ(soup)。ホワイトセロリ(white celery)の、濃厚な、スープ(soup)。
魚料理:クサヤモロ(mackerel scad)の、焼き物。
entree:ビーフ・ウェリントン(Beef Wellington)。シビレ(sweetbread)の料理。カリフラワー(cauliflower)のサラダ(salad)。
肉料理:羊肉の、ロースト(roast)、スグリ(red currant)のゼリー(jelly)添え。プラム(plum)を詰めた、ヤマシギ(woodcock)の、ロースト(roast)、グレイビーソース(gravy)添え。
冷たい料理:牛タン(牛の舌)の、燻製。ターキー(turkey)、トリュフ(truffle)添え。サラダ(salad)胡瓜。
その他:ジャガイモ(potato)。ご飯(rice)。Italian Squash。鮪の刺身。豆腐の、お吸い物。
デザート(dessert)等:Newcastle
Pudding、パイナップルアイスクリーム(pineapple ice
cream)等の、甘いデザート(dessert)。savoury。様々な、ナッツ(nuts)。無花果(fig)。chow
chow。林檎。パイナップル(pineapple)。バナナ(banana)。クラッカー(cracker)。チーズ(cheese)。コーヒー(coffee)。
当時の日本は、階級社会(昔は、貧しい人々は、本当に、貧しかったし、庶民の、食生活・物質的な生活も、現代に比べると、遥かに(ずっと)、貧しかった)、現代の日本は、大衆社会(庶民が、豊かで、又、貧困層でも、福祉制度等により、自動車を保有し、ある程度の水準の、生活が保障されている)と言う違いもありますが、富裕層・上流層の暮らしは、昔の方が、豪華であったような気がします(こうした、近代以前(第二次世界大戦前の、階級社会)と、現代(第二次世界大戦後の、大量生産・大量消費社会)の、時代の、大きな流れは、一般的に、日本のみならず、他の先進国(アメリカ、ヨーロッパ等)でも、当てはまると思います)。
以下、氷川丸(hikawamaru)についてです。写真は、全て、前にアップ(upload)した写真の再利用です。

向こうに停泊している船は、氷川丸(hikawamaru)。1930年代に、日本と、北米を結ぶ太平洋航路で活躍した、約11,600トン(GT)の、日本(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社)の豪華客船(1930年完成and使用開始)です。現在は使用されておらず、横浜の港(横浜の都心部の海沿い)に永久保存され、文化財に指定されると共に、一般公開されています。1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社も、当時、太平洋航路向けの主要な豪華客船としては、氷川丸(hikawamaru)を含め6隻の豪華客船を保有し、日本の横浜と北米を結んでいました。

氷川丸(hikawamaru)のパンフレット(leaflet)。

氷川丸(hikawamaru)の内装。パンフレット(leaflet)より。。。前述の通り、氷川丸(hikawamaru)は、1930年代に、日本と、北米を結ぶ太平洋航路で活躍した、約11,600トン(GT)の、日本(日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社)の豪華客船(1930年完成and使用開始)です。
写真以下。氷川丸(hikawamaru)の船内。氷川丸(hikawamaru)は、1930年代当時の、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の他の日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、主な豪華客船2隻と同じで、1930年代当時の、同社の日本とサンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ、主な豪華客船3隻よりも小さく、また、豪華さにおいても、劣っていましたが、喜劇俳優Chaplinが、1932年に来日した際、アメリカに帰る際に、使用しました(Chaplinは、1932年に1回、1936年に2回と、第二次世界大戦前に3回来日しています)。

氷川丸(hikawamaru)の内装例。
写真以下2枚。一等(first class)食堂(dining room・レストラン)。



氷川丸(hikawamaru)の内装例。
写真以下3枚。一等(first class)社交室(乗客が、くつろいだり、交流したりする部屋)。




一等(first class)喫煙室(smoking room)。これは、前に、enjoyでアップ(upload)した写真の再利用。
写真以下4枚。一等(first class)特別客室(deluxe room)。
写真以下2枚。一等(first class)特別客室(deluxe room)の寝室(bedroom)。



一等(first class)特別客室(deluxe room)の居間(living room)。

これは、前に、enjoyでアップ(upload)した写真の再利用。一等(first class)特別客室(deluxe room)の風呂。
写真以下2枚。氷川丸(hikawamaru)の船内の、資料展示の中から。。。

1930年代の、氷川丸(hikawamaru)の、一等(first
class)の乗客の、一日の船内での過ごし方の例です。6時に起床。6時から6時半、朝のコーヒー(coffee)を飲む。6時半から8時、船内、デッキ(deck)等を散歩。8時から8時半、朝食。8時半から11時、デッキ(deck)でゴルフ(golf)を楽しむ。11時から11時半、ビーフスープ(beef
soup)とクラッカー(cracker)で一息。11時半から12時、デッキ(deck)で輪投げ(quoits)を楽しむ。12時から13時、昼食。13時から15時、昼寝。15時から15時半、アフタヌーンティー(afternoon
tea)。15時半から19時、喫煙室(smoking
room)(酒(アルコール(alcoholic)飲料)も、煙草も、上級品ばかり揃っていた)で、カードゲーム(card
game)を楽しむ。19時から20時半、夕食。20時半から22時、ダンスパーティー(dance
party)、映画鑑賞等。22時から22時半、夜食。22時半から23時、手紙を書いたり、入浴等。23時、就寝。

記憶が曖昧ですが、確か、氷川丸(hikawamaru)で、実際に使用された、乗客に、ダンスパーティー(dance party)の開催等を、知らせる、張り紙。

これは、前に、enjoyでアップ(upload)した写真の再利用。 第二次世界大戦前は、当然、日本と北米を結ぶ定期航空路線等無かったので、豪華客船とは言っても、「丁度、現在と同じ様な豪華客船の船の旅」を楽しむ富裕層以外に、北米等の外国に移民する目的の者や、公費(奨学金)留学生等(ちなみに、当時は、親が留学費用の全額を負担してくれる様な私費留学は、金持ち・上流階級の子供のみ可能で、通常は、この様な、金持ち・上流階級の子供は、一等(first class)の客室を利用した)、とにかく、出来るだけ安く外国に移動又は外国から帰国出来れば良いと言う人々(丁度、現在で言えば、国際航空路線で、economy classを利用する人々)も運ぶ必要がありました。写真は、氷川丸(hikawamaru)で、最も運賃の安い、三等(third class)の客室です。丁度、現在の飛行機のeconomy classに該当します。三等(third class)の客室の利用客は、食事等も、一等(first class)とは区別され、焼き魚(焼いた魚)の様な、日本の、大衆的な家庭料理が中心でした。
氷川丸(hikawamaru)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)も参照して下さい。
氷川丸(歴史のある文化財の客船)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758955/page/23?&sfl=membername&stx=nnemon2
近代の日本の豪華客船に関して、より詳しくは、以下の投稿を参照して下さい。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758716/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758713/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3874778?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3874777?&sfl=membername&stx=nnemon2