
戦艦アイオワは1940年6月27日にニューヨーク海軍造船所で起工。
「ビッグ・スティック The Big Stick」の愛称で呼ばれ1942年8月27日、進水した。
Mark 7 Gun (40.6 cm) の搭載工事中。1942年。
アイオワ級は第二次世界大戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争と多くの戦歴を誇り、この巨大な艦体を活用しようと海軍は様々な改修を実行した。
ところが、1989年4月19日、二番砲塔内で爆発事故が発生し47名が死亡したのだ。
海軍犯罪捜査局は当初“おかま”のクレイトン・ハートウィグという水兵が二番砲塔内で爆発物を爆発させ自殺したと断定した。
しかし、この説は後に放棄され装薬が静電気の引火で爆発したと結論づけている。
下の写真は薬嚢式給薬を装填している様子。
砲が大型化するほど装薬の燃焼速度は遅くなり、砲弾は押し出すような感じで加速される。
装薬に直接、点火しても砲弾を打ち出すことは出来ない。起爆薬に点火してそれが装薬を燃焼・膨張させるのだ。
しかし戦艦の主砲クラスになると更に伝送薬が必要になる。
起爆薬のエネルギーでより大きなエネルギーを持った伝送薬を起爆、そこから装薬を起爆させるのである。
起爆薬→伝送薬→装薬という順序で砲弾が打ち出されることになる。
米英日は戦艦主砲に隔螺式閉鎖機(下図イラスト)で薬嚢式給薬を採用していたが、ドイツは戦艦主砲にスライド式閉鎖機(右上イラスト)で薬莢式給薬を採用していた。
隔螺式閉鎖機よりもスライド式閉鎖機の方が密閉性が高い。
それはスライド式は薬莢が発射時のガス圧で圧縮・変形し密閉性を高めてくれるからだ。
薬嚢式は薬嚢と砲弾を二回の動作で装填するが、薬莢式だと一回の動作で砲弾を装填できる。
薬室の薬莢が過度に膨張すると、薬莢が薬室に詰まり、次弾装填に手間取ることになる。
故に薬室設計には正確な膨張率計算が求められる。
47名の犠牲者の家族がアイオワを訪れた。
アイオワ艦長フレッド・ムーサリーは叱責され、海軍は砲塔内での装薬取り扱い手順を変更した。
同年中頃にアイオワはヨーロッパと地中海に展開し、1990年10月26日に予備役となった時点で二番砲塔は修理されなかった。
事故前の戦艦アイオワの40.6cm砲3連装×3基の斉射シーン。
アイオワ級はパナマ運河を通過するため、船体が異常に細長く、各国の建造された戦艦の中では最も長い。
その幅はパナマックス・サイズと呼ばれている。
第一主砲弾薬庫なども、かなり窮屈な形状となっているほか、動揺性能や対航性の不足も船体形状から指摘されている。
その船体の長さから進水時には応力集中による船体の破壊が懸念されたため、艦首に保護材を装着し進水を行っている。
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日本でも戦艦「日向」が砲塔の爆発事故を起こしている。
就役直後の1919年10月24日、房総沖で演習中第三砲塔の爆発事故を起こし、また1942年(昭和17年)5月には、伊予灘で演習中に今度は第五砲塔の爆発事故を起こすなど、問題の多い艦でもあった。
何とこの時に撮影した映像が軍の検閲を逃れてニュース映画として配信されてしまったというから驚きだね♪
