併合時代以前の朝鮮は車輪を作る技術も無かった。
厳密に言えば二輪車や四輪車など複数の車輪を持つ車は作れなかった。
理由は
・まったく同じ大きさの車輪を複数作る技術(木を曲げる技術)が無かった
・道が悪く凸凹や起伏が多いため二輪車等で進むのが困難だった
・車輪の使用が両班に限られていた
・車輪に適した木材が無かった
といったことが挙げられます。
いまさらながら朝鮮の未開な文明には驚かされる。
これが本当に古代文明の発達した中国や近代製品で世界中を驚かせた日本の隣国だろうか?

17世紀の日本の大八車(リヤカー)

19世紀、朝鮮の一車輪。これが技術的限界だった。