まず、南京市民の大半は、日本軍が南京を陥落させた1937年12月13日以前に南京を脱出して日本軍が占領していた上海などに避難していた。
南京に残った約20万人の南京市民も全員が安全区に避難し、安全区以外の南京城内に善良な市民は誰一人として居なかった。
南京城内の安全区以外には誰も居なかったのだから、そこで虐殺など起こるわけがない。
次に、南京に残った全市民が集められていた安全区内の状況だが、12月13日に日本軍が南京を陥落させる前と比べ、日本軍占領後の南京安全区の人口は増加した。
日本軍による南京占領後、南京の治安が回復すると、日本軍が占領していた上海などに避難していた南京市民が徐々に南京に戻って来たからだ。
また、15人の安全区国際委員会メンバーや100人を超す日本人報道関係者などは南京に長期間滞在していたが、誰も1度も日本軍による虐殺を目撃しなかった。
陥落から何日か経ち、安全区内で日本軍による約10件の強姦事件や同程度の掠奪事件が発生したが、これら事件は、軍関係の裁判を司る日本の法務部で把握されている。
日本軍では、日本軍将兵が道端で拾った靴を持ち帰っただけで掠奪事件として軍法会議にかけていた。
ところが、「虐殺」事件については南京に居た日本軍憲兵隊などが目撃したことも通報を受けたことも全くなかった。
つまり、日本軍による虐殺事件に関しては、目撃が0件で、現地の憲兵隊などへの通報も、憲兵隊などによる発見も全くなかった。
更に、支那国民党は南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの約1年間に300回も外国人記者などに記者会見をして日本の悪事を宣伝したが、1回も南京で虐殺があったと言わなかった。
最後に、戦後しばらく経ってから「南京で虐殺した」と自白した元日本兵が何人か居たが、これまで本名で証言をした人は例外なくすべて嘘であったことが確認されている。
以上のことから、支那軍による虐殺や戦闘中の誤爆による死亡事故はあったが、犯人や被害者が特定されるような日本軍による虐殺事件は全くなかったと断定できる。
結論!
日本軍による南京虐殺事件は全くなかった(0件)。

陥落直後の南京、日本軍の配給を受ける避難民。昭和12年12月

陥落直後の南京で治療活動をする日本軍衛生隊

【平和甦る南京《皇軍を迎えて歓喜沸く》】朝日新聞1937年12月20日掲載「17日河村特派員撮影」
●シリーズ84!【南京虐殺は嘘(0人)】
南京虐殺は嘘(0人) 目次1 (1~40)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009515.html
南京虐殺は嘘(0人) 目次2 (41~84)
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27009833.html
●英語サイト(日英バイリンガル)
The Alleged "Nanking Massacre"再審「南京大虐殺」
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/