
日本の広隆寺にある弥勒菩薩半跏像と、非常に似ていると言われている韓国の国宝代83号だが、その出自は実はよく分かっていない。併合後の1911年に、朝鮮人の骨董商人が朝鮮王朝に持ち込み、それを美術品として日本人博士、関野貞が購入を勧めたものとされる。
久野健という人物が書いた『古代朝鮮佛と飛鳥佛』(山川出版社)には、次のような記述がある。
<韓国には、この宝冠弥勒(広隆寺の半跏像のこと)ときわめて近い金銅弥勒半跏像が、徳寿宮美術館に伝えられていた。本像は現在ソウル中央博物館に陳列されているが、まことに宝冠の形式から面相まで広隆寺像に近い。この金銅弥勒像の出土地は、あまりはっきりしない。
この像について本像を朝鮮総督府で購入することを勧めた関野貞博士は、慶尚北道の五陵廃寺より出土したと記しているが、確証があるわけではない。この問題について、1969年10月に朝日新聞社の講堂で行なわれた黄寿永教授の「韓国における半跏思惟像の研究」と題する文化講演会は、この金銅弥勒像の出土地についても、一歩進める発表であった。
同氏は、従来の諸説を紹介したあと、本像については、1918年に韓国から出た「仏教新報」に稲田春峰という人が「この像は、1910年に忠清南道の僻村から出土したものである」と述べている。黄寿永氏は、先年忠清南道の僻村を調査している時に、ある寺で、稲田氏を知っている高齢の僧に出あい、稲田氏のいっていることなら信用してよいということを聞いた。忠清南道の僻村というと、昔の百済に属するという研究を発表し、興味を惹いた。しかし、最近教授にお目にかかり、この点をたしかめたが、あれは大分前の考え方だと言葉をにごしていた。>
この仏像は、多くの謎を持つ。
1)歴史書にも寺院の記録にも、制作や保管に関する記述が一切ない
2)韓国では、1.5mを越す金銅製の仏像はほとんど存在しない
3) 出土したというのに、酸化した形跡が全くない
ひょっとしたら、韓国の国宝第83号は、19世紀から20世紀初頭に流行っていた、ニセモノ骨董品の類いではないだろうか・・・?