南米に根を下ろす日本の移民から学ぶ
発信時間: 2012-03-01 16:12:17 | チャイナネット
100年以上前、南米で独立運動が起き、各国は形式上独立した。ただ南米諸国、特にブラジルは人口が少なく、労働者不足が深刻なことから各国に移民を送るよう要請、その中に日本もあった。
100年余りの月日を経て、貧しい日本の農民だった移民の子孫は努力と智恵で各国のエリートとなった。彼らの経験は世界各地の華僑・華人の手本にすることができる。日本人移民が最も多いブラジルを例に、次の4つの成功経験を挙げる。
(1)集団移民の団結力。80歳以上の日本人移民、藤田さんはブラジルに農場とホテルを持つ、初期の移民だ。取材に対し、藤田さんはブラジルに来たばかりの頃は生活が苦しく、一日中畑仕事をしていたという。しかし初期の移民は会社が組織的に行っていたため孤独を感じることはなかった。仕事も場所が変わるだけで、集団から離れることはなかった。このように移民が集団で定住することで自らの民族性を保つことができた。ブラジルの日系人は非常に団結力があり、全国数百もの日系団体が日系人に様々な支援を提供している。
(2)日本人移民と日本政府の連絡が密接。ブラジルで生活する日系人と日本政府は密接な連絡を保っている。長年、日本は巨額の農業開発と研究プロジェクトの借款と無償資金協力をブラジルに提供してきた。日系ブラジル人の多くは日本から先進的な農業技術を学んで生産に生かし、ブラジルの広大な土地が日系人にその才能を発揮する場を提供し、ブラジルは世界でも有数の農産品の輸出国となった。日本とブラジルの文化交流計画を基に、日本政府は毎年ブラジル政府に文化交流基金を提供している。
(3)日本人移民は居住国に積極的に貢献。米国の次に日本はブラジルに多くの移民を送っている。文化的なつながりから日本に赴くブラジル人の中の大半を日系人が占める。彼らの祖先が生活した場所では、ブラジルの日系人がブラジル経済の発展のために資金を蓄積してきた。1990年以降、日本在住のブラジル人がブラジルに送金した資金はブラジルの資産残高に積極的役割を果たした。2002年、日本在住のブラジル人によるブラジルへの送金額は26億ドルで、ブラジルの航空機や自動車の輸出収入を上回った。日系人の送金額は年々増加している。送金のほかに日本で働く日系人がブラジルで新居購入や投資を行っている。ブラジル人は日本人に対して一般的に好感を持っており、日本人や日系人は働き者で家庭に対する責任感が強いというイメージがあり、それが日系人がブラジル社会に融け込んでいる重要な要因となっている。
(4)日本人移民は文化でブラジルに影響。今では日系人が就く職業も多種多様で、ブラジル社会に完全に融け込んでいる。ブラジルは濃厚な移民文化の色彩を持つ国で、こうした文化は世界各地の移民がブラジルに引き込んでいる。日系人は日本文化を守ると同時にブラジル本土の文化に多大な影響を及ぼした。その最も顕著な例が食の文化だ。典型的なブラジルの焼肉店で日本の寿司や刺身をみることができる。わりと日系人が集中しているサンパウロにはいたるところで日本文化色が濃い店があり、和服や食べ物など何でもある。そこでは日系人だけでなく、ブラジルのほかの民族の住民も日常的に日本の商店やレストラン、武道館、旅行者、柔道場を訪れる。(文=蒋豊)
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年3月1日