日帝の蛮行を 暴く
竹島(独島)にも、慰安婦がいた
[トゥデーコリア=慶南地域本部/ヤン・ウォン記者]日帝強制占領期間に独島にも日本人を相手とした慰安婦がいたことが確認された。
韓日文化研究所金文吉(キム・ムンギル)所長(釜山外国語大学名誉教授)は、最近、学術研究のために日本の大阪を訪問、古書籍を扱う書店でサイポ(sapio)(※原文ママ)という日本の雑誌記事の中で偶然に「独島慰安婦」関連資料を手に入れた。
キム所長が手に入れた2006年5月号の「サイポ」で、ヤマモト・コウイチ日本記者は、鬱陵島から竹島に雇用された海女たちがいたと次のように書いた。「飲み物もなくて岩礁で長期間にかけて男たちばかりの生活は味気なく、食事の支度も非常に大変だった。海女たちは昼間は海でアワビやワカメを採取して、夜になれば酒の世話をし、その後夫婦関係を結んで隠岐島に定着する場合もあった」。コウイチ記者は、朝鮮海女たちが昼夜仕事をして、男たちよりも賃金を多く受けたと伝えた。
「サイポ」には、日本が1905年以後「竹島漁業合資会社」を作ってオットセイ、ワカメ、アワビ、サザエなど海産物を採取するために1941年に済州島から海女16人を連れて行ったが成功することができなかったという記録もある。
記事によれば、その前にも日本人3人が朝鮮人の10人余りを独島に連れて行き、アワビと海産物を独占採取した。当時、独島には漁業会社の職員たちが住んだ家があり、海女たちの宿所まであった。
一方、また、別の日本人吉田清治氏は、著書「私の戦争犯罪」において、自分が直接朝鮮の女性たちを強制的に連れて行ったという事実を告白した。
彼は、「隊員たちが娘12人を逮捕した。前後では軍人たちが銃剣を構えていて、娘たちは逃げることができずに膝まづいたまま地を叩きながら叫びを上げた。」とし、彼女らの中で、鼻血を流した娘は頭を我を忘れて振りながら気違いのように泣いたりした、と言った。
清治氏は、また、「徴用された海女たちの宿所は工兵中隊に頼んだ方が良さそうだから工兵中隊の中尉に頼んだところ、日本人中尉は、強制連行された海女たちを資料倉庫に収容すれば兵士たちが好きなようにできるだろうと言った。」と証言した。
彼は、自身が連行した海女が皆で206人であり、彼女らを主に軍部隊の慰安所に送り、時々民間企業の現場に送ったりもした」と明らかにした。
todaykorea
http://www.todaykorea.co.kr/news/articleView.html?idxno=135077
徴用された海女
ソース:サイポ


日本の雑誌がソースnida!
小ワリョングダw