沈清伝
ご存じかもしれないが朝鮮民話に沈清伝というのがある。
盲目の父を助けるためその身を犠牲にする孝行娘「沈清」の話だ。
物語の流れは
①父の目を治すために娘は生贄としてわが身をささげ海に飛び込む。
②わが身を犠牲にさたものの娘は死なず、竜宮城へたどりついて、意外と丁重に扱われる。
③自分の国に戻って来たら、王様に美貌と清らかな心を見染められ
王妃となって父との再会を果たし、幸せにくらす。
とまあ、
「自己犠牲」「親孝行」といった善行・美徳の見返りに幸せになる、
おとぎ話の典型だ。
ここである話との類似点に気がつきませんか?
「日本のおとぎ話をパクリした!」
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などと言いたいわけではありません(-_-;)
慰安婦と境遇が似ていませんか?
①貧しい家族(甲斐性のない両親)
②それを助ける為にその身を犠牲にする娘
③犠牲になったはずが意外といい暮らしをしている娘。(竜宮城のくだり)
ただし、おとぎ話と違っていたのは戻った国の為政者や人民の
人間性!
おとぎ話の教えの通り、
「自己犠牲」という善行を働いたはずの慰安婦を褒めて、
幸せに暮らせるようにしてあげるような、
そんな善良な民族ではなかったというところ。
慰安婦だったことがばれたら、
「一生さげすまれながら生きていかなければならない」と思い
肩身の狭い思いをしてきた慰安婦。
おとぎ話のように、彼女たちを褒め称え、温かくもてなしてあげたなら、
彼女たちの心に恨は芽生えたであろうか?
帰ってきて、報われず、
ひどい仕打ちにあったからこそ
悲しい思いをしたのではないだろうか?
真の加害者は、朝鮮民族社会の偏狭
ではないだろうか?
「愛する家族のために、自ら進んでその身を捧げました」とは言えずに
「家族が貧しくてもいい。私は一緒に暮すのが私は幸せだった」
「無理やり、騙されて、連行された」
そう言わなければ、蔑まれ、いじめられる
朝鮮社会だったのではないだろうか?
はたして日本政府から、謝罪のしるしとして慰謝料を絞りとったなら
彼女たちはの心は晴れるのか?
むしろ韓国政府から、韓国国民の感謝のしるしとして、
あるいは自己犠牲・親孝行といった美徳を褒めたたえ、
褒賞金を贈られたほうが
彼女たちの心は晴れ渡り、彼女たちの苦労が報われるのではないだろうか?
長文御免なさい