

【重箱】
どこに出典があるのだろうか?おせちは三段,または五段の重箱に詰めるのが一般的と書いているHPが多い。また,
一の重が祝肴
二の重が酢の物
三の重が焼き物
与の重(忌み数字の四をきらってこう書く)が煮物
五の重が控えの重
が多いと説明されていたりする。 しかし,日本食品新聞社『おせち読本』には,
「…伝統的なお重詰めは四段重ねで四季の彩りを盛りましたが,現在ではほとんどが, 三段重ねどまりとなっています。
一の重は色どり華やかな紅白蒲鉾やきんとん,伊達巻などの口取りと黒豆,数の子
など。
二の重は焼き物や酢の物を中心にし,一の重 が甘い物が主体だったのに比べ,こ
ちらは酒肴やおかずとなるもので焼き魚や海老,なます等。
三の重は保存のきく煮しめを中心に詰めます。…」
ともある。まぁ,色々あって段数にはこだわらなくて良いようである。
正月には大勢が集まって食事をすることが多いが,それが2日,3日と連続する家庭もあることであろう。重箱は沢山の品数の料理をコンパクトに詰めることができて,重ねたり広げたりと便利に出来ている。
また,なによりも漆には除菌効果があり,食品のもちが良く,外観も美しくて食事を楽しくし,模様をあわせておけば中身の見当も付いて,大変優れた発明品だったのである。
弁当箱という容器が生まれたのは安土桃山時代。当時の絵に,弁当を広げてお花見をする様子が描かれている。
しかし,弁当が広く行き渡るのは江戸時代になってからで,重箱や,中に仕切りのある折り詰めのような弁当箱も登場し,花見・舟遊び・ひな祭りなど色々な場所で食事を楽しむようになった。
芝居見物には弁当の専門の店もできて,おにぎりに卵焼きや焼き豆腐,野菜の煮付けなどのおかずを重箱に美しく飾り,休憩時間(幕間)に食べた。これが「幕の内弁当」の名前の
由来である。多少動かしても,中で崩れないように食べ物はぎゅぎゅうづめにし,あまり汁のでないものを工夫して詰める。
これには上の段にお盆が引き出しのようにいれてある。

また,汁をいれる容器は2本ついて,右上には箱形の引き出しが付いている。弁当であるから,持っていくのに軽い方がよい。それにはやはり漆器が便利である。
江戸の料理文化は,宝暦~天明期と文化~文政期にもっとも華々しかったそうで,亨和元年(1801)には『料理早指南』が醍醐山人によってあらわされ,そのほかに多くの指南書や案内書が出版された。
この『料理早指南』によると例えば,花見,船遊びなどに持っていく弁当として書かれているのに,次のようなものがあって,大変に豪華な弁当であったことがわかる。
一の重
かすてら玉子,わたかまぼこ,わか鮎色付焼,むつの子,早竹の子旨煮,早わらび,打ぎん
なん,長ひじき,春がすみ(寄物)
※わたかまぼこ:アワビの青わたを入れて作ったかまぼこ
二の重
蒸かれい,桜鯛,干大根,甘露梅
三の重
ひらめとさよりの刺身に,しらがうどとわかめを添え,赤酢みそを敷く
四の重
小倉野きんとん,紅梅餅,椿餅,薄皮餅,かるかん,
割籠わりご
焼飯(焼むすび),よめな,つくし,かや小口の浸物
※割籠:中に仕切りのある弁当箱
当然,冷蔵・冷凍物の無い時代なので,食材は地場産の新鮮でとれたて,できたての旬のものばかり,さぞかし美味しかったに違いない……。